それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 13



 









わたしは一体どうしたいのだろう。

シュウに受け入れてもらいたいというのがわたしの望み。

なら、わたしはどうすればいいのだろう。

シュウを受け入れればいいのだろうか。

受け入れる――それは一体何なんだろう。

自分の心に相手を入れることなのだろうか?

どうやって入れるのだろう。

心なんて目に見えないものの中にどうやって入るのだろう。

目に見えない――それでも心は確かに在る。

形も無いし、触ることもできないけど、どこに在るかは分かっている。

わたしの心はわたしの中に在り、シュウの手の中に在る。

なのに、シュウはわたしの心を失ったと思ってる。

あなたは何も失ってはいないのに。

失ったのはわたしの方。

わたしが失ってしまったのはシュウの心。

確かにここにあったはずの彼の心はどこかに行ってしまった。

……本当はどこにあるか知ってるのだけれど。

それは手を伸ばせば、すぐにでも届く所にある。

彼がわたしの傍に来てくれたから。

わたしはどうしたいのだろう。

心だけの人間なんていない。

わたしはまだ得ていないものがある。

わたしはどうしたいのだろうか。





『シンオウグランドフェスティバル本選一次審査アピールタイム!32人のコーディネーターには8人の二次審査出場枠を競ってもらうわよ!一番手は――。』

リリアンは力をためる。

『昨日のラストを飾ったトウカシティのハルカさんだー!』

リリアンの期待通り、会場は大いに盛り上がる。

昨日のカビゴンの技はそれだけの威力とインパクトを持っていた。

ハルカは会場の中心に進み出る。

――カビゴンは昨日とても頑張ってくれた。

自分が不甲斐無いせいで、いらない心配までかけてしまった。

まだちゃんと立っていられるわけではないけど。

自分がどうしたいのか少し分かったから。

どうすればいいのかちょっとだけ分かったから。

今わたしのすべきことをしよう。

わたしのすべきこと。

「バシャーモ!ステージオン!」

それは、伝えること。





「バシャーモか……。」

シュウは控え室で静かに画面を見上げていた。

シュウは5年前のカントーグランドフェスティバルを思い出す。

当時はワカシャモだったハルカのパートナーは、キレのあるスカイアッパーでフリスビーを打ち砕いていた。

「今回もフリスビーを使うのかしらね。」

いつの間にかサオリが隣に来ていた――あの時のように。

「ハルカさんのことが気になる?」

「はい。」

「どうして?」

シュウは無言で画面に注意を向ける。

ハルカはフリスビーを取り出していた。

シュウはハルカの一挙手一投足に注目する。

ハルカがフリスビーを勢いよく投げた。

「弾道が低すぎる!」

シュウは思わず声を上げる。

フリスビーはバシャーモの頭よりも低いコースを辿っていた。

あれではスカイアッパーが繰り出せない。

どうするつもりだ――シュウの焦りにハルカの声がかぶる。

『レシーブ!』

同時に、バシャーモの拳に炎が宿る。

バシャーモは飛んできたフリスビーを弾いた。

『おおっと!バシャーモ、ほのおのパンチでフリスビーを宙に弾き返したぞ!』

リリアンの実況の途中で、ハルカは指示を飛ばす。

『トス!』

バシャーモは滞空するフリスビーに拳を叩き込んだ。

「ここでスカイアッパー!?」

シュウが驚愕する。

フリスビーは空高く打ち上げられた。

それを追い、30階立てのビルすら飛び越える脚力でバシャーモは跳躍する。

『アタック!』

バシャーモは空中で一回転し、踵落としの要領でフリスビーを蹴り降ろす。

『これはバシャーモの得意技メガトン……いや、違う!これは――!』

地面に叩きつけられたフリスビーは粉々になり、赤く燃える欠片を八方に散らした。

風に舞う炎の破片の中でリリアンの声が響く。

『ブレイズキックだー!バシャーモ、炎と格闘の併せ技で三段攻撃を決めてくれたぞー!』

バシャーモが着地してポーズを決める。

会場は今回も大歓声に包まれた。

バシャーモがハルカに近づく。

そのままハルカを抱え上げた。

「!?」

シュウの脳裏に、カビゴンに邪魔され続けたハルカとの逢瀬が甦る。

バシャーモはカビゴンのようにハルカを肩に座らせると、カメラの前にやってきた。

画面いっぱいにハルカの姿が映し出される。

シュウは画面を食い入るように見つめる。

画面のハルカがこちらを指差す。

『次はあなたの番よ、シュウ!一次落ちなんてしたら許さないかも!』

ハルカは力強く笑っていた。

「サオリさん。」

「何?」

「さっきの質問の答え。彼女はぼくのライバルです。気になってしょうがないのは当然でしょう?」

シュウはハルカの目に魅入られながら、自身も同じ笑みを浮かべているのを感じていた。





『アメモース!ぎんいろのかぜ!』

シュウの声と共に、弾けたあわの水分とれいとうビームの冷気で生み出されたダイヤモンドダストがフィールドを舞う。

銀の風と太陽の光を受けて、舞い散るダイヤモンドダストは虹色に輝いた。

大歓声の中、シュウは一礼する。

顔を上げると、カメラに向かって不敵に微笑んだ。

ハルカはその微笑みが自分に向けられてることを感じる。

どうだい、ぼくの演技は――ハルカは画面に向かって言う。

「まだまだかも!」

ハルカは嬉しかった。

どうして忘れていたんだろう。

ライバルとして競うことがこんなにも楽しい。

とてもワクワクして、凄くドキドキする。

これはどうしてなんだろう――。

「元気になった途端、グランドフェスティバルのカメラ使って告白とアイコンタクト?調子いいんだから。」

「ハーリーさん?」

隣にハーリーが来て、皮肉げに言った。

「ついさっきまで泣きそうだったのに、ワカナとかいう子と戻ってきたら絶好調。アタシの一週間を潰しておきながらいい気なもんね。」

「ありがとう、ハーリーさん。」

「……アンタ、アタシが今何言ってるか分かってる?」

「分かってるかも。」

ハルカがへにゃりと笑う。

「ハーリーさん、凄く心配してくれてたんだよね。本当は優しいのかも。」

「な、ななな何言ってるのよ!別に心配なんかしてないわよ!」

「褒められて照れるのは優しい人なのよ。」

「キーッ!アタシは優しいなんて心にも無いこと言われるのが大っ嫌いなのよー!」

ハーリーは体中を掻きむしる。

「とにかく!やっと復活したんだから、少しはアタシを楽しませなさいよ!覚悟しておきなさい!」

「楽しみにしてるかも。」

「ああもう!何でアタシはこんな能天気なヤツに関わっちゃったのかしら!もう金輪際口利きたくないわー!」

ハーリーはドスドスと足音を立ててドアに向かう。

「ハーリーさん。」

「何よ!」

勢いよく振り返る。

「頑張ってね。」

「だから、笑顔で心にも無いこと言うなって言ってるでしょうがー!」

ハーリーは思い切りドアを閉めた。





「優しいわね、ハーリーさん。」

「何でアナタまでそんなこと言うのよ……。」

ドアを開けたら、既に演技を終えたサオリと鉢合わせした。

ガックリきて、もう反論する気も起きない。

「あの二人はもう大丈夫。あの子のおかげで動き出したから。」

「やっとアタシ達も自分の演技に集中できるわね。」

「あら、自分だけの演技に集中する必要はないのよ。」

サオリは今大会で何度も浮かべた侮れない笑みを浮かべる。

「例えば、ハルカさんの背中を押したワカナさん。あの子は面白そうね。それに、シュウ君とハルカさんから目を離すことは無いわ。」

面白いのはこれからじゃない。

サオリの言葉に、ハーリーははっとする。

二人に構いすぎていて、大切なことを忘れるところだった。

「そうよね!面白いのはこれからよね!引っ掻き回すのは、相手が順調に行ってるから面白いのよ!」

ハーリーはサオリの手を両手で握る。

「ありがとう!アナタのおかげで目的を思い出せたわ!にっくきハルカとシュウ君を泣くまでけちょんけちょんにするのよ!」

「程々にね。」

「じゃあ、ハーリー頑張ってくるかもー!」

機嫌よく去っていくハーリーの後姿を眺めながらサオリは思う。

やっぱり、ハーリーさんは離れて眺めていた方が、何倍もユニークで面白いわね。





ハーリーのサオリに対する評価は間違っていなかった。

 

 

 

 

 

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