それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 16



 









『とうとうシンオウグランドフェスティバルも大詰めだ!ファイナルに進出を決めたのはこの二人!』

リリアンがさっと腕を上げると、スポットライトが2つの選手入場口を照らし出す。

『美しく成長したホウエンの舞姫、トウカシティのハルカさん!』

割れんばかりの拍手の中、ハルカはフィールドに進み出る。

「うう……、ちょっと照れるかも……。」

『そして、ジョウトグランドフェスティバルを制覇したラルースの貴公子、シュウさん!』

シュウがハルカの視線の先に現れる。

その顔は微笑っていた。

セミファイナルを美しく勝ち抜いた彼は、スポットライトに照らされているだけでない輝きに満ちていた。

そして、それはハルカも同じ。

会場はまだバトルも始まっていないのに、既に熱気に溢れていた。

『再び降り出した雪はどちらに味方するのか!ポケモンの選択も慎重さが求められるぞ!』

二人はモンスターボールに手を伸ばす。

「バシャーモ!カビゴン!ステージオン!」

「ロゼリア!アブソル!GO!」

華々しく、それぞれのポケモン達がボールから出てきた。

フィールドに離れて対峙する。

『さあ、勝つのはどちらか!雪をも溶かす熱いバトルを期待しているぞ!バトルスタート!』

会場は大歓声に包まれた。




「ロゼリア、マジカルリーフ!アブソル、バシャーモにアイアンテール!」

シュウが速攻の指示を出す。

飛んでくる葉を背景に、アブソルがバシャーモに迫る。

「バシャーモ、高く跳んでかえんほうしゃ!カビゴンはアブソルの前に立ちはだかって!」

バシャーモが跳び上がってロゼリアに向かって炎を吐く。

「避けろ、ロゼリア!」

高速で迫る火炎をロゼリアは何とか避けた。

「アブソル、アイアンテールはストップ!バシャーモが滞空している内にブロッサムスパイラル!」

「ブロッサム……?」

ハルカの虚を衝いてロゼリアは体勢を立て直し、はなびらのまいを上空のバシャーモに向けた。

アブソルも方向転換して、かまいたちを連続で上空に放つ。

花びらが螺旋を描き、空中で素早い移動が出来ないバシャーモを捕らえた。

かまいたちは風に乗り、その全てが動けないバシャーモを直撃する。

「バシャーモ!」

空中でダメージを受けたバシャーモは、何とか足から着地する。

しかし、がっくりと膝をついた。

『おおっと!シュウさんの新たなコンビネーションが決まったぞ!美しい花びらとかまいたちの猛攻だー!』

「これがブロッサムスパイラル……。」

ハルカはきっと目の前を見据える。

シュウが不敵に笑っていた。

ハルカは考える。

――さっきのブロッサムスパイラルは、相手が空中にいるからこそ効果のある技。

はなびらのまいで生み出された風で相手を固定し、その風に乗って飛ぶ真空の鎌で攻撃する。

風が強ければ強い程、かまいたちの威力は上がる。

そして何よりこの寒さ。

花びらは凍り付いて攻撃力を上げ、かまいたちは寒い程に大きくなる。

はなびらのまいとかまいたち、そして寒さが作用し合って何倍も強力になってる。

……シュウはバシャーモを警戒してる。

ジャンプされたらただでさえ攻撃が届きにくくなるのに、バシャーモはロゼリアとアブソルが苦手なタイプを併せ持ってるから。

だったら、ブロッサムスパイラルを発動させずに空中から攻撃する!

「バシャーモ、アブソルにスカイアッパー!カビゴンはきあいパンチ!」

二匹がアブソルに突進した。

すかさずシュウも指示を出す。

「ロゼリア、ねむりごな!アブソル、その隙に退避!」

「カビゴン、ねむりごなを受けて!」

ロゼリアの放ったねむりごなをカビゴンは敢えて自身の体で受ける。

倒れこみながらも、アブソルにきあいパンチを放った。

アブソルは難なくこれを避ける。

が、そこには避ける軌道を予想していたバシャーモが回り込んでいた。

バシャーモの拳がアブソルの顎を捉える。

たまらず宙を舞うアブソルを追って跳躍し、バシャーモはさらなる攻撃を仕掛ける。

「アタック!」

ブレイズキックがアブソルに決まった。

アブソルが地面に叩きつけられる。

『バシャーモのブレイズキックがクリティカルヒーット!シュウさん、大幅ポイントダウン!』

リリアンの実況通り、画面に映るシュウのポイントが大きく削られた。

「お見事!」

それでもシュウは余裕でハルカを賛美する。

「積もり始めた雪が無かったら、地面に落ちたアブソルのダメージはもっと大きかった。天気はぼくに味方してくれている。」

その言葉通り、アブソルはすぐに立ち上がる。

「不利になったのは、むしろ攻撃を成功させた君。眠ってしまったカビゴンはもう戦力外。どうするつもりだい?」

「何言ってるのよ!カビゴンだから眠らせたのよ!」

シュウと同じく不敵に笑い、ハルカはカビゴンに呼びかける。

「カビゴン!眠っててもわたしの声は聞こえるでしょう!ねごとよ!」

「なっ!」

しまった!カビゴンはいねむりポケモン!眠っていても攻撃できる!

「警戒しろ!カビゴンから目を離すな!」

カビゴンが動く。

『ねごとは自分の覚えている技を一つランダムに発動させる技!ゆびをふるやねこのてと同じく使いどころが難しいぞ!さあ、何が出るのか!』

リリアンの実況の中、カビゴンはうつ伏せから体勢を変え、手足を動かす。

そして――ゴロリと丸くなった。

「あれ……?」

体を丸めて何もしないカビゴンを呆然としてハルカは見る。

「もしかして、まるくなるが出ちゃった……?」

「ははっ!君はいつでも予想外だな!」

シュウが楽しそうに言う。

『カビゴン、気持ち良さそうに眠り続けているぞ!どうする、ハルカさん!?』

観客や審査員も和んで笑っていた。

「……ふっ!これも想定の範囲内よ!」

「強がり……。」

「見てなさい、シュウ!バシャーモ、カビゴンの傍に行って、ロゼリアにかえんほうしゃ!」

バシャーモはカビゴンに駆け寄り、そこから炎をロゼリアに向けて放つ。

「ロゼリア、避けてバシャーモにどくばり!アブソルはかまいたち!カビゴンには構うな!」

距離のあったかえんほうしゃを難なく避け、ロゼリアはどくばりを発射した。

アブソルのかまいたちと一体になり、スピードを上げてバシャーモに迫る。

「バシャーモ!カビゴンの影に!」

バシャーモを直撃するはずだった攻撃は、眠っていたカビゴンにヒットした。

カビゴンは全く起きる気配を見せず、当たった所を少し掻いた。

「バシャーモに当たらなかったのはまあいいとして……カビゴンに全く効いてない?」

「丸くなることで防御力を上げたのよ!遠距離攻撃はもう通用しないわ!近づいてきたら、接近戦のエキスパートのバシャーモがお相手するわよ!」

不敵な笑みを強めてハルカは言う。

『おおっと!ランダムで出たまるくなるを適切な判断で使いこなし、ハルカさんが攻防一体の砦を完成させたぞ!どうする、シュウさん!』

「ピンチとチャンスは裏表、か。君と戦っていると、全く退屈しないよ。」

「でもね――。」

ハルカはさらに笑う。

「そんな待ちの戦法なんて取らないわ!シュウと戦うのに、ポケモンを魅せるのに、そんな消極的な戦法じゃつまらないもの!」

「お見事。」

シュウも笑い、ポケモン達に指示を出す。

「ロゼリア!マジカルリーフでバシャーモの動きを止めろ!アブソルはその隙にアイアンテールでバシャーモを空中に跳ね上げるんだ!」

「バシャーモ、ロゼリアにほのおのパンチ!カビゴン、ねごとよ!」

カビゴンが寝返りを打った。

しかし、その寝返りの打ち方がおかしい。

丸くなったまま、前転を繰り返している。

「これは……ころがる攻撃!バシャーモ、カビゴンに併走して!」

スピードを上げていくカビゴンに、バシャーモがぴったりと横につく。

「避けろ!」

ロゼリアとアブソルが二手に分かれて避ける。

バシャーモとカビゴンもそれぞれのポケモンを追って分かれた。

「バシャーモ、ロゼリアに攻撃の隙を与えないで!連続でほのおのパンチよ!」

ハルカはバシャーモに指示を出しながら、カビゴンの動きを目で追う。

雪で摩擦の少ない地面をカビゴンは転がり続ける。

アブソルを追うそのスピードはどんどん上がっていた。

「アブソル、みずのはどう!続いてふぶき!」

シュウの指示に従い、アブソルが水を纏い、冷気を吐き出す。

フィールドに巨大な氷の壁が出現した。

『アブソル、一瞬で氷のバリケードを築き上げたぞ!カビゴン、この分厚い壁を破れるか!?』

「カビゴン、そのまま突っ込んで!」

スピードの上がったカビゴンは難なく氷の壁を打ち砕いた。

「なっ!?」

「丸くなった後に転がったら威力が上がるのは当たり前でしょう!」

「まるくなるといい、ころがるといい……。幸運の女神も君に惚れてるのかい?」

シュウが冗談まじりに呟く。

しかし、その目は冷静に状況を読んでいた。

カビゴンに背を向け逃げているアブソルに指示を飛ばす。

「アブソル、もう一度ふぶきだ!直接カビゴンを凍りつかせて足止めしろ!」

向き直ったアブソルから強烈な冷気がカビゴンに吹き付けられる。

しかし――。

「止まらない!?」

アブソルは大きく跳ね飛ばされた。

「カビゴンはあついしぼうのおかげで氷タイプの技に強いのよ!カビゴン、畳み掛けて!」

よろめきながら起き上がったアブソルに巨大な影が地響きを立てて迫る。

『アブソル、立て続けにクリティカルヒットを浴びて、かなり体力を消耗しているぞ!もう後が無い!』

「ギリギリまで引き付けろ、アブソル!」

カビゴンに押しつぶされる直前、ふらつく足でアブソルは横に跳んだ。

「っ!?危ない、バシャーモ!」

アブソルの避けたカビゴンの軌道は、ロゼリアに攻撃を仕掛けていたバシャーモに向かっていた。

バシャーモは咄嗟にジャンプして転がってきたカビゴンを避ける。

「いけない、バシャーモ!」

「もう遅い!ブロッサムスパイラルだ!」

シュウの声と共に、宙に逃げたバシャーモを花びらの螺旋が襲う。

「カビゴン、弾んで!はなびらのまいの軌道に割り込むのよ!」

転がるカビゴンがボールのように跳ね、バシャーモの代わりにはなびらのまいの直撃を受けた。

その間にバシャーモは地面に降り立つ。

間をおかず、カビゴンも落ちた。

2匹の頭上をアブソルのかまいたちが飛んでいく。

カビゴンはごそごそと動いたかと思うと、あくびを一つして起き上がった。

「やっぱり、ブロッサムスパイラルは、体重の重いカビゴン相手だと空中に留めておけないから威力を発揮できないのね!」

「さすがだね。この技の弱点をこんな短時間で見抜くなんて。」

両者のポケモンは再び対峙した。




『さあ、残り30秒を切った!ポイントはねごとを見事に使いこなしたハルカさんが僅かにリードしているぞ!どうなる、ファイナル!』

リリアンの実況は、会場をさらなる興奮の渦に巻き込む。

シュウはハルカの顔を見た。

力強い笑みを浮かべ、瞳は輝きで満ち溢れていた。

その輝きに照らされ、さらに自身が高揚するのをシュウは感じる。

――楽しい。

今、ぼくは負けそうになっているのに、とても楽しい。

ポケモン達と呼吸を合わせ、ハルカの心を読んで、次の攻撃を予測して。

いや、ハルカの心を読んでるんじゃない。

彼女の心はそう簡単に読めるものじゃない。

攻撃だって、あの奇想天外な発想で先読みなんてほとんど不可能だ。

でも、ハルカがどう攻撃してくるか、手に取るように分かる。

これは――。




「カビゴン、バシャーモを肩に乗せて助走してジャンプ!バシャーモ、攻撃準備!」

「鋭角からの炎を避けたロゼリア達をカビゴンで追い討ちする気か!ならば、肩のバシャーモだけでも捕らえる!」

シュウが三度目のブロッサムスパイラルの指示を出す。

会場の空に幾千もの美しい花びらが舞った。

――楽しい。

シュウはこっちの攻撃が跳ぶことで威力を発揮するって読んでるんだ。

いいえ、違う、これは読んでるんじゃない。

シュウはわたしと一緒にバトルを楽しんでいる。

シュウの演技とわたしの演技が合わさって、観客の目を惹きつけて放さない。

凄くドキドキする。

シュウの演技を見ていると、いつもドキドキしていた。

でも、このドキドキはそれよりもずっと強い。

シュウと一緒に演技してるから。

シュウと呼吸を合わせて、わたしの演技を重ねて、シュウとわたしの舞台を創り出す。

――心を一つにして。




ブロッサムスパイラルが高く跳ぶハルカのポケモン達を襲う。

花びらの螺旋がバシャーモを支えているカビゴンの腕を捕らえようとした。

「今よ、カビゴン!バシャーモを投げて!」

「なっ!?」

カビゴンが肩に乗せていたバシャーモを投げる。

バシャーモはアブソルとロゼリアの真上を取った。

「オーバーヒート!」

「しまっ――!」

バシャーモの吐き出した巨大な火の玉が逃げる間も無かった2匹を直撃した。

着地を決めたバシャーモの足元には倒れ伏すロゼリアとアブソルの姿。

『ここでタイムアーップ!!』

リリアンの声が響く。

『同時にバトルオフ!シンオウグランドフェスティバル優勝者はハルカさんだー!』

会場は爆発したような歓声に包まれた。

『いねむりポケモンのカビゴンと炎の格闘家バシャーモの魅力を最大限に引き出したハルカさんにみんな拍手ー!』

その歓声に負けず、リリアンの声が響く。

『そして、美しいブロッサムスパイラルで会場を魅せてくれたシュウさんにも拍手を!』

会場は耳が痛くなるほどの拍手で覆われた。

「カビゴン!バシャーモ!ありがとう!」

ハルカが2匹に駆け寄る。

同じく駆け寄ってきたバシャーモにハルカは抱きしめられた。

「バシャーモ、本当にありがとう!」

ハルカの満面の笑みに、バシャーモも笑顔で頷く。

カビゴンがドテドテと駆け寄ってきて、二人を両肩に抱え上げた。

「きゃっ!」

ハルカは驚いたものの、反対側の肩に乗っているバシャーモと顔を見合わせて笑う。

「カビゴンもありがとう。ねごと、ビックリするほど凄かった。」

ハルカの言葉に、カビゴンは肩を揺らして笑う。

そのカビゴンがピタリと笑うのをやめた。

カビゴンの目の前にシュウが立っていた。

一瞬の沈黙の後、シュウが口を開く。

「カビゴンをカタパルトにしてバシャーモを打ち出すなんて思わなかった。しかも、最後の最後までオーバーヒートを取っておくなんてね。」

シュウは微笑んでハルカを見上げる。

「とても美しいバトルだったよ、ハルカ。」

「……シュウ!」

ハルカが飛び降りようとするのをカビゴンが押さえる。

「カビゴンったら!」

ハルカは暴れるが、カビゴンは簡単にハルカをつまみ上げてしまった。

そのまま、カビゴンは腕を伸ばす。

その先はシュウの腕の中。

ちょうどハルカを抱きとめる形になったシュウは、カビゴンの顔を見上げる。

カビゴンは呆然と自分を見上げてくる少年の頭を撫でた。

続いて、これまたわけも分からず自分を振り返って見上げる少女の頭も優しく撫でる。

そして安心したように大きく頷いた。

「カビゴン、あなた……。」

「ありがとう、カビゴン。」

シュウがぎゅっとハルカを抱きしめる。

会場からは揺れるほどの大歓声が上がった。

 

 

 

 

 

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