夕焼け色の想い

 

 

 

 

 

 

「夕焼けって嫌いよ。」

わたしは小さく呟いた。

ここはジョウト地方のとある町の外れにある海岸。

今は夕暮れ時で、周りの全てが紅く染まっていた。

「ぼくは美しいと思うけどな。」

隣の彼が夕日を見ながら言った。

「だから嫌いなのよ。」

コンテストも無いのに、こんな時間、こんな場所で鉢合わせしてしまった。

沈もうとする太陽が最後に全てを照らし、その紅を緩やかな波が飲み込んでいく。

「最悪。」

「そこまで言う?」

彼が苦笑する。

その表情も夕日は照らし出した。

「……どうしてわたしが夕焼けが嫌いなのか訊かないの?」

「訊いたら教えてくれるのかい?」

「教えない。」

教えない、絶対に教えない。

夕焼けを見ると、この想いを自覚してしまった時のことを思い出す。

海が紅いのを見ると、その時の熱さを思い出す。

空が紅いのを見ると、その時の優しい眼差しを思い出してしまう。

「絶対に教えない。」

夕焼け色に染まった彼を見ずに言う。

「ハルカ。」

彼がわたしの名を呼ぶ。

「君は夕焼けがそんなに嫌いなのかい?」

「嫌いよ。」

「ぼくは好きだよ。」

彼の「好き」にドキリとする。

別にわたしに向かって言ってるわけじゃないのに。

「海に沈む夕日を見ていると、一番美しいものを思い出すから。」

「一番美しいもの……?」

綺麗なものを沢山知っている彼が一番綺麗だと思うもの。

彼に視線が向いてしまう。

「何……?」

「教えない。」

「なっ!?」

彼の笑みが不敵なものに変わる。

「君が教えてくれない限り、ぼくも教えない。」

「そこまで言っておいて?」

「君だって十分ぼくの気にかかることを言ってるじゃないか。」

彼が笑う、あの時の優しい眼差しから転じたものと同じものを浮かべて。

「君がぼくに心の一欠片をくれるんだったらぼくもあげる。」

「……あげないわ、あなたなんかには。」

彼はその言葉に笑い、きびすを返す。

「じゃあ、また今度貰いに来るよ。」

砂浜に足跡がついていく。

「あげないって言ってるじゃない!」

「欲しいと思うのはぼくの自由さ。」

「シュウなんかに絶対あげないかもー!」

彼はいつも通り、右手を上げて去っていった。






「一番美しいもの……。」

わたしは最後の光が沈もうとするのを眺める。

そんな小さな光なのに凄く紅くて思い出したくないものを思い出させる。

そして、また一つ増えてしまった、思い出したくないものが。

「だから嫌いなのよ……。」

わたしが一番美しいと思うものを思い出させるから。

美しい紅で美しく彼を染めるから。

それが目に焼きついて離れない。

彼が頭から離れない。

「こんなにあなたを思い出させる夕焼けなんて大っ嫌いよ……。」

もう沈んでしまったはずの紅がまだ目に沁みる。

わたしは手で乱暴に涙をぬぐった。

 

 

 

 

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