それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 15



 









「フライゴン、りゅうのいぶき!バタフリー、サイケこうせん!」

シュウの声と共に、光がしびれごなで動けないジュペッタとアリアドスに迫る。

2匹の攻撃はハーリーのポケモンを直撃した。

『ジュペッタ、アリアドス、バトルオフ!勝者はシュウさん!』

観客の拍手がこだまする中、シュウは右手を挙げガッツポーズを決める。

「キーッ!こんなトコでこんなヤツに負けるなんて、ハーリーとっても悔しい!」

ハーリーが全身で悔しさを表現している。

「こんなことになるなら、シュウ君の泣き顔デジカメで撮っとくんだったー!」

「……。」

シュウはこれ以上関わりたくないと言わんばかりの表情で、きびすを返した。

向かうのは控え室。

ハルカのいる所。




「シュウ!セミファイナル進出おめでとう!」

ハルカがシュウを笑顔で迎える。

「ありがとう、ハルカ。」

ハルカはシュウの手を引いて、画面の前まで連れていった。

「ほら、シュウ!セミファイナルの対戦相手が決まったのよ!」

「ハルカの相手はサオリさんか……。」

「シュウとはファイナルで当たることになるわね。負けないでよ!」

「それはこっちの台詞だよ。サオリさんは――。」

「手強いんでしょう。そんなこと分かってるわ。」

ハルカはキッと画面を見上げた。。

「でも負けない!シュウとファイナルで戦うんだから!」

シュウはふと笑った。

「何よ?」

「君、いやにぼくと戦うことにこだわるね。」

「当然でしょう?ライバルなんだから。」

「それだけ?」

シュウは昨日の会話を思い出していた。

ハルカのしたいことが自分と戦うことでよりはっきりするらしい。

「……シュウはライバルだけど、それだけじゃないから。シュウと戦いたいのは、ちゃんと理由があるから。」

その理由がハルカをここまで元気にしたのだろう。

シュウはハルカの肩に手を置いた。

「頑張りなよ、ハルカ。ここから応援してるから。」

「うん、見ていて、シュウ。必ず勝つわ。」

ハルカはシュウの手に自分の手を重ねて微笑んだ。




『さあ、残り1分を切ったぞ!ポイントはサオリさんが断然有利!ハルカさん、逆転なるか!?』

シュウは真剣な表情で画面を見上げていた。

画面の中では、バシャーモとアゲハントがサオリのポケモン達に攻撃を仕掛けようとしている。

『バシャーモ、かえんほうしゃ!アゲハント、かぜおこし!』

しかし、サオリのヤドランとバタフリーは優雅に攻撃をかわした。

「どうするつもりだ、ハルカ……。」

相手に攻撃させてそれを美しくかわすことで相手のポイントを削る。

サオリの得意な戦法だ。

奇しくも2人が戦っているのはセミファイナル。

「このままじゃ5年前の繰り返しだ……。」

シュウの脳裏に、サオリに負けて泣いていたハルカが甦る。

廊下の角に隠れて見ていた自分に気付かず、彼女は大粒の涙を流していた。

「君はぼくと戦わずに泣くのか……?」

シュウは映し出されたハルカの顔を見上げる。

彼女の目は諦めていなかった。




このままじゃ負ける……。

ハルカは必死で考えていた。

視線の先にはサオリの不敵な微笑み。

仕掛ければ避けられる。

避けられたらポイントが削られる。

そして、反撃を受けて、バトルオフに追い込まれる。

カントーグランドフェスティバルではそうやって負けた。

しかし、あの頃の自分とは違う。

最後の1秒まで勝つことを諦めない!

「バシャーモ、ほのおのうずを体の周りに!アゲハント、ぎんいろのかぜで炎を煽って!」

バシャーモが巻き上がる炎を身に纏う。

銀に輝く風を受け、天に向かって巨大な炎の竜巻が立ち上がった。

「避けられて反撃されるんだったら、避けられない攻撃を仕掛けるまでよ!バシャーモ、ヤドランとバタフリーにすてみタックル!」

炎を纏ったバシャーモが二匹に突進する。

「あれは生半可な技じゃ受け切れないわ!ヤドラン、バタフリー、回避するのよ!」

「させない!アゲハント、いとをはく!」

炎の竜巻の後ろに隠れて接近していたアゲハントが糸を吐き出す。

バシャーモに注意を払っていた二匹はアゲハントに気付くのが一瞬遅れた。

ヤドランとバタフリーに糸が絡みつく。

バシャーモの炎が動けない二匹を巻き込んだ。

炎の竜巻は威力を増し、会場を明るく照らし出す。

竜巻がやんだ後には、ヤドランとバタフリーが倒れていた。

『ヤドラン、バタフリー、バトルオフ!勝者、ハルカさん!』

会場はまたもや大歓声に包まれる。

「バシャーモ、アゲハント、ありがとう!あなた達のおかげでファイナルに出られるわ!」

ハルカはバシャーモに抱きつく。

アゲハントを頭に乗せ、歓声に応えた。

「おめでとう、ハルカさん。」

サオリがやって来て、ハルカを祝福した。

「ありがとうございます、サオリさん。」

「素晴しい技だったわ。とても美しかった。」

サオリは負けたというのに嬉しそうに笑う。

「ファイナル頑張って。シュウ君とどんなバトルをするのか期待しているわ。」

「はい!」




「良かった……。」

シュウはほっとしていた。

「君はぼくのライバルだから。」

ぼくと戦う前に負けたりしないで。

早く、早く、ぼくのところまで来て。

そして、ぼくと一緒に――。

「シュウ様!」

シュウの思考に割り込んだのは、珍しくハーリーではなかった。

「ワカナさん?」

ワカナが目を輝かせながら駆け寄ってきた。

「ハルカさん、ファイナルに進出しましたね!次はシュウ様の番ですわ!」

「そうだね。ぼくもセミファイナルで彼女に恥じないバトルをしよう。」

ワカナはふと真剣な目になった。

「シュウ様、シュウ様のしたいことって何ですか?」

「え?」

ぼくのしたいこと?

「ハルカさんが昨日の朝まで元気が無かったのはご存知ですよね?」

「ああ……。」

そこまで彼女を追いやったのはぼくだから。

シュウの顔が暗くなる。

ワカナはそんなシュウを見つめた。

「ハルカさん、自分がどうすればいいのか分からず戸惑っていました。」

「もしかして、ワカナさんがハルカを……。」

「私はただアドバイスしただけですわ。どうすればいいのかではなく、どうしたいのかを考えて行動すればいいって。」

ワカナはにこりとシュウに笑いかけた。

「シュウ様、ハルカさんのしたいことは、きっとシュウ様と同じです。」

「……どういうことだい?」

「シュウ様とハルカさんはライバルですから。きっとバトルで分かります。」

それに、とワカナは続ける。

「シュウ様なら、ハルカさんが次にしたいことも分かるかもしれません。シュウ様とハルカさんはライバルだけではないから。」

ますます分からない。

眉根を寄せるシュウをワカナは楽しそうに見る。

「シュウ様とハルカさんの違いは、どうしたいのかも、どうすればいいのかも、シュウ様の方がはっきり分かっているところかもしれません。」

ハルカさんって鈍感で天然でしょう?

ワカナの言葉に思わず笑う。

「そうだね……。」

「だから、シュウ様はハルカさんを待っていた。ハルカさんはファイナルに進出を決めました。次はシュウ様の番です。」

「ああ。」

セミファイナル第二試合がもうすぐ始まろうとしていた。

シュウは控え室を出るため、扉へ向かう。

「シュウ様、最後に一つだけ!」

シュウが何だろうというように振り向く。

「ハルカさんが元気になったのは、シュウ様の言う通り、私のアドバイスを受け止めたからかもしれません。でも、このアドバイスを受け止められるようなきっかけを作ったのはシュウ様です。」

このアドバイスは、何の望みもない人には通じないんですよ。

ワカナが人差し指を立てて言う。

「ハルカさんを変えたのはシュウ様、あなたですわ。ハルカさんに自分の望みを自覚させた。自分のしたいことをちゃんと分かっている人は強いんですよ。」

「強い、か……。」

「シュウ様、セミファイナル頑張ってください。ファイナル、楽しみにしていますわ。」

シュウは笑って前を向く。

「ありがとう、ワカナさん。」

ファイナルに進むため、ハルカと戦うため、シュウはフィールドを目指した。

 

 

 

 

 

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