それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 11



 









シュウは困っていた。

会場では話せなかったため、ホテルに戻ってからハルカに会いに行こうとした。

ホテルだったらカビゴンもハルカを乗せたままではいられないだろう。

そう考えたが甘かった。

ハルカの部屋をノックしても返事が無いので勝手にドアを開けると、白くて丸いものがドアを開けた空間を覆っていた。

触ってみると、ポヨンと手を跳ね返す。

もしかして、カビゴンのおなか?

そういえば、中から微かに、「もう!カビゴンったらどいてほしいかもー!」という声がする。

もしかして、まだ怒ってる?

カビゴンの見せたあっかんべーはそれは見事なものだった。

ぼくをハルカに会わせたくないのか?

もう一度、カビゴンのおなかを手で押してみる。

押せば押すほど、シュウの手は強く跳ね返された。

……出直そう。

シュウはドアを閉めた。





ハルカは困っていた。

シュウが自分に会いたがってくれている。

会って何を話せばいいのかまだ分からないけれど、ハルカはただ嬉しかった。

会場ではカビゴンが降ろしてくれなかったから、ホテルに戻ってシュウに会いに行こうとした。

ホテルの玄関でモンスターボールにカビゴンを戻し、一旦部屋に戻る。

ボールを置いて、隣の部屋に向かおうとした。

しかし、カビゴンは勝手にボールから出てきた。

ハルカがドアに行き着く前に、カビゴンはハルカに背を向け通せん坊した。

「カビゴン……。」

ハルカはカビゴンの背中を見上げる。

カビゴンはせっかく訪ねてきてくれたシュウを頑として通してくれなかった。

ドアに向けられた表情は分からないが、きっと怒ってるんだろうと思った――シュウに。

「カビゴン、シュウは悪くないよ……。」

ハルカはカビゴンの背に語りかける。

「シュウはわたしに受け入れてほしいって言ってたもの……。ただそれだけなの……。」

ただそれだけのことがこんなにも難しい。

シュウに受け入れてほしいと願うのは簡単なのに、シュウを受け入れることがこんなにも。

どうしていいのか分からない。

それでも――。

「シュウ、会いたいよ……。」

ハルカはシュウを想っていた。





カビゴンはドアの前から動こうとしなかった。

ポケモンフーズを皿に盛って誘ってみても、あのカビゴンなのに振り向きもしなかった。

だから、シュウに会いに行くどころか、温泉にも入れない。

仕方なく、ハルカは部屋のシャワーを浴びて済ませた。

浴室から出ると、ポケモンフーズの皿は空になっていた。

「カビゴンったら……。」

ハルカはクスリと笑う。

優しいカビゴンはやっぱりハルカのポケモンだった。





シュウは真夜中に目を覚ました。

どうして目が覚めたのかは分からないが、一度起きてしまったらなかなか寝付けない。

明日は一次審査なのに――そう思うも、眠れないものは仕方なかった。

ベッドから起き上がり、着替えを持って部屋を出る。

シュウは温泉に向かっていた。

眠れないのなら、温泉にでも浸かって温まろう。

そう思ったのだが、本当はハルカのことを考えていたかったからかもしれない。

彼女とじゃれあっていられた最後の思い出がある所だから。





「でも、本当にいるなんて……。」

シュウはため息をついた。

シュウから少し離れた所にハルカがいる。

二人は岩風呂に並んで浸かっていた。

「だいたい、寝つきのいい君が、どうしてこんな時間に起きて温泉なんかに入ってるんだい?」

「仕方ないかも。カビゴンがドアからどいてくれなかったから、ごはん食べに行けなかったし、ルームサービスも頼めなかったし。」

「それでどうして温泉?」

「カビゴンがやっと寝たから、モンスターボールに戻して何か食べられるもの探しに出たんだけど、真夜中だから自動販売機の飲み物くらいしかなくて。」

「それで温泉?」

「……モーモーミルクはお風呂上りが美味しいじゃない。」

「相変わらずだね、君は。」

思わず笑いが漏れた。

こんなに穏やかに話すのは随分久しぶりだ。

露天風呂に入ろうと外に出た時、人影が見えたから誰かがいるのは分かっていた。

でも、それがハルカだとは思わなかった。

気付いたのはバッチリ目が合ってしまった時。

思わずきびすを返すと、ハルカに呼び止められた。

振り返ると、寂しそうな顔でこちらを見つめている。

その顔を見ている内に――何故か温泉に一緒に浸かっていた。

「ハルカ。」

「何?」

「君には学習能力というものが無いのかい?」

「どういう意味よ!」

勢いよく立ち上がったハルカに目を向けないようにしながら、シュウは言葉を続ける。

「よく自分を襲おうとした男と風呂になんか入れるねということさ。」

「……だって、シュウは大丈夫だと思ったんだもの。」

「そう言って襲われてたじゃないか。」

襲ったのはぼくだけど。

それでもハルカのあまりの無防備さは解せなかった。

「じゃあ、シュウは今すぐまたあんなことするの?」

「……しないよ。」

欲しいのは、体と心両方だから。

「だったら大丈夫じゃない。」

再び湯に浸かったハルカは事も無げに言う。

「それよりもシュウに会いたかった。」

思わずハルカを見てしまった。

嬉しそうに笑って、こちらを見つめている。

「シュウが会いに来てくれて凄く嬉しかった。この間も、今日も。」

会うだけで、どうしていいのか分からないけど。

ハルカの言葉に、シュウは顔が赤くなるのを感じる。

ああ、そんなことを言われたら――。

「勘違いしてしまうじゃないか……。」

ハルカの頬に手を伸ばす。

いつの間にか、二人の距離はそこまで近づいていた。

「君の心がここにあるって。手を伸ばせば届いてしまうって。」

シュウはゆっくり顔を近づける。

ハルカはシュウをじっと見つめていたが、やがて目を閉じた。

二つの影が重なる。

しかし、それはすぐに離れてしまった。

「……ハルカ、あがろう。」

「うん……。」

唇が触れた瞬間、ハルカが震えたのをシュウは感じていた。





「じゃあ、おやすみ、ハルカ。」

「うん……おやすみ、シュウ。」

部屋の前で別れて、シュウは自分の部屋に入ろうとする。

しかし、ハルカはシュウの服を掴んだ。

「何?」

「あ、あの、シュウ……。」

ハルカはなかなか言い出さない。

しかし、意を決したように顔を上げた。

「ごめんなさい……。」

上げられた顔はすぐに下げられた。

「どうして謝るんだい?」

シュウは刺激しないように優しく問いかける。

「シュウを受け入れられなくて……ごめんなさい。」

それでも、ハルカは既に涙声だった。

「君が謝ることじゃない。」

シュウは言い聞かせるように言う。

「君は何も悪くないから。君は自分の心に嘘をついていないだけだから。」

「……シュウは違うの?」

「え?」

ハルカは再び顔を上げた。

「シュウだって自分の心に嘘をつけないから、あんなことしたんでしょう?じゃあ、シュウだって悪くない。」

「……。」

シュウは呆然としていた。

ああ、どうして彼女はこうも――。

「そんな君だから欲しくなる……。」

抱きしめたかった。

でも、そんなことをしたら、また繰り返してしまう。

全てを手に入れられると勘違いしてしまう。

体を得ようとして、心まで失って。

それでもまだ自分のものにできると。

シュウは服を掴む手を外した。

「シュウ……。」

「おやすみ、ハルカ。」

シュウはハルカの顔を見ず、部屋に入った。





もう眠れそうになかった。

 

 

 

 

 

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