それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 9




 








『とうとうこの日がやってきた!シンオウグランドフェスティバル本日開催だー!』

大きな会場の中心で、リリアンが声を張り上げる。

コーディネーターの祭典、シンオウグランドフェスティバルは今まさに幕を開けようとしていた。

『今大会の参加者は、何と300人超え!この中で誰がリボンカップを手にするのか!』

リボンカップがスポットライトに照らし出される。

そして、スポットライトはそのまま天を指した。

『今日の天気は今にも雪が降り出しそうな曇り空!シンオウならではの天気にコーディネーター達はどう対応するのか!?』

リリアンの言葉に、会場は大いに盛り上がる。

シンオウグランドフェスティバルは荒れる。

寒さと雪のために、優勝候補と目されたコーディネーターが予選落ちということも日常茶飯事だ。

コーディネーターの機転とポケモンの底力が勝利を導く。

観客は今から繰り広げられようとしているドラマに歓声を上げた。





「リリアンさん、寒くないのかな……。」

ハルカは控え室で中継を見ながら呟く。

リリアンは他の地方と同様、今回もヘソ出しルックで決めていた。

「仕事熱心ですね……。」

隣で見ているワカナも呆れたように呟く。

二人は大勢のコーディネーターと同じく厚着をしていた。

一週間前、薄着で雪に埋もれていたハルカも、皆に心配をかけないようにと重ね着をしている。

ハルカは画面から目を離して、部屋の隅を見た。

シュウが腕を組みながら画面を見上げている。

ハルカは一昨日の一件を思い出した。

あれからシュウと口を聞いていない。

どうすればいいのか分からないから。

不用意に近づいたら、また彼を傷つけてしまう。

そうしたら、また拒絶されてしまう。

ハルカは怖かった。

シュウに受け入れられないことが、どうしようもないくらいに。

ワカナがハルカの視線の先に気づいた。

「あ、シュウ様!」

シュウに駆け寄る。

「もうお加減はよろしいんですか?」

「ああ、熱も完全に下がったよ。もう大丈夫。」

「そうですか、良かったですー!」

笑顔でシュウと話せるワカナが眩しくて、ハルカは目を伏せた。

そんなハルカを遠くから見ている人影がいる。

「ハールーカー……。」

ハーリーだった。

色々な意味で近づきがたい黒いオーラを出しながら、ハルカを睨み付けている。

「何よ、あの二人!どこまでアタシの邪魔をすれば気が済むの!?ああもう!全然集中できないじゃない!」

握りこぶしを振り回しながら、なおもハーリーは続ける。

「シュウ君もシュウ君よ!何で遠くから見つめるなんてポジションに立ってるのよ!グランドフェスティバルでのアンタの指定席はハルカの隣でしょうが!」

キーッと唸るハーリーには誰も近づこうとしなかった。

が、人垣の中から進み出た人物がいる。

「大分荒れてるわね、ハーリーさん。」

「アナタも気になってしょうがないんでしょう?だったら、アタシの気持ち分かるわよね?」

ハーリーはジト目でサオリを見る。

サオリは笑顔で答えた。

「ええ、本当に予選落ちしたらどうしようかしら。」

余裕すらにじませる口調に、ハーリーはため息をついた。

「気楽よねー。その自信はどこから来るのかしら?」

「今までの練習と実力からよ。ハーリーさんだってそうでしょう?」

「まあね。」

予選などいつもの調子なら楽に勝ち抜く自信はある。

だが、問題なのは、自分達ではなく――。

「ああもう!ハルカとシュウ君が本当に予選落ちしたら、末代までの笑いものにしてやるわ!」

「あらあら。」

一人で大暴れするハーリーにサオリは苦笑する。

これもシュウ君とハルカさんを心配してるからなんでしょうけど。

サオリも二人をとても気にしていた。

自分の演技に支障をきたさないように心がけているが、それにも限度がある。

「ねえ、ハーリーさん。」

「何よ?」

「もし二人がこのままだったら、私達で引っ掻き回してみない?」

「……。」

ハーリーが信じられないというようにサオリを見つめている。

「もちろん、妨害にならない程度で。」

「……アナタがそんなこと言うなんて、泳げないコダック並に信じられないわよ。」

呆れを混ぜてハーリーが言う。

「もしよ、もし。それに、私達が動かなくても、あの子が動くかもしれないわ。」

サオリはシュウと話しているワカナに目を向けた。

ワカナはとても嬉しそうにシュウと話している。

サオリはその顔にシュウに対する好意を見て取った。

「それに、手出しすると決めたら、何だか楽になるでしょう?」

「まあ、それはそうね。」

「だから、本当に手を出したくなるまで待ちましょう。グランドフェスティバルは長いんだから。」

サオリの余裕の本当の理由はこれか。

ハーリーは、サオリが侮れない相手だということを改めて感じた。





『今回のルールは厳しいわよー!ポケモンの演技を一つだけ披露するこの予選を通過できるのは、何とたったの32人だー!』

リリアンの言葉に、控え室にも緊張が走る。

「32人……、10人に1人しか本選に進めない……。」

ハルカは震えを感じた。

集中しなければ……。

しかし、集中すればしようとするほど、頭にシュウの顔が浮かんできて離れない。

彼の顔はとても痛そうだった。

『さあ、みんな、いってみよう!Hear we go!』

リリアンの声がとても遠くに聞こえた。





「ノクタスちゃん、わたほうしよ!」

ハーリーの指示に従い、ノクタスが小さなわたほうしを沢山飛ばす。

『おおっと!風に舞うわたほうしがまるで本物の雪のようだー!』

リリアンの声と共に、わたほうしは風に空高く舞い上げられていった。

審査員の評価を背に、ハーリーは控え室に戻るべく足を進める。

「ハーリーさん、やるじゃない。」

「ふん、アナタにも一応礼を言っといてあげるわ。」

一番は頑張ってくれたノクタスちゃんだけど。

ハーリーの素直ではない礼に、サオリは楽しそうに笑う。

「それじゃあ、私も行ってくるわ。」

「負けるんじゃないわよ。アナタはアタシと――。」

「組んで、シュウ君とハルカさんを仲直りさせないといけないものね。手段なんて選んでいられないわ。」

ニッコリ笑顔のサオリが角を曲がるまで、ハーリーは後姿を見送っていた。

「……敵に回したくないわね。」

ハーリーの小さな呟きは廊下に響くことなく消えた。





ハーリーの演技の直後、とうとう本物の雪が降り出した。

視界を白く覆う雪に、ポケモン達は調子を崩していく。

着地に失敗して転んだり、寒さで動けなくなったり、グランドフェスティバルは予想された予想外の出来事が起こっていた。

そんな中でも、サオリの演技はキラリと光る。

「ヤドラン、サイコキネシス!」

サイコキネシスは渦を描き、雪を巻き込んで大きな竜巻を作り出す。

サオリの素晴らしい演技に会場は沸き立った。

続くコーディネーターはワカナだった。

お辞儀をしてモンスターボールを投げる。

いつかハルカが戦ったアメタマはアメモースに進化していた。

「アメモース、ふきとばし!」

アメモースの起こす風が、フィールドに積もった雪を吹き飛ばした。

豪快な演技に観客は歓声を上げる。

ハルカはそれを静かに控え室で見ていた。

凄いな……サオリさんもワカナも……。

画面にはまた頭を下げているワカナが映っている。

どういう演技をしたらいいのか分からない。

どういう風にポケモンを魅せたらいいのか分からない。

演技のビジョンが全く浮かばない。

だから、他の人の演技が羨ましく思えるのかもしれない。

自分がどうしたらいいのか、ちゃんと分かっているから。

ハルカに見えるのはシュウの顔ばかりだった。

そんな顔させたいわけじゃないのに……。

ハルカは悲しげに俯く。

しかし、リリアンの声に顔を上げた。

『次はラルースシティのシュウさん!』

もうシュウの出番なの?

ハルカは画面を食い入るように見つめる。

「アブソル、GO!」

天に向かって高く投げられたボールから、アブソルが飛び出した。

「アブソル、ふぶきだ!」

空中のアブソルにシュウが指示を飛ばす。

アブソルの口から吐き出された強烈な冷気は、フィールドの真ん中に大きな氷の塔を作り上げた。

頂上に着地して、アブソルはポーズを決める。

「……エネコみたい。」

ハルカは初めて出場したグランドフェスティバルを思い出す。

その時はシュウやポケモン達よりもハーリーさんの言うことを信用して。

一次落ちしかけた自分を救ってくれたのはエネコのふぶきで。

そのあと、シュウが助けてくれて。

怒られたけど、彼は本当に自分を気に掛けてくれているのだと思った。

でも、今回は助けてくれない。

ハルカは氷の塔がにじむのを感じた。

 

 

 

 

 

10に進む

Textに戻る

inserted by FC2 system