それは深奥にして心奥、避けて通ることは叶わぬもの 1
グランドフェスティバルは色々な地方で定期的に開催される。
今回ハルカとシュウが出場するのはシンオウグランドフェスティバル。
二人はこの大会のためにシンオウ地方に渡り、各地のコンテストに出場した。
いつもギリギリでリボンを集めていたハルカも、今回は余裕を持って5つのリボンを獲得した。
几帳面なシュウがコンテストの行われる町を調べておいたおかげである。
そうして二人は開催1週間前と少し早いながらも、グランドフェスティバルが開催されるこの雪深い町にやってきた。
「うわーっ!町中雪がいっぱい!凄すぎるかもー!」
「そんなにはしゃぐと転ぶよ。」
シュウの言葉が終わらない内に、道を走っていたハルカは滑って転ぶ。
「まったく……ほら。」
シュウの差し出した手をハルカは握る。
照れながらハルカは起き上がった。
「えへっ!転んじゃった!」
「君ね……、雪が珍しいのは分かるけど、怪我してグランドフェスティバルに支障をきたしたらどうするんだい?」
シュウが難しい顔を作って注意する。
「今度こそぼくに勝つんだろう?ぼくのライバルさん。」
シュウの言葉にハルカはパッと顔を輝かせる。
「もちろんよ!ジョウトでの雪辱、ここで晴らさせてもらうわ!」
恋人同士になった今でもライバルと呼んでもらえるのが余程嬉しいのだろう。
ハルカは張り切ってシュウに指を突きつける。
「そうとなったら、早速特訓開始よ!みんな、頑張りましょう!」
ハルカは駆け出そうとしてまた転ぶ。
シュウは出会って5年も経つのに全く変わらないライバル兼恋人にため息をついた。
ホウエンは暖かいので雪が降ってもすぐに溶けてしまう。
そんなホウエンで育ったハルカは雪が積もっているのが珍しくてたまらない。
町外れの野原でグランドフェスティバルの特訓をしていたはずが、いつの間にかポケモン達との雪合戦になっていた。
そんなハルカを見て、シュウはまたため息をつく。
「あ、シュウ、戻ってきたの?」
雪球を作っていたハルカが、シュウを見つけて駆け寄ってくる。
「ちゃんとホテルのチェックインは済ませてきた。……まったく、君には落ち着きというものが――。」
シュウの言葉はボフッという音に遮られた。
ハルカが恐る恐るシュウに声を掛ける。
「シュウ……?」
シュウは無言で顔面に直撃した雪を払った。
シュウに雪球を当ててしまったカメールが慌ててハルカの後ろに隠れる。
「ほ、ほら!シュウも一緒に雪合戦しようよ!」
何とか誤魔化そうとハルカは一生懸命考えながら言葉を紡ぐ。
「えーと、ポケモン達も早くこの気候に慣れないといけないし!演技を良く見せるには、周りの環境も考えないといけないし!」
わたわたと手を動かしながらハルカは言う。
シュウは俯いていて、表情が見えない。
「え、えと、シュウ……?」
反応の無いシュウに、ハルカの勢いも尻すぼみになっていく。
とどめにシュウのため息が聞こえて、ハルカはしょんぼりと俯いた。
「……ごめんなさい。」
カメールや他のポケモン達もしょんぼりして頭を下げる。
ハルカはトボトボとシュウから離れようとした。
そんなハルカをふわりと暖かいものが包む。
「シュウ……?」
「別に怒ってるわけじゃないよ。」
ハルカは後ろからシュウに抱きしめられていた。
「……じゃあ、どうしてため息をついたりなんかしたの?」
大人しく抱きしめられたまま、ハルカは問いかける。
「それは言い訳してる君がとても可愛かったから。」
「なっ!?」
ハルカは思わず赤くなる。
暴れてシュウの腕から抜け出そうとするも、シュウはますます力を強めてしまう。
とうとう観念したハルカは、シュウの腕の中で力を抜いた。
そんなハルカの頭をシュウは優しく撫でる。
少し離れて自分達を怖々と見つめているハルカのポケモン達に、シュウは笑いかけた。
「……みんなで雪合戦しようか。」
シュウの言葉に、ポケモン達の顔も明るくなる。
駆け寄ってきたポケモン達にハルカを返して、シュウはモンスターボールから自分のポケモンを出した。
「結構楽しかったかもー!」
「ちゃんと雪を払ってからホテルに入るんだよ。」
二人はホテルの玄関先に来ていた。
あの後、シュウとシュウのポケモン達も出てきてみんなで雪合戦をして。
ハルカチームとシュウチームに分かれて白熱したバトルを展開したり。
決着はつかなかったけれど、とても楽しかった。
二人は体に付いた雪を払ってロビーに入る。
シュウはカウンターで鍵を2つ受け取って、その1つをハルカに差し出した。
「ちゃんと温泉に入って温まるんだよ。」
「言われなくても分かってるかも。」
二人はエレベーターに乗って部屋に向かう。
このシンオウにもホウエンと同じく温泉がある。
しかし、そこから見える風景は全く違う。
ハルカは雪景色を眺めながら露天風呂に浸かっていた。
「うー、生き返るかもー!」
まろやかに肌を滑る湯を肩にかける。
時間が早いせいもあって、ホテルの露天風呂には自分達以外誰もいない。
「やっぱり温泉っていいかもー!」
「そんなに大声で独り言を呟いてるなんて美しくないね。」
後ろから聞こえたシュウの嫌味に、ハルカはキッとそちらを向く。
ハルカの視線の先には、同じく岩風呂に浸かったシュウがいた。
「悪かったわね!どうせラルースみたいな都会に住んでるシュウには、天然温泉の価値なんて分からないわよ!」
「そんなことはないよ。都会に住んでいるからこそ、天然物の価値が分かるのさ。」
シュウの一理ある返答に、ハルカはますますヒートアップする。
「だいたい、何でシュウまで温泉に入ってるのよ!部屋でシャワーでも浴びてなさいよね!」
「シャワーだけじゃ温まれないだろう?君は自分から雪合戦に誘っておいて、ぼくに風邪を引けとでも言うのかい?」
「うーっ!」
言い返せないハルカは、シュウにバチャバチャと湯を掛ける。
シュウは桶でガードしながらため息をついた。
……可愛いなぁ、ハルカ。
シンオウに来てからのシュウのため息は、ほとんどが幸せのため息だ。
もちろん、例外も存在するのだが。
水音がしなくなったので、顔の前から桶をどける。
目の前にハルカのアップがあった。
「うわっ!?」
湯の中を可能な限り全速力で後ずさる。
「何よ、人の顔見て悲鳴上げるなんて失礼かも。」
ハルカがまた近づいてくる。
「ハ、ハルカ!近づいてこないでくれ!」
「どうして?」
ハルカはシュウが困っているのが面白くてわざと近づく。
「見えるから!」
「見えるって……ビキニ着てるじゃない?」
温泉では水着着用がこの国のルールである。
その原則があるため、どこかの国のように男湯、女湯という区別は無い。
しかし、いくら水着を着ていても、見えるものは見えるのだ。
胸の谷間とか、綺麗なうなじとか、上気した肌とか……。
とうとう、シュウは岩風呂の端まで追い詰められた。
「それ以上近づいて来ないでくれ……。」
シュウの眉を下げた顔といつもの彼らしくない懇願に、ハルカの悪戯心はますます煽られる。
「どうして?」
シュウの顔を上目遣いに見上げる。
シュウの赤かった顔がますます赤くなった。
「君を傷つけてしまうから……。」
シュウの言葉の意味がハルカにはよく分からなかった。
ただいつもクールなシュウが慌てているのが面白くて、湯をひとかき、シュウの傍まで行く。
シュウの胸に手を置くと、シュウはこれ以上無いほど真っ赤になった。
……わたしが近づけば近づく程、シュウは困ってるみたい。
ハルカはそう思い至って、シュウの胸に頬をすり寄せる。
「シュウ……。」
ハルカは細身ながらも意外と筋肉のついた胸からシュウの顔を見上げる。
その視線を最後に、シュウは自分の意識が遠のいていくのを感じた。