それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 17


 










「ハルカさん、優勝おめでとうございます!」

「ありがとう、ワカナ。」

「シュウ様もとっても格好良かったです!」

「ありがとう、ワカナさん。」

グランドフェスティバル終了後の立食パーティー。

ハルカとシュウは、そこで入れ替わり立ち代りやって来る人達から絶賛の嵐を受けていた。

「ハルカさんの臨機応変な攻撃!眠ったカビゴンをあんなに魅せるなんて!素晴し過ぎます!」

「あはは……、ありがとう。」

「シュウ様のロゼリアとアブソルのブロッサムスパイラルの強さと美しさ!もう感動で前が見えませんわー!」

「あ、ありがとう……。」

二人はありがとうしか言うことができない。

ワカナも他の人と同じく、二人を褒めちぎって去っていった。

「……ハルカ。」

「何?」

「君らしくないね。あんまり食べてないじゃないか。」

「わたしがいつもいつも何か食べてるような言い方しないでよ!」

「違うのかい?」

「うっ……。」

ハルカはシュウから顔を逸らす。

そして、両手を目の高さに掲げた。

「何かね、リボンカップを掲げた時の重さがまだ手に残ってるの。まだ感動で手が震えるくらい。」

ハルカはその時のことを思い出す。

舞い散る色とりどりの紙吹雪と真っ白な雪の中、リボンカップを手にした自分を皆祝福してくれた。

ワカナとサオリさんが微笑みながら拍手してくれて。

ハーリーさんはそっぽを向いて腕組みをしていたけど、一番前の列で見ていてくれた。

シュウは笑顔で祝福してくれて。

今もずっとわたしの傍にいてくれてる。

「ねえ、シュウもジョウトグランドフェスティバルで優勝した時、こんな気持ちだったの?」

「そうだね。そんな気持ちもあった。でも、ぼくはそれよりも違うことに心を奪われていたよ。」

「それ、何?」

ハルカがシュウの顔を覗き込む。

「君に告白すること。」

「なっ!?」

ハルカの顔が一瞬で真っ赤に染まる。

「ああ見えて、結構緊張してたんだよ。」

「その割には、いきなり抱きしめたり、カメラの前でキスしたり、やりたい放題やってたような気がするけど……。」

ハルカのツッコミにも、シュウは笑顔を浮かべるばかり。

ハルカはため息をついた。

「告白か……。わたしもグランドフェスティバルが終わったら、シュウに言いたいことがあったの。」

「何?」

「ここじゃ人が多すぎるから、パーティーが終わったら、わたしの部屋に来てくれる?」

「分かった。」

ここで二人は会話を打ち切り、やって来る人々の賛辞を全身に浴びた。




シュウがハルカの部屋のドアをノックする。

「どうぞー。」と声がしたのでドアを開けると、ハルカがポケモン達を前にしてベッドに腰掛けていた。

「いらっしゃい、シュウ。」

ハルカはシュウに笑顔を向けると、手元のモンスターボールにバシャーモ以外のポケモン達を戻した。

バシャーモにそのボールを預ける。

バシャーモはボールを抱え、部屋を出て行った。

「あの子達にシュウの部屋貸してあげてね。」

「それは構わないけど……一体何だい、言いたいことって。」

「それは今から言うわ。」

ハルカは自分の隣をポンポンと叩いた。

一瞬ためらった後、シュウはベッドに腰を下ろす。

ハルカはシュウが座ったのを確認して話し始めた。




「シュウとファイナルで戦いたいって言ったでしょう?」

「確かに言ってたね。」

「それは、シュウと一緒に演技したかったからなの。」

「ぼくと?」

ハルカは頷く。

「コンテストバトルは、自分のポケモンの魅力を引き出すだけじゃ不十分だと思うの。相手と一緒にフィールドを一つの舞台にしてこそ面白いんじゃないかって。」

「今日のファイナルみたいに?」

「そう。相手と呼吸を合わせて、ポケモン達の演技を重ねて、相手と自分、二人のコーディネーターが一つの舞台を創り出す。」

ハルカはファイナルの時と同じ目をしていた。

「シュウと心を合わせて、重ねて、一つにしてみたかったの。これがわたしのファイナルでしたかったこと。」

「楽しかったかい?」

「ええ、とても。」

ハルカとシュウは顔を見合わせて笑う。

「ぼくも君と一緒に演技がしたかった。ライバルである君が、ぼくの隣にくるのをずっと待っていた。」

「その先にあるものは何?」

「えっ?」

「心を一つにして、シュウは何を感じたの?」

ハルカの質問に、一瞬考えて、シュウは答えを出す。

「君をとても近く感じた。心だけじゃない。君の全てがすぐ傍にあった。」

「わたしもよ。」

ハルカはシュウに近づく。

二人の距離はほとんど触れ合わんばかりになった。

「シュウはここに来た最初の夜のこと覚えてる?」

「……忘れるわけがないよ。」

途端にシュウの顔が暗くなる。

あの夜のことを忘れられるはずがない。

「シュウがああしたのは自然なことだと思う。」

「はっ?」

襲われた本人が何を言ってるんだ?

「あの時も今も、わたしの心は確かにシュウにあったわ。だから、シュウはわたしの全てを欲しいと思ったの。」

ハルカは真剣な目をしている。

「心だけの人間なんていないわ。相手の心だけ自分にあっても、それは本当に相手に受け入れられてるとは言えないと思うの。」

だから――。

「シュウはわたしに受け入れられたかったのよね?わたしの全てを手にすることによって。」

「……そうだよ。」

ぼくは君に受け入れられたかった。

「心と体は一つなんだよ、ハルカ。」

ゆっくりと手を伸ばす。

「あの時、君の心はぼくにあったけど、それは心の一部だけだった。体がそこに無かったから。だから、ぼくは君の体を欲した。心と体、君の全てが欲しかった。」

シュウはハルカの頬に手を添えた。

柔らかく包み込むと、ハルカは気持ち良さそうに擦り寄ってくる。

「シュウ、わたしもシュウに受け入れてもらいたかった。でも、それよりも、シュウを受け入れられないことが大き過ぎたの。」

あなたを本当に愛しているのに。

「だから、どうすればいいのか分からなくてずっと泣いてた。ワカナに教えてもらわなかったら、今も泣いてたかもしれない。」

シュウは会場でのワカナとの会話を思い出す。

「彼女は、ぼくなら君が次にしたいことも分かるかもしれないといっていた。そして、ぼくと君のしたいことは同じだとも。」

「そうね。わたしとシュウの望みは同じところにあるわ。」

ハルカは頬に置かれた手に自分の手を重ねた。

「シュウを受け入れられないから泣くんじゃなくて、シュウを受け入れるって何だろうって考えた。そして、シュウに受け入れられたいってことも。」

その答えが今日のファイナル。

ハルカが重ねた手を握る。

「心を一つにして、その時に分かったのは心だけが一つになることを望んでいたわけではないということ。わたしは心だけを一つにしたいわけではなかったの。」

シュウは静かに続きをうながす。

「ファイナルはとても楽しかったわ。あなたの笑顔も、声も、胸の鼓動すらも、わたしと共にあった。とても快かった。」

ハルカはその時を思い出すかのように目を閉じた。

「あの時、合わさって、重なって、一つになっていたのは心だけじゃなかったわ。体すらも近づいていた。」

それでも、近づいているとしか言えないのだけれど。

シュウはハルカの言わんとすることを察する。

「そう。あの時、君の全てがすぐ近くにあった。心はぼくと一つに。でも、体はぼくの傍でしかない。体は近づいているだけだった。」

「だから、わたしはまだ受け入れられていない。」

ハルカはゆっくりと目を開ける。

「その悲しさはあの夜と同じ。あの夜の方がずっと強かったけれど。」

ハルカは静かに言葉を紡ぐ。

「わたしはあの夜シュウの心を失ってしまったわ。同時に、こうやって撫でてくれる手も、優しい眼差しも全部。わたしはシュウの全てを無くしてしまった。」

「……君は何も失っていないよ。失ったのはむしろぼくの方だ。」

シュウが俯く。

「ぼくは、君の心を傷つけてでも、君の体が欲しかった。」

ハルカの頬からシュウの手の平が下ろされた。

「ぼくがそれを望めたのは君の心を一部でも手にしていたから。体を手に入れたら、心も全て手に入ると思っていた。」

君の全てに受け入れられると思っていた。

「君の心を傷つけても、その心はぼくの手にあるままだと、ぼくは自分を過信していた。」

でも、それは間違いだった。

「君の心が手から零れ落ちていたのに気付いた時、君が震えて拒絶されたくないと言った時、ぼくは全てを失ったと悟った。」

わななく声で続ける。

「君の心を失った代わりに体を手に入れて何になる?何も変わらない。ぼくは君に受け入れられない。」

シュウの手は力なくシーツの上に落ちていた。

「ぼくは君に受け入れられたいと願い、君の全てを失った。体を欲して心を無くし、この両腕は君を抱けなくなってしまった。」

それでも君を欲することはやめられなかったのだけれど。

君に受け入れられたいと願うことは、ぼくの全てだったから。

「なら、わたし達は二人とも相手の全てを失ったと思い込んだのね。」

ハルカはシュウの手を再び取る。

「シュウ、わたしの心はいつでもわたしの中にあるわ。」

その手を引き寄せた。

「そして、いつでもあなたに。」

シュウの手を自らの胸に当てた。

軽く、そして早い鼓動がシュウの手に伝わる。

「あなたが手を伸ばせば、すぐにでも感じられるところに。」

わたし達は一度離れたかもしれないけれど、再びここまで近づけた。

そしてもっと近づける。

ハルカはシュウの瞳を見つめた。

「心はあなたに。そして、心と共にある体もすぐ傍に。」

引き込まれる。ハルカの目に。

シュウは心の赴くままに、ハルカの唇に自身の唇を重ねた。

「……そして、あなたの心もわたしに。あなたはわたしのすぐ傍に。」

唇を離されて、ハルカが濡れた唇を動かす。

「だから、わたしは望むわ。」

ハルカは胸に当てたシュウの手から片手を離し、シュウの頬に置いた。

鼓動の導くままに、唇を重ねる。

ハルカの口付けを受け、シュウは続けた。

「ぼくは君に受け入れてもらいたかったから、君の全てを欲した。それが君に受け入れてもらうことだと思ったから。」

でも、それだけじゃ足りない。

シュウは顔を離してハルカの目を見つめる。

「ぼくを欲して、ハルカ。君を受け入れることが君に受け入れられることだから。」

「ええ、シュウ。」

ハルカはシュウの胸に頭をもたせ掛けた。

「わたしを受け入れて、シュウ。あなたの心も体も全てをわたしにちょうだい。」

あなたを愛しているから。

「ぼくは君の全てを受け入れたい。そして、君の全てが欲しい。」

君を愛しているから。

「ぼくと一つになろう、ハルカ。」

シュウはハルカを抱きしめた。

 

 

 

 

 

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