それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 12



 









シンオウグランドフェスティバル3日目の朝がやってきた。

結局、シュウはあれから一睡も出来ず、本選一次審査を迎えてしまった。

控え室でハルカを探す。

ハルカは椅子に一人で座っていた。

「ハルカ。」

傍に行って声を掛けると、ハルカはゆっくりと顔を上げた。

「シュウ……。」

やはり元気が無かった。

「昨日はすまなかったね。余計なことを言って、君をまた混乱させてしまった。」

「そんなことないよ……。わたしの方こそごめんなさい……。」

ハルカはシュウが声を掛ける前のように俯く。

「ハルカ……。」

シュウはハルカに触れようと手を伸ばした。

が、それはハルカが目の前から消えたことで阻まれる。

「カ、カビゴン、またあなたなの!?」

いつの間にかモンスターボールから出たカビゴンが、ハルカの体を抱え上げていた。

昨日のように、ハルカを頭に乗せて、シュウから離れる。

「カビゴン、ハルカを返せ。」

シュウが追いかけると、カビゴンは振り向き、シュウを威嚇した。

大きな体をさらに大きく見せて、シュウを押しつぶすような動作をする。

「やめなさい、カビゴン!」

言われてやめるようなカビゴンではない。

何とかボールに戻そうとするハルカを邪魔しつつ、シュウにハルカを渡すまいとしていた。





「カビゴンったら何やってるのかしら。かもちゃんの恋路を邪魔したりして。」

壁に寄りかかって腕を組んだハーリーが隣に話しかける。

「あれは邪魔じゃないわ。むしろ応援ね。」

サオリが笑いながら言う。

「ハルカさんを迎えに来るんだったら、もう泣かせないって覚悟をして来いって言ってるんじゃないかしら。」

「じゃあ、かもちゃんをシュウ君に渡さないってことは、シュウ君にまだその覚悟が無いって見てるの?」

「それと、ハルカさんにも。」

サオリは二人と一匹に目を向ける。

何とか降りようとするハルカ、抱きとめようとするシュウ、渡すまいとハルカを押さえるカビゴン。

三者三様のバトルが展開されていた。

「シュウ君の所に行くのなら、もう泣かない覚悟を決めてもらいたがってるのよ。」

「……よく分かってるじゃない。」

「カビゴンはハルカさんのポケモンだから。短絡的に二人をくっつけるよりも、二人にずっと幸せでいてもらいたいって思ってるのよ。」

ハルカさんにそっくり。

サオリの言葉に、ハーリーはムスッとなる。

「じゃあ、カビゴンにとって、アタシ達の手出しは無用なんじゃないの?」

「あら、ハーリーさんはあの二人の仲直りに協力できないのがそんなに不満?」

「んなワケないでしょーっ!」

ハーリーが全身で否定する。

サオリは相変わらず笑っていた。

「私達は二人にその決意を促す役よ。カビゴンは決意するまで二人を邪魔する役。もっとも、私達がこれ以上引っ掻き回さないで解決するのが一番なんだけど。」

「……引っ掻き回さなきゃ解決しそうにないじゃない。」

「未来は誰にも分からないわ。あの二人なら、どうにかできるかもしれない。」

「……今の時点でどうにもなってないのは?」

「そこまでは私もフォローし切れないわね。」

さらりと突き放すサオリにハーリーはため息をついた。

自分よりも引っ掻き回し上手な人間を初めて見たかもしれない。





「ハルカさーん!シュウ様ー!おはようございます!」

控え室に到着したワカナは、部屋で一番目立つ集団に駆け寄った。

「あ、ワカナ!おはようぅっ!?」

ハルカがカビゴンの頭から降りようとして、足を滑らせる。

「ハルカ!」

シュウが下に滑り込んで、頭から床に落ちかけたハルカを受け止めた。

「う、ううん……。」

ハルカがシュウの肩に手を付いて身を起こす。

そして、シュウを下敷きにしてしまったことに気付いて慌てた。

「シュウ!?大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫……。」

ハルカは急いでシュウの上からどこうとする。

が、シュウはハルカの背中に手を回して、ハルカを抱きしめた。

「シュウ!?」

「カビゴンがまた君を抱え上げようとしている。ぼくが君を押さえてる内に、カビゴンをボールに戻すんだ。」

肩越しに上を見ると、シュウの言う通り、カビゴンがハルカに両腕を伸ばしている。

しかし、シュウがハルカを抱きしめて放さないので、どうしたものかと思案顔だ。

ハルカは何とかボールを上に向け、カビゴンを戻した。

「た、助かったかも……。」

「ああ、まったくだよ。」

シュウがハルカを体から下ろして起き上がる。

座り込んだまま、二人で顔を見合わせて笑った。

が、次の瞬間、ハルカは思い出す。

バッとワカナの顔を見上げると、ワカナは真っ赤になっていた。

「え、えと、ワカナ……。」

「あの、失礼します!」

「ワカナ!」

ワカナはハルカの制止も聞かず、控え室を飛び出してしまった。

ハルカは急いで立ち上がり、ワカナを追いかける。

呆然としたシュウを残して。

「恋人に置いてけぼりくらっちゃったわね、シュウ君。」

「……。」

ハーリーが楽しそうに話しかけても、シュウはハルカの出て行ったドアを見つめたままだった。





「ワカナ……。」

ハルカがやっとワカナに追いついたのは、会場の外の小さな広場だった。

もうすぐ一次審査が始まるせいか、皆観客席に行ってしまったようで誰もいない。

「勘違いしないでくださいね、ハルカさん。」

くるりとワカナが振り返る。

その顔は笑っていた。

「え、勘違いって……?」

「ハルカさん、私がショックを受けたって思ってるでしょう?ハルカさんがシュウ様に抱きしめられていたから。」

「う、うん……。」

だって、ワカナはシュウのことが好きなのだ。

好きな男性が自分ではない女性を抱きしめていたら、動揺するのは当然ではないだろうか。

「違いますよ。シュウ様は好きですけど、それはハルカさんみたいな恋愛感情じゃありませんから。」

「……どういうこと?」

「ハルカさんに初めて会った頃は、自分はシュウ様に恋をしてるんだって思ってました。」

ワカナはハルカに近づいて言う。

「違うって分かったのは、ずっと後です。シュウ様を見続けて、そこにハルカさんが加わって、ずっとお二人を見ている内に。」

ハルカは黙って聞いている。

「ハルカさんを見ていて、自分とは違うなって思ったんです。ハルカさんは真剣にシュウ様に恋をしていました。」

思い出すようにワカナは遠い目をしていた。

「シュウ様がハルカさんに告白して、ハルカさんもシュウ様に好きと言った時、見ていてとても嬉しかった。自分の恋が終わったなんてこと、しばらく思い出さないくらいに。」

だから分かったんです、とワカナは続ける。

「私がシュウ様に恋をしていなかったことに。私がシュウ様に抱いていた感情は憧れでした。今も凄く好きではありますけどね。」

「ワカナ……。」

どうしてか、ハルカの方が泣きそうだった。

「本当ですよ、ハルカさん。証拠、教えてあげましょうか?」

コクコクとハルカは頷く。

「私が控え室から飛び出した時、どんな顔をしていたか覚えていますか?」

「え……、真っ赤だったけど……。」

「普通、好きな人があんなことしてたら真っ青になると思いませんか?」

「そういえば……。でも、だったらどうして逃げたりしたの?」

「恥ずかしかったからです。」

ワカナはキッパリと言う。

「一人ならともかく、私の憧れの人が二人揃って抱き合ってるんですよ。思わず逃げたくなるじゃないですか。」

「えっ!憧れって……。」

「ハルカさん、あなたもです。」

ワカナはハルカの手を握る。

「あなたは私の目標であり、憧れです。最初、あなたに近づいたのは、シュウ様に認めてもらおうとしたからですが、いつの間にかそんなこと忘れていました。」

「……。」

「あなたにライバルとして認めてもらいたかった。あなたとグランドフェスティバルという大舞台でもう一度戦ってみたかった。」

ワカナは微笑む。

「ハルカさん、大好きですよ。シュウ様と同じか、それ以上に。」

こうしてシュウ様とハルカさんを比べられること自体、シュウ様に恋をしてないってことなんですが。

ワカナの微笑みに誤魔化し笑いが混じる。

「ありがとう、ワカナ……。」

ハルカはワカナの温かさが嬉しかった。

「だから、困ってるんです。」

「え?」

ワカナの目は、いつかシュウが好きなのかとハルカを問い詰めた時の目と同じだった。

「ハルカさんはここで初めて会った時からおかしかった。笑ってるのに笑ってない。ハルカさんらしくなかったです。」

「そんなこと……。」

「ハルカさん、私を甘く見ないでください。ずっと、シュウ様とあなたを見てきたんですよ。お二人の様子がおかしいことくらい分かります。」

ワカナが手を握ったまま、ハルカに詰め寄る。

「せっかくのグランドフェスティバルなんですよ!せっかくハルカさんと再戦できるチャンスなんですよ!ハルカさんが実力を発揮できずに負けてしまったら、私の5年間はどうなるんですか!」

「ど、どうなるって言われても……。」

「シュウ様とハルカさんの間に何があったかは知りません。でも、自分勝手かもしれませんが、早く解決してくれないと困るんです!」

ワカナの言葉にハルカはシュンとなる。

「だって、どうすればいいのか分からないんだもの……。」

「ハルカさん、『どうすればいいのか』ではなくて、『どうしたいのか』が大切なんです!」

「どうしたいのか……?」

ワカナは力強く頷く。

「そうやってどうすればいいのかで行動するから、やりたいことが分からずに行動があやふやになるんです。自分がどうしたいのかを考えてください。」

「どうしたいのか……。」

「そうしたら、自分がどう動けばいいのかが分かりますから。例えば、私はハルカさんと精一杯戦いたいから、ここでハルカさんを励ましているんです。」

ワカナが続けようとした時、会場から放送が聞こえた。

『一次審査出場のコーディネーターのみんなー!そろそろ始まるわよー!全員控え室に集合ー!』

「戻らなきゃいけませんね。」

ワカナは話を打ち切り、ハルカの手を引いて歩き出す。

「あ、あの、ワカナ……。」

「ハルカさん。」

ワカナはハルカの手を強く握る。

「まずは一次審査です。5年間、私をとらえて放さなかった輝きを私に見せてください。」

「……。」

「その輝きがシュウ様と一緒にいることで得られるのなら尚更。そして、二次審査に行って、もっと私を魅せてください。」

「……頑張ります。」

「よろしい。」

ワカナは振り向いて、ニッコリ笑う。

「精一杯頑張りましょうね、ハルカさん!」

「あ、ちょっと待ってよ、ワカナ!」

ハルカの手を引いて、ワカナは走る。

二人は控え室に向かって駆けていった。





「これでもう大丈夫かしら。」

サオリが物陰からひょっこり顔を出す。

「楽しそうね。」

続いてハーリーも出てきた。

「ハーリーさんもね。」

サオリは相変わらずの笑顔で言う。

「シュウ君が動いて、ハルカさんが考えて、そしてあの子の起爆剤よ。どうなるのか楽しみだわ。」

「アタシもやっとグランドフェスティバルを楽しめそうよ。」

二人はハルカ達の後を追い、控え室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

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