それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 10



 









予選は2日に分けて行われる。

300人を超える参加者の予選は技が1つだけでも時間がかかる。

しかも、1日目の途中から雪が降り出した。

雪は様々なドラマを作り出す。

ポケモンとコーディネーターの歓喜や悲哀を巻き込んで。

雪は激しさを増していた。





『さあ、予選も次でラスト!トウカシティのハルカさん!』

ハルカはフィールドに歩み出る。

とうとう自分の番が来てしまった。

何も考えていないのに。

どのポケモンで、どの技で、どんな魅せ方をするのか。

何も考えられなかった。

それでも、ハルカは腰のモンスターボールに手を伸ばす。

「あっ……。」

しかし、震えた手で掴んだボールは手から滑り落ちた。

地面に転がったボールからカビゴンが現れる。

グランドフェスティバルではポケモンがボールから出てくる時のパフォーマンスが肝心なのに。

こんな情けない登場をさせてしまった。

「ごめんね、カビゴン……。」

ハルカは俯いた。

演技のこと。ポケモン達のこと。心配してくれてる人達のこと。――シュウのこと。

頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられなくて。

自分はコーディネーターだというのに。

ポケモン達の演技をどれだけ素晴しく見せるかを競っているのに。

まだカビゴンの魅力を伝えていないのに。

足元しか目に入らない。

雪の積もった地面がにじみ出した。

その時、俯いたハルカの頭にポフッと温かいものが乗せられた。

見上げると、カビゴンが頭を撫でてくれている。

「カビゴン……。」

ハルカは名前を呼ぶことしかできない。

大丈夫――カビゴンは一つ頷くと、ハルカを抱え上げた。

「えっ!カビゴン!?」

驚くハルカを肩に乗せ、カビゴンは口を真上に向ける。

一瞬でエネルギーを充填し、天に向かって打ち出した。

『おおっと!これはノーマルタイプ最強のはかいこうせんだー!』

リリアンの声と共に、カビゴンの発射した光線は空に吸い込まれていく。

一瞬空が光ったと思うと、雪がやみ、青空が顔を出した。

「わあっ……!」

差し込んでくる日の光にハルカは思わず声を上げる。

会場も大歓声に包まれた。





「良かった……。」

シュウは画面を見上げながらほっとしていた。

演技の最初からハルカの様子はおかしかった。

モンスターボールを落とすなんて普段では有り得ないのに。

普段なら落としてもめげずに拾って投げるのに。

そして、いきいきとポケモンに指示を出すのに――普段なら。

「何が良かった、よ。」

シュウの思考に不機嫌な声が割り込んだ。

振り向くと、声と同じ顔をしたハーリーが腕組みをして立っている。

「そんなの結果じゃない。ハルカちゃんがあんなだから、カビゴンが何とかしようと頑張ったのよ。」

ツカツカとシュウに近づいてきた。

「ハルカが元気だったら最初からあんなミスしなかった!アンタ、何ぼさぼさしてんのよ!」

「あなたには――。」

「関係ないは聞き飽きたわよ!ハルカはアンタの恋人かもしれないわ!でも、アタシと同じコーディネーターでライバルでもあるのよ!」

ハーリーはシュウの胸を掴み上げた。

「アンタ、コーディネーターとしてのハルカの誇りを潰す気!?グランドフェスティバルにまで引きずるような無理難題押し付けて!」

「ハーリーさん。」

サオリがハーリーの手を押さえた。

ハーリーがそちらを向くと、首を横に振る。

「フンッ!」

ハーリーはシュウを掴んでいた手を振り払うと、足音も騒々しく控え室を出て行った。

いつの間にか静まり返っていた控え室は、再び動きを取り戻す。

「シュウ君。」

シュウはサオリに背を向け、歩き出そうとしていた。

「……ハルカを迎えに行ってきます。」

ポツリと独り言のように呟いて、シュウも控え室を出た。





「カ、カビゴン、降ろしてほしいかも……。」

ハルカはまだカビゴンの肩に乗せられていた。

カビゴンはのしのしと廊下を歩いている。

「ねえ、カビゴンってばー。」

カビゴンは聞く耳を持たず、ハルカを片手で支えたまま歩く。

そのカビゴンがピタリと足を止めた。

「カビゴーンって……え?」

ハルカが前を見ると、こちらに向かって歩いてくるシュウと目が合った。

「シュウ……。」

ハルカは急いでカビゴンに頼み込む。

「ね、カビゴン、降ろして。」

「……。」

カビゴンは無言でハルカに両手をやった。

やっと降ろしてもらえると思ったのも束の間、カビゴンは降ろすのではなく、さらに高い頭の上にハルカを乗せてしまう。

「カビゴン!?」

ハルカが驚き、シュウも思わずカビゴンの顔を見上げる。

その時、会場内にアナウンスが響いた。

『コーディネーターのみんなー!お待ちかねの結果発表よー!全員フィールドに集合ー!』

カビゴンはクルリと反転し、元来た道を歩き出した。

「ちょ、ちょっとカビゴン!シュウが……。」

ハルカの制止も聞かず、カビゴンは歩くのをやめない。

と、カビゴンはここでシュウを振り返った。

頭に乗せられたハルカも一緒にシュウの方を向く。

その顔は困惑に染まっていた。

「ハルカ……。」

シュウが駆け寄ろうとする。

が、カビゴンはシュウに向かって思いっきり舌を出した。

シュウが思わず立ち止まると、カビゴンはそのままドスドスと地響きを立てて去っていく。

「何なんだ、一体……。」

シュウは呆然とその後姿を見送っていた。





『さあ、お待ちかね!本選に進めるコーディネーター32名はこちらー!』

大画面に本選出場を決めたコーディネーター達の顔写真が映し出される。

その中にはハルカとシュウの顔もあった。

「良かった……、ありがとう、カビゴン!」

ハルカがカビゴンの頭に抱きつく。

カビゴンも嬉しそうに頭の上に乗せたハルカを撫でた。

「ハルカさん、やりましたね!」

「ワカナもおめでとう!」

ワカナが駆け寄ってきてハルカを見上げる。

ワカナも本選に出場を決めていた。

「ハルカさん。」

人をかき分けて、サオリもやってきた。

「サオリさん、トップ通過おめでとうございます!」

「ええ、ありがとう、ハルカさん。ハルカさんのカビゴンも素晴しかったわよ。」

ハルカはその褒め言葉にシュンとなる。

「カビゴンが助けてくれたんです……。わたしは何もできなかった……。」

「いいえ、そこまでポケモンがコーディネーターを助けようとするのは、そのコーディネーターと一緒に頑張ってきたから。それはとても素晴しいことだわ。」

「そうでしょうか……。」

「そうですよ!」

ワカナも力を込めて言う。

「そんなカビゴンに応えるためにも、一次審査頑張りましょうね!」

「う、うん……。」

そんな3人を見つめる影が2つ。

シュウとハーリーだった。

「分かってるでしょうね、シュウ君。」

「……。」

「奇蹟は一度だけよ。一次はこんなに甘くない。」

ハーリーはシュウに背を向けた。

「早く調子を取り戻しなさい、アンタもハルカも。じゃないと、つまらないのよ。」





シュウは32人中最下位だった。

 

 

 

 

 

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