それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 3



 









ハルカはふと目を覚ました。

引き忘れられていたカーテンの向こうは、白々と夜が明けるところだった。

……泣き疲れていつの間にか眠っちゃったんだ。

ハルカはベッドから起き上がり、窓の傍まで歩いていった。

ガラスを撫でると水滴が指に付いた。

外はとても寒いらしい。

シュウは部屋に戻ってこなかった。

戻ってきてほしかったのかどうか、自分では分からない。

自分が彼を怖いと思っているのかどうかも分からない。

それでも、彼を怖いと思うようになったら――そう思うように仕向けたのは自分なのだとハルカは考える。

額に当てた冷たいガラスはずっと冷たいままだった。





「さあ、みんな!朝の特訓いくわよー!」

ハルカは昨日雪合戦をした野原でモンスターボールを高く投げる。

ボールからはハルカの長年のパートナー達が姿を現した。

「みんな、朝早いけど、頑張って練習しようね!」

ハルカはフリスビーを取り出す。

「バシャーモ!スカイアッパー!」

しかし、投げられたフリスビーはバシャーモの方ではなく、全く違う方向へ逸れていった。

「あ、あれ……、ごめんね、バシャーモ。」

ハルカは慌てて雪の上に落ちたフリスビーを取りに走る。

雪に突っ込んで半分埋もれたフリスビーを引き抜いて、ハルカはバシャーモを振り返った。

「さあ、バシャーモ!今度こそ――。」

バシャーモはハルカの目の前にいた。

「バシャーモ?」

バシャーモは無言でハルカが持っていたフリスビーを取り上げてしまう。

「ちょ、ちょっとバシャーモ!練習できないじゃない!」

ぴょこぴょこ跳んで、ハルカはバシャーモの手にあるフリスビーを取り戻そうとするが、ハルカよりも背の高くなったバシャーモは手を上げて、それを難なく阻止してしまう。

「バシャーモ……。」

ハルカは跳ぶのをやめて、バシャーモを見上げる。

バシャーモはしばらくハルカを見つめ返していたが、フリスビーを持っていない方の手をハルカの顔に伸ばした。

「バシャーモ?」

ハルカはバシャーモの手が目元を撫でているのに気付いた。

何度も何度も、優しく、癒すように――赤くなった目元を。

アゲハントも飛んできて、ハルカの頭上にとまった。

イーブイはハルカの足に体をこすり付ける。

他のポケモン達もハルカの周りに集まってきた。

「心配してくれてるの……?」

バシャーモが優しくハルカを抱きしめた。

「ごめんね、心配かけて……。」

ハルカはパートナー達に囲まれて、少しだけ泣いた。





ハルカはホテルに戻って食事をとった。

カフェテリアは朝食をとる人でごった返していたが、シュウの姿は無かった。

今、ハルカは自分の部屋に戻って、ポケモン達の食事の準備をしていた。

……シュウ、どこに行っちゃったんだろう。

考え事をしながらでも手は動く。

ポケモンフーズを器に盛り、ポケモン達の前に置いた。

「沢山食べてね……。」

ポケモン達に声を掛けながらも、考えるのは彼のこと。

「みんな、ちょっと出かけてくるね。」

ハルカが部屋から出て行くのを、ポケモン達はじっと見つめていた。





シュウの部屋のドアをノックする。

しかし、返事はない。

予想していたこととはいえ、ハルカは少しガッカリした。

それでも、ハルカはドアを開ける。

オートロックではないドアはちゃんと開いた。

ハルカは部屋に入り、ぐるりと見渡す。

気になった物を手に取った。

シュウのポケモン達のモンスターボール。

……シュウ、ポケモン達も連れずに行っちゃったんだ。

外は寒くて、今は晴れているけど、いつ雪が降ってもおかしくないのに。

雪が降ったら、一人じゃ帰ってこられなくなるかもしれないのに。

ここに――わたしのところに。

ハルカは考えるのをやめて、自分の部屋にボールを持ち帰る。

シュウのポケモン達もボールから出して、ポケモンフーズを用意した。

「ちょっとシュウがどこかに行っちゃってるから、今日はこの子達と一緒に食べてね。」

ハルカのポケモン達が、シュウのポケモン達のために場所を空ける。

ハルカはポケモンフーズを盛った皿をシュウのポケモン達の前にも置いた。

しかし、シュウのポケモン達は食べようとしない。

皆、ハルカの顔を見上げたまま、沈黙している。

「どうしたの?」

ハルカは微笑んで尋ねる。

ポケモン達の中からロゼリアが一歩前に出た。

何も言わず、じっとハルカの目を見つめ続ける。

ハルカはその目に早朝のパートナー達と同じ光を見た。

「ロゼリア……心配してくれてるの?」

ロゼリアはこくりと頷く。

ハルカの目から堪えきれなくなったように、また涙が溢れた。

「ごめんね……、あなた達にまで心配させて……。あなた達はシュウのことも心配してるのに、わたしが元気ないから……。」

ハルカはロゼリアを抱きしめて泣く。

ポケモン達は、愛するパートナーが、愛するパートナーの最愛の人が、泣きやむまでずっと傍にいた。





ポケモン達が食事を終えるのを待って、ハルカは立ち上がった。

「あんまり泣いてばっかりじゃいられないかも!シュウを探しに行こう!」

ポケモン達は何とか元気に振舞おうとするハルカを心配そうに見上げるものの、何も言わず一緒に立ち上がった。

部屋の外に出て、ハルカは指示を出す。

「わたしはホテルの中を探すから、みんなは外を探して。シュウのことだから、危険な所には行ってないだろうけど、一応そういう所も回ってみて。」

ハルカの指示を受けて、ポケモン達は廊下を駆けていく。

しかし、ロゼリアだけはその場に留まっていた。

「ロゼリア……?」

ロゼリアはハルカの隣につく。

ハルカが歩くと、そのまま一緒に歩き出した。

「わたしが心配だから傍にいてくれるのね……。」

涙声のハルカの顔の前に、ロゼリアの薔薇の形をした腕が突きつけられた。

泣いてばかりじゃいられないんでしょう――そう言われた気がした。

「ごめんね、ロゼリア……。」

ハルカはロゼリアと共に廊下を歩き出した。





ホテルの中を隈なく探しても、シュウの姿は無かった。

「どこ行っちゃったのかな、シュウ……。」

ロゼリアも不安そうな顔をしている。

フロントでシュウの特徴を伝えて尋ねてみても、情報らしい情報は得られなかった。

疲れてハルカとロゼリアはロビーの椅子に座る。

雪の降り出した窓の外を眺めていると、ポケモン達が帰ってくるのが見えた。

何やら急いでいる。

「ロゼリア、シュウが見つかったのかも!」

ハルカは立ち上がって、ロゼリアと一緒に玄関まで走る。

玄関から出た時、ちょうどポケモン達が駆け寄ってきた。

「シュウ!」

シュウは雪だらけでアブソルの上に倒れ伏していた。

顔は赤く、荒い息をしている。

「シュウ!しっかりして、シュウ!」

ハルカの声に、シュウがうっすらと目を開ける。

駆け寄ったハルカがシュウを助け起こそうと手を伸ばすと――シュウはその手を払った。

「シュウ……?」

ハルカは信じられないように払われた手をもう一方の手で押さえる。

ポケモン達も呆然と二人を見ていた。

シュウは崩れ落ちるようにアブソルから降りる。

そのままよろよろと歩き出した。

「シュウ……!」

ハルカが追いすがる。

その背に届く寸前で、その手は落ちた。





「もうぼくに構わないでくれ……。」

小さく呟かれた言葉とシュウの背中はハルカを拒絶していた。

 

 

 

 

 

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