新緑の森のダンジョン 4

 

 

 

 

 

 



今日はとてもいい天気。

わたしはシュウを手伝って、庭の果樹園で木の実を収穫していた。

シュウの庭には色々な木の実がなっている。

これをずっと一人でお世話してたなんて信じられない。

「ハルカ、そんなに採っちゃいけないよ。数日分、食べる分だけ。」

わたしがもう一つ採ろうとモモンの実に手を伸ばすと、シュウが止めてきた。

確かに、今のわたしはいっぱいモモンの実を抱えている。

「いいじゃない、これくらいすぐ食べ終わるわ。」

「まあ、君は甘い実が好きだからね……。」

シュウが呆れたように頭に手をやる。

「しかも、モモンが大好物ときた。さすがはエネコ。」

「……モモンもピンク色だから?」

「正解。」

何故か胸を張るシュウ。

「シュウ、安直。」

わたしの名前といい、どうしてこの人はエネコがピンク色ということに何でも結び付けたがるのだ。

「でも、実際そうなんだよ。」

シュウがわたしの抱える実を自分の腕に移している。

「エネコは自分の体と同じ色を好む傾向にある。尻尾を追いかける習性が理由だろうね。」

エネコの尻尾は体と同じくピンク色。

わたしは自分の後ろを見てみる。

人間になったわたしにはもちろん尻尾は生えていない。

しばらくお尻を見つめていたけど、何の感慨も湧いてこない。

人間のわたしには尻尾が無いということが当たり前になってしまったんだろうか。

「もちろん、傾向でしかないけどね。」

シュウの言葉にハッと振り向く。

自分の考えに夢中になって、彼の話を聞いていなかった。

「青が好きなエネコもいるし、黄色が好きなエネコだっている。」

シュウはわたしの実を半分抱えると、家に向かって歩き出した。

わたしは彼を追いかける。

「……それでも、ピンク色が大好きなエネコもいるんだ。」

彼が小さく呟いた。

でも、わたしは家の中に入ると、モモンの実を洗うのに夢中になって、この話はこれっきりになってしまった。




「うーん、やっぱり美味しいかもー!」

洗い立てのモモンの実を頬張る。

ちょうど遊びに来ていたバタフリーとアメモースの二人と一緒に三時のおやつタイム。

窓から入ってきた二人にモモンを沢山乗せた皿を出す。

「遠慮なく食べてね。お代わりもあるわよ。」

二人は嬉しそうにモモンの実を食べる。

わたしもさらに一口食べた。

甘くて柔らかい味が口いっぱいに広がる。

「モモン、美味し過ぎかもー!」

思わず頬に手を当てる。

ほっぺが落ちちゃわないか心配だ。

二人はそんなわたしを見て面白そうに笑っていた。

実際、わたしは遊びに来るポケモン達に面白いと思われているらしい。

人間になってしまったエネコということも結構信じてくれているし。

理由は単純、エネコっぽいから。

エネコっぽいって何なのって聞いたら、手振り身振りを交えて教えてくれた。

わたしは彼らの中のエネコのイメージにピッタリらしい。

……シュウと同じ理由のような気がする。

しかも、彼ら5人は思いっきりエネコのイメージがシュウとかぶっているのだ。

落ち着きがなくて、好奇心旺盛で、何でもかんでも追いかける、とか。

全部のエネコがそうじゃないわよって言ったら、でもあなたはそうでしょうってロゼリアに言われた。

全く言い返せなかった。

わたしはポケモンじゃなくなったから、みんなと一度は会話出来なくなってしまった。

でも、みんながわたしを観察して、わたしの言いたいことを推理する方法を取ってくれるようになった。

だから、みんなともまた結構会話できるようになったんだけど。

でも、反論できなくてつまっちゃうような会話は嫌かも。

自分ではそこまで落ち着きが無いとは思ってないんだけどな。

気が付いたら、お皿に乗せていたモモンが全部無くなっていた。

考え事をしながら食べていると、お皿の上が空っぽになるのが早い。

「あ、じゃあ、もっと持ってくるね。」

わたしが椅子から立つと、バタフリーがわたしの手にとまった。

「何、バタフリー?」

バタフリーは外に遊びに行こうって言ってた。

「わたしもいいの?」

バタフリーが頷いた。

アメモースも窓から出て、わたしを招くように羽を動かす。

わたしはソファーに座っているシュウを振り返った。

「シュウ、遊びに行ってきてもいい?」

シュウは読んでいた本から顔を上げて笑顔で見送ってくれた。

「夕食までには帰るんだよ。」

「はーい!」

わたしは二人に連れられて森へ駆け出した。




二人が連れて行ってくれた所には、いつものメンバーが集合していた。

みんなのリーダーのロゼリアが色々指示を出す。

今日は何をして遊ぶんだろう。

そう思って眺めていると、ロゼリアが足元に近づいてきた。

「わたしは何をすればいいの?」

遊びには役割分担が重要だから。

そして、ロゼリアの配置はいつも適切だ。

ロゼリアはフライゴンを片手の薔薇で指した。

「フライゴンに……えっ!乗るの!?」

わたしがロゼリアに言われたことは「フライゴンに乗りなさい。」だった。

言われた通り、恐る恐るフライゴンに乗る。

「フライゴン、重くない?」

エネコだったら小さいから軽いんだろうけど、わたしは人間だからずっと重いはず。

フライゴンは大丈夫と言うように頷いた。

時々、あなたよりも重い人を乗せて飛ぶのよ、というのはロゼリア談。

「えっ!シュウもあなたに乗るの!?」

わたしが驚いていると、フライゴンは翼を羽ばたかせ、空へ舞い上がった。

「きゃっ!」

ビックリして、思わずフライゴンの首にしがみ付く。

フライゴンは笑って、優しく声を掛けてくれた。

怖々しながら目を開ける。

「……わあっ!」

下には緑が広がっていた。

「すごーい!飛んでるー!」

さっきまで怖かったのも忘れて、フライゴンの背中から景色を眺める。

空と森、視界は青と緑の二つに分かれていた。

緑から何か飛び出してくる。

バタフリーに乗ったロゼリアとアメモースだった。

「アブソルは?」

わたしの周りを飛ぶ三人に聞いてみる。

ロゼリアが示した方を見ると、葉っぱの間からアブソルの白い毛並みがちらちらと見えた。

どこかへ向かって走っている。

みんなはアブソルと同じ方向へ飛んだ。




みんなが降り立ったのは、結構離れた高くて見晴らしのいい崖の上。

アブソルはもう到着していて、わたし達を待っててくれていた。

わたしはフライゴンの背中から降りる。

とても楽しくて、降りても空を飛んでいるような感じだった。

ロゼリアがわたしに景色を示す。

「わあっ!」

空から見た景色も綺麗だったけど、ここから見る景色も凄く綺麗だった。

見渡す限り、森が広がって、遠くに山が霞んで見える。

太陽に照らされて、葉っぱが輝いているのが見えた。

「すごーい!あなた達はこんな所に住んでるのねー!」

そこまで言って、自分の言葉の意味に気付く。

「ね、フライゴン。」

わたしは隣にいる、ここまで乗せてきてくれた友達を見た。

「あなた、どうして森に住んでるの?」

やっとまともに会話できるようになったから、前々から疑問に思っていたことを聞いてみた。

突然のわたしの質問に、フライゴンは表情を変えた。

その顔は――とても悲しそうだった。

えっ?何か聞いちゃいけないこと聞いちゃった?

慌ててみんなの顔を見回してみる。

フライゴンと同じく悲しそうだったり、わたしから目を逸らしていたり。

ああ、やっぱり、聞いちゃいけないことだったんだ。

「……ごめんなさい。」

わたしはしょんぼりして謝る。

考えてみれば、普通は砂漠にいるフライゴンが森に住んでるのは何か事情があるんだ。

じゃなかったら、フライゴンはその強い翼で砂漠へ飛んでいくだろう。

他人のわたしには言えない事情をみんな持ってるんだ。

「ごめんなさい……。」

悲しくなってきた。

仲間外れにされたことが悲しいんじゃなくて、親切にしてくれるみんなを悲しませてしまった。

それがとても悲しい。

泣きそうになっていると、フライゴンが頭を寄せてきた。

胸に顔を擦り付けてくれる。

「ありがとう……。」

慰めてくれているのが分かって、思わず涙が零れた。

みんなも近寄ってきて、それぞれのやり方で慰めてくれる。

アブソルは涙を舐めてくれたし、アメモースは肩にとまってくれた。

バタフリーは周りを飛び回って気にすることは無いと言ってくれたし。

ロゼリアは――腰に手を当てて厳しい顔でこちらを見ていた。

その視線に思わず身を引いてしまう。

みんなも戸惑っているようだった。

ロゼリアはしばらくこっちを見ていたが、一つため息をついた。

”そうね、あなたもある程度は知っていた方がいいかもしれない。”

ロゼリアはそう言った。

それから、わたしはロゼリアの正面に座らされた。

みんながわたしを囲む。

ロゼリアの長い話が始まった。




あの人――誰のことなのかは言わなくても分かるわよね。

あの人はどうしてこんな所に住んでるんだと思う?

えっ、人間が嫌いだから?あなた、あの人に直接聞いたの?

さすがエネコね。

エネコなら物怖じしないでしょうし、本当にエネコっぽいわね、あなた。

そんなに怖い顔しないの。本当のことでしょう?

あなたの正体はさておき、あの人がこんな森に住んでいる理由、一部はそれで正解。

あの人は人間が嫌いなの。

全ての人間が嫌いなんだけど、あの人が一番嫌いなのはあの人自身。

あの人は自分が嫌いだから他人も嫌いだし、人間に心を開かない。

だから、人に関わらなくて済む深い森の奥に一人で住んでるの。

でもね、絶対に寂しいはずよ。

だって、あの人、他人と一緒に都会に住んでた頃から寂しい目をしていたもの。

その頃から人間嫌いだったけど、それでも近くに誰かがいることで救われていた部分もあるはずよ。

それが独りぼっちになっちゃって、ますます寂しい人になっちゃったの。

あの人は寂しい人。

だから、私達はあの人が少しでも寂しくないように、この森にいるの。

私達はね、元々都会にいたの。

でも、あの人が都会を出る時に一緒に連れてきてくれた。

本当はね、都会から出る時、あの人はどこでも好きな所へ行っていいよって言ってくれたの。

でも、あの人を独りにしておけない。

だから、私達はこの森にいるの。

私達はあの人のためにここで暮らしているのよ。




ロゼリアはここで話を打ち切って、わたしの顔を見つめた。

わたしは呆然としていた。

ロゼリア達がこの森で暮らしている理由よりも――。

「シュウが……自分を嫌ってる……?」

信じたくなかった。

シュウはとても親切で、優しい人で、わたしに色々教えてくれて、いつも柔らかく笑っているのに――。

「シュウは……本当に独りぼっちなの……?」

わたしは自分の体を抱きしめた。

悲しいのか苦しいのか分からない。

それでも涙が溢れてきた。

「シュウ……。」

泣いているわたしの傍にロゼリアがやってきた。

”それはこれまでの話。”

「えっ……。」

わたしはワケが分からなくなって、ロゼリアを見る。

”あの人、あなたが来てから変わったわ。ちゃんと笑うようになったもの。今まではあんな顔して笑わなかった。”

そこでロゼリアは顎に手を当てる。

”いえ、ずっと前、都会にいた頃も時々あんな顔して笑うことがあったわね。”

ロゼリアは当時を思い出すかのように目を閉じる。

”実はね、あの人、エネコがお気に入りだったのよ。”

「エネコが……?」

初めて会った日、わたしがエネコだと知った途端、シュウは警戒を解いた。

”あの人の暮らしていた所にいたエネコでね。あの人にとても懐いていた。”

なつかしそうにロゼリアは言う。

”あの子と一緒にいる時だけはあの人も笑ってた。私達は遠くからいつもその様子を見ていたわ。”

みんなもその頃を思い出しているのだろうか、遠い目をしていた。

”あの人はあの子が大好きだった。そして、私達も本当は優しいあの人を笑わせてくれるあの子が大好きだった。”

ロゼリアは目を開けた。

その目でわたしを見つめる。

”あなた、あの子に似てるわ。あの人を笑わせてくれる所なんて特に。”

ロゼリアはわたしの膝に乗った。

”だから、私達はあなたが大好きよ。ずっとあの人の傍にいてあげてね。”

ちょこんと座って、体をもたせ掛けてくる。

みんなも傍に来て、体を寄せてくれた。

「ありがとう、みんな……。」

わたしはまた少し泣いた。

 

 

 

 

 

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