それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 14



 









「バシャーモの演技、とっても凄かったですー!二次審査出場は確実ですね!」

「ありがとう。でも、ワカナだって凄かったわよ。」

ハルカとワカナはホテルのエレベーターを待ちながら談笑していた。

後ろではサオリはニコニコ笑いながら、シュウは黙って聞いている。

「でも、二次審査に出られるのはたったの8人なんですよ。シンオウのグランドフェスティバルは出場枠が小さいと思いませんか?」

「それにはシンオウの人達の期待が表れているわ。」

サオリが口を挟む。

「予選と一次審査でふるいにかけるの。二次審査で対戦数は少なくても素晴しい戦いが繰り広げられることを期待して。」

心が燃えるような戦いをね。

「シンオウ地方は寒いけど、そこに住む人は熱い人ばかり。」

その熱さが勝負を盛り上げる。

「狭い出場枠を巡って、そしてたった一つのリボンカップを巡って、コーディネーター達がいかにポケモンの魅力を引き出し、熱いバトルを繰り広げるかを楽しむのよ。」

人間って壁が厚ければ厚いほど燃えるものでしょう?

サオリは挑戦者の目をして微笑う。

「シンオウ地方の人ってそんなに凄い人だったんですねー!」

サオリの言葉に、ワカナが感心したように声を上げた。

「そういえば、ホウエンのグランドフェスティバルは、今まで出てきたどのグランドフェスティバルよりも出場枠が大きかったかも……。」

「暖かいから、ぽややんとした人が多いのかもね、君みたいに。」

「何ですって、シュウ!」

ハルカがシュウと口論を始める。

サオリはそれを好ましく見ていた。

「それにね、やっぱりリボンカップは一つよ。出場枠の狭さなんて関係ない。もっともポケモンの魅力を引き出せたコーディネーターがそれを掲げられるのよ。」

思わず口論をやめて、ハルカとシュウはサオリの顔を見る。

「二人ともやっと調子が戻ってきたみたいね。今日のあなた達のポケモンは凄く生き生きしていたわ。」

明日がとても楽しみ。

ワカナもその言葉に強く頷く。

「ハルカさん、シュウ様、明日は負けませんから!」

「ワカナもきっと二次審査に行けるわ。でも、リボンカップを掲げるのはわたしかも!」

「ハルカ、ぼくがいるのを忘れてないかい?ジョウトに続いて、このぼくがリボンカップを貰い受けるよ。」

「シュウには絶対負けないかも!」

盛り上がる三人を眺めて、サオリも心が高揚するのを感じる。

この感覚はコーディネーターだけのもの。

それを少しでも一緒に味わいたくて、みんなグランドフェスティバルを見に来るのかもしれないわね。

「あら、私のことは?私だって負けないわ。」

サオリは楽しそうに会話に加わった。




エレベーターから降りて、シュウとハルカは部屋へ向かう。

ドアの前まで来て、シュウがドアを開けようとすると、ハルカがシュウの服を掴んだ。

「あ、あのね、シュウ……。」

昨夜と同じ状況にシュウは緊張する。

しかし、ハルカの目に涙は無く、笑みが浮かんでいた。

「まだどうしていいのか分からない。でも、自分がどうしたいのか少しだけ分かったから。」

だから――。

「明日はわたしと全力で戦って。そうしたら、もっと自分がどうしたいのか分かるような気がするから。」

「……言われなくてもそうするつもりだよ、ぼくのライバルさん。」

シュウは服を掴むハルカの手をそっと外した。

昨日と同じ動作、しかし、その心は全く違う。

「明日、楽しみにしているよ。」

「わたしだって!」

二人はそれぞれの部屋に入っていった。




『さあお待ちかね!本選二次審査に出場できる8名は――こちらー!』

リリアンの声と共に、大画面に8つの顔写真が映し出される。

その中には、ハルカとシュウ、そして見知った3人の顔もあった。

「やったー!ハルカさん、私、二次審査に行けますよ!」

「おめでとう、ワカナ!」

「ハルカさんもおめでとうございます!」

悲喜こもごものコーディネーター達に、次の言葉が掛けられる。

『二次審査一回戦の対戦相手は、ランダムシャッフルでこうなったー!』

画面にコーディネーターの対戦表が映し出される。

「――!ワカナと……。」

「ハルカさんと一回戦でバトルできるなんて……。」

ハルカとワカナは一回戦の第一試合だった。

「頑張ろうね、ワカナ!」

「負けませんわ、ハルカさん!」

二人は力強く微笑み合う。

そんな二人を後ろで見つめる影が二つ。

「……ハーリー、このポジション飽きちゃったかもー。」

「ハルカの邪魔はさせませんよ。」

「あーら、今までかもちゃんを一番邪魔してたのはシュウ君、アンタじゃないの。」

シュウはハーリーの皮肉を無視する。

「まあいいわ。アンタと一回戦で当たったのも運命よ!かもちゃんの前でボロッボロに負かして大恥かかせてやるんだから!」

「どうぞ。できるものなら。」

「……ぶっ潰す!」

コーディネーター達の様々な思いを巻き込んで、シンオウグランドフェスティバル本選二次審査は華々しく幕を開ける。




「イーブイ!カメール!ステージオン!」

「おいでなさい!フライゴン!キレイハナ!」

二次審査第一試合が開始される。

ハルカのポケモン達が勇ましく、ワカナのポケモン達が華麗にフィールドに登場した。

「キレイハナ……。」

初めて見るワカナのポケモンだった。

『さあ、この寒さを振り払う熱いバトルを繰り広げてくれるのか!バトルスタート!』

熱い歓声と共に、ワカナが仕掛ける。

「フライゴン、いやなおと!キレイハナ、マジカルリーフ!」

「二人とも分散して!いやなおとに捕らえられたら動けなくなる!」

ハルカの指示を受けて、イーブイとカメールは二手に分かれる。

「カメール、こうそくスピンで跳ね回って!イーブイはあなをほる!」

カメールが殻にこもり、フィールド中を跳ね回った。

狙いが定まらず、キレイハナはうろたえる。

その隙をついて、イーブイが地中から攻撃を仕掛けた。

「キレイハナ!」

たまらずキレイハナが吹っ飛ばされる。

一瞬、そちらに目を向けたフライゴンをカメールが強襲した。

こうそくスピンの直撃を受けたフライゴンが地に落ちる。

「フライゴン!」

「畳み掛けるのよ!イーブイ、シャドーボール!カメール、あわ攻撃!」

シャドーボールと泡が二方向から倒れた2匹に迫る。

その攻撃を受けて、2匹はフィールドの端まで突き飛ばされた。

ワカナのポイントが大幅に削られる。

「負けませんわ!二人とも、フォーメーションドラゴン!」

「なっ!?」

それはシュウの得意技だったはず――。

起き上がったフライゴンがキレイハナを背に乗せ、空を舞う。

「フライゴン、すなあらし!キレイハナ、はなびらのまい!」

巻き起こる下方からの砂を含んだ嵐と上空から降ってくる花びら、その二つが合わさり、ハルカのポケモン達を襲う。

「イーブイ!カメール!」

2匹は倒れ伏した。

「どうです、ハルカさん!これがフォーメーションドラゴン・ワカナバージョンです!」

「一撃でここまで威力があるなんて……。」

それでもハルカはきっと前を見据える。

「二人とも立って!今度あれが来たら、無事じゃすまないわ!」

ハルカの声に応え、2匹は立ち上がる。

「イーブイは上空の2匹をシャドーボールで攻撃!相手のコンビネーションのタイミングをずらすのよ!カメールはれいとうビーム!」

イーブイのシャドーボールをフライゴンは華麗にかわす。

カメールはれいとうビームを発射した――己の立つ地面に向けて。

気温の低いフィールドはすぐに氷で覆われた。

「何を……?」

「イーブイ、フライゴンを打ち落として!フィールド全体にスピードスター!カメールは回転してパワーを溜めて!」

シャドーボールよりも攻撃範囲の広いスピードスターが宙を駆ける。

「スピードスターを防いで、同時にイーブイとカメールをバトルオフに!もう一度、フォーメーションドラゴンから攻撃!」

ワカナの指示に従い、フライゴンが翼を動かす。

しかし、すなあらしは起きなかった。

「なっ!どうして!?」

「やっぱり地面が凍ってると砂が巻き起こせないから、すなあらしは発動しないのね!カメール、こうそくスピン!」

スピードスターが直撃して宙で体勢を崩したフライゴンとキレイハナをカメールが襲う。

摩擦の少ない氷の上で回転して威力を高めたこうそくスピンは2匹を地面に叩き付けた。

『フライゴン、キレイハナ、バトルオフ!』

審査員の判定を受けて、画面が勝者を映す。

『相手の攻撃を防ぎつつ、自らに有利なフィールドを作り出したハルカさんの勝利だー!』

大歓声が巻き起こる。

ハルカは駆け寄ってきたイーブイとカメールを抱きしめた。

「よくやってくれたわ、二人とも!」

2匹がハルカに頬擦りしていると、ワカナが近づいてきた。

「ハルカさん、セミファイナル出場おめでとうございます。」

「そっか……、もうセミファイナルなんだ。」

「フォーメーションドラゴンに勝ったんですから、シュウ様にも勝って優勝してくださいね!」

ワカナは力を込めて檄を飛ばす。

「うん、頑張る。あの、ワカナ、フォーメーションドラゴンって……。」

「シュウ様の得意技をアレンジしたものです。フライゴンの羽の優雅な動きとドラゴンタイプのパワーを極限まで引き出す技。」

ワカナは足元のキレイハナを抱き上げる。

「シュウ様はりゅうのいぶきでフライゴンを魅せていましたが、私はすなあらしを使いました。その方が、この子のはなびらのまいをより魅せられるから。」

「キレイハナ……、同じ草ポケモンのロゼリアに見立てたの?」

「いいえ。」

ワカナは笑顔で首を振る。

「フシギダネですわ。」

「えっ!」

「ハルカさんのフシギダネ。シュウ様のポケモンと一番輝けるのはハルカさんのポケモンでした。負けちゃったけど、凄かったでしょう?」

「うん、とても凄かった。みんなも褒めてる。」

ハルカは会場を見渡す。

観客の拍手は勝ったハルカだけでなく、素晴しいバトルを見せてくれたワカナにも向けられていた。

ハルカとワカナは揃って頭を下げる。

一つの熱い戦いが終わり、次の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

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