タンゴよりも情熱的に 〜銀の葡萄〜

 

 

 

 

 

 

とある休日、シュウは魔法使いの村ホグズミードを歩いていた。

大通りには大小様々な店が立ち並んでいる。

雑踏の中、シュウはある所に向かって進んでいた。

しかし、道を歩いているとよく声を掛けられる。

ホグワーツの校内と同じ視線と口調にシュウはこっそりため息をついた。

……だからホグズミードは好きじゃないんだ。

どうも自分は魔法使いの間では有名らしい。

ただ、その層に偏りがあるようで、声を掛けてくるのが10割女性なのだが。

今も道のど真ん中で魔女の集団に囲まれてしまっている。

「シュウ君!私もスリザリン出身なの!あなたは我が寮の誇りよ!」

「シュウ君の魔法薬学の研究は素晴しいわ!大人の魔法使いでもここまでの論文は書けないわよ!」

「きゃーっ!シュウ君、サインしてー!」

いつも思うが、このパワーは一体どこから出てくるのだろうか。

「す、すみません、急いでいるので……。」

シュウはもみくちゃにされながら、何とかその囲いを脱出した。

後ろから「これからも頑張ってねー!」と黄色い声援が飛んでくる。

シュウはその声援に応えることなく先を急いだ。

目指しているのは魔法使いのパブ、「三本の箒」。

もちろん、そこが最終目的地というわけではないのだけれど。

シュウは見えてきた看板に向かって早足で歩いていった。




「お待たせ、ハルカ。」

シュウがやってきたのは、ホグズミードからかなり離れた野原。

ホグズミードはいつでも大賑わいだが、ここまで来ると人の気配は全く無い。

唯一の例外は自分達。

ハルカは一本だけ生えている木に背をもたせ掛け座っていた。

シュウが歩いてくるのを見て、ハルカはパッと顔を輝かせて立ち上がる。

「バタービールは!?」

「君ね……、せっかく来た恋人への第一声がそれかい?」

「いいからバタービール!」

シュウは駆け寄ってきたハルカを呆れたように見るが、ハルカは全く気にしない。

目をキラキラさせて、シュウの抱えた紙袋を覗き込んでいた。

「はいはい。ちゃんと買ってきたよ。」

シュウは紙袋からまだ温かな2本の瓶を取り出す。

1本をハルカに渡し、もう1本を手に持って、今までハルカの座っていた木に向かった。

ローブを敷いて根元に座ると、ハルカも同じように隣に腰を下ろす。

瓶を持って嬉しそうに笑っていた。

……まあ、いいか。

シュウも微笑んでハルカの肩を抱き寄せた。




シュウがあまり好きではないホグズミードにいるのは、ひとえにハルカのためである。

しばらく前、シュウはハルカとバタービールが原因で大喧嘩をした。

根本的な原因はバタービールではなかったのだけど。

それでも、バタービールに誘われて、ハルカは彼女に気がある男の集団と出掛けようとしたのだ。

それを食い止めた自分にハルカは文字通り噛み付いてきた。

……数倍にして返したような気がするけど。

仲直りした後、バタービールを買ってあげると約束したのだ。

ハルカがホグワーツで自分とあまり一緒にいられないのを寂しく思っているのは知っている。

グリフィンドールとスリザリンの恋愛は禁じられているから。

周りに知られないようにするために、一緒にいることが出来ない。

同じ監督生なので、ある程度は一緒に行動していても怪しまれないが、それにも限度がある。

そんな距離を置く自分に、ハルカは焦れてあんなことをしたのだろう。

だから、シュウは可愛い子猫のご機嫌取りをしている。

ホグズミードを一緒に歩くことは出来ないが、こんな風に人気の無い所なら隣にいられる。

今日は天気も良く、二人の座った木陰を気持ちの良い風が吹き抜けていた。

腕に感じるハルカの温もりを嬉しく思う。

そこでふと気付いた。

「ハルカ、早く飲まないと冷めてしまうよ。」

ハルカは両手で瓶を包んだまま、シュウにもたれ掛かっていた。

「シュウだってまだ飲んでないじゃない。」

ハルカが上目遣いで顔を見上げてくる。

「ちょっと考え事をしてたからね。今から飲むよ。」

シュウが瓶のふたを開けようとすると、ハルカがその手を引っ張った。

「何だい、ハルカ?」

「ねえ、シュウ。バタービールって何から出来てるの?」

ハルカの突然の疑問に、シュウは一瞬考える。

「……確か、バニラアイスとバターを火で溶かして、その後に砂糖と炭酸水を加えて、仕上げにラム酒を少し混ぜるんじゃなかったかな?」

もっとも、これだけではないのだろうけど。

ただのバタービールがこれだけ人気になるはずがない。

三本の箒オリジナルのレシピがあるのだろう。

少し知りたい気がする。

そうしたら、わざわざホグズミードに来なくても、ハルカを喜ばせることが出来る。

もっとも、ハルカはバタービールだけではなくて、ホグズミード自体を楽しんでいるから、やっぱりここに来たがるんだろうけど。

ホグワーツはともかく、こういう所に来ると不安になるのだ。

一緒にいられないからハルカに何が起こっているのか分からない。

ハルカはとにかくもてるのだ。

ハルカが他の男に声を掛けられているのかと思うと気が気でない。

ホグワーツのように自分の目が届かない。

もしかしたら、自分がホグズミードに行きたくない本当の理由はこれなのかもしれない。

「……シュウ、眉間にしわが寄ってるわよ。」

いつの間にか、ハルカが顔を覗き込んできていた。

人差し指でちょんと眉間をつつかれる。

「シュウっていつもは何考えてるか読めないのに、こういうことは分かりやすいのね。」

「……ぼくが何を考えていたか分かるのかい?」

「分かるわ。こういうことでしょう?」

ハルカはローブのポケットから何かを取り出した。

「人目のある所じゃつけられないけど、ここだったら大丈夫かも。」

ハルカの手の平に乗っているのは、シュウがこの前贈ったチョーカーだった。

丸い猫の目が自分をからかうように緑色に光っている。

ハルカが首の後ろに両手を回す。

カチリと金具の嵌まる音がして、三日月の走る宝石はハルカの首に収まった。

「もうちょっとわたしがシュウを好きだってこと、信用してくれてもいいかも。」

草の上に置いていた瓶を手にとって拗ねたように言う。

可愛らしいことを言う恋人に、シュウは思わず口付けた。

顎に掛けた手をそのままに唇を離すと、ハルカの頬に朱が走っていた。

「そうだね。ぼくの愛しいキャッツアイ。」

手を移動させて、首に嵌められた緑の宝石を撫でる。

「君が惚れてるのはこのぼくなんだからね。もう少し自信を持つべきだったかな?」

「それ以上、自信家になってもらうと、こっちが困るかも……。」

目を逸らしながら言うハルカの頭をまた胸にもたせ掛ける。

「さ、そろそろ飲もうか。これ以上話してると冷めてしまうからね。」

「あ、忘れるところだったわ!」

ハルカがパッとシュウの胸から起き上がる。

「シュウ、バニラアイスとバターは乳製品よね?」

「当然だよ。もしかして君……。」

「美味しい物をより美味しく頂くためには努力を惜しんじゃいけないのよ!」

ハルカはシュウの敷いたローブから杖を取り出す。

「そんなわけで、はい、コレ。」

笑顔で彼の杖を差し出すハルカに、シュウは呆れる。

「この間の生クリームで味を占めたのか。全く、君の食い意地は底なしだね。」

「いいじゃない。シュウだって美味しかったんでしょう?」

「ああ、美味しかったよ。君がね。」

ハルカはカッと顔を染める。

「わ、わたしは生クリームのことを言ってるのよ!」

「はいはい、そんなに照れないで。」

シュウはハルカの手から杖を受け取る。

頭上に掲げ、アニメーガスもどきを創り出す呪文を唱えた。




「やっぱり美味しーい!」

ハルカが猫耳をピコピコ動かしながら笑顔で瓶に口を付けている。

尻尾も同じように機嫌良く動いていた。

色々話しているうちに程よく冷めたのだろう。

今は猫舌のはずのハルカも、コクコク美味しそうに飲んでいた。

シュウも同じく瓶に口を付ける。

確かに、人間の時に飲むよりもずっと味わい深かった。

眺めている内に、ハルカはバタービールを飲み終わってしまった。

「美味しかったー、ごちそうさま!」

ハルカが瓶を下ろす。

口元を手の甲で拭っていたが、シュウが見ている前で一瞬目が虚ろになった。

「あ、あれ……?」

ぼんやりとした声を上げながら、ハルカはそのまま前のめりに倒れてしまった。

「ハルカ!?」

シュウは急いで持っていた瓶を横に置いて、ハルカを抱き起こそうと手を伸ばす。

しかし、シュウが肩に掛けた手はパチンと叩かれて払われた。

「ハルカ?」

シュウが手を押さえて驚いている間に、ハルカはむくりと起き上がった。

「何よぅ……。」

目が据わっている。

猫耳が横に逸れていた。

これは……怒ってるサイン?

シュウが呆然と見ていると、ハルカはシュウが置きっぱなしにしていたバタービールを奪って一気飲みした。

「何よぅ、シュウのバカー!」

な、何が起きてるんだ!?

シュウがわたわた慌てていると、ハルカは飲み終えた瓶を興味なさそうに放り投げた。

落ちた時、大きな音はしなかったので割れてはいないだろう。

ハルカがぐりんと首を回してこちらを見る。

その目は猫のように光っていた。

ハルカがシュウの両肩に手を置く。

「ハルカ?」

シュウは座ったまま、膝立ちのハルカの顔を見上げる。

ハルカはそのまま全体重をかけてシュウを押し倒した。




本当に何が起きてるんだ!?

シュウは混乱の極みにあった。

視界には木漏れ日とそれを遮るハルカの顔。

眼鏡が外れてしまって一瞬焦点が合わなくなったが、今はハッキリ見える。

ハルカは光る目でこちらをじっと見つめていた――上から。

ハルカに押し倒されたという事実がまだ信じられない。

自分の狼の耳も混乱してあっちを向いたりこっちを向いたりしているのが分かる。

「ど、どうしたんだ、ハルカ?」

それでも何とか声を絞り出す。

肩にかけられた手に力が入っていて痛い。

「何よぅ……、シュウの浮気魔ぁ……。」

何でぼくが浮気魔!?

シュウはますます混乱する。

が、ここでハッと気付いた。

「ハルカ、もしかして酔ってる?」

「酔ってない!」

ろれつの回らない口調、つじつまの合わない話、バタービール一気飲み、何より酔ってるのかと聞かれたときの全否定。

間違いない、ハルカは酔っ払ってる。

しかし、分からないことが一つある。

バタービールで酔うはずがないのだ。

酒が入っていると言っても、瓶1本に小さじ1杯も無いだろう。

いくら酒に弱い人間でもたったそれだけで酔うはずがない。

今の自分達は動物だが、それだって酔うには無理がある。

動物にだってアルコール処理能力はあるのだ。

現に自分は酔っていない。

それに、ハルカの酔い方はおかしい。

酒を飲んだらハルカはすぐに顔が赤くなるのだ。

前に間違えて酒を飲んだハルカの顔は真っ赤だった。

しかし、今のハルカの顔は赤くない。

何より、酔い方が激しい。

仮に小さじ1杯の酒で酔ったとしても、ここまで激しくは酔わないはずだ。

本当に何が起こっているんだ……?

しかし、ハルカはシュウが結論を出すのを待っていたりしなかった。

シュウの首に顔を近づけ、ネクタイの結び目をくわえる。

口で引っ張って、しゅるりと首からネクタイを引き抜いた。

「ハルカ!?」

シュウは慌てて、ハルカの口のネクタイに手を伸ばす。

しかし、ハルカは肩にかけた手にますます力を込めた。

起き上がれない。

狼の習性で、一度相手に腹を見せてしまうと上手く力が出せなくなるのだ。

「落ち着け、ハルカ!今の君は普通じゃないんだ!」

何とか言葉で大人しくさせようとする。

しかし、ハルカはネクタイをシュウの胸に落として、半眼でこちらを見下ろしてきた。

「あんまり騒ぐと、このネクタイでシュウの両手縛るわよぉ。」

……酔っ払いを説得しようとする方が間違いだった。

ならば次善の策、実力行使。

「ハルカ、今のぼくでも本気を出せば、君を体の上からどけることだって出来るんだよ。」

狼が本気を出せば、猫なんて一噛みで大人しくさせられる。

いくら腹を見せていても、元々のパワーはこちらの方が上なのだ。

肩を押さえつけてくるハルカを跳ね除けるために何とか両手を動かす。

「ネクタイごとき、このぼくが引きちぎれないとでも?」

引きちぎった後、魔法で修繕しなければいけないのが面倒だけど。

でも、むざむざ縛られてたまるものか。

ハルカはそんなシュウを無表情で見下ろしていたが、

「じゃあ、やってみればぁ?」

その言葉と共に、シュウの肩を放した。

一瞬、何が起こったのかわからなくなって、シュウの体はただ草の上に横たわる。

その隙をついて、ハルカはシュウの両手首を掴んで彼の頭上に持っていった。

「むぐっ!?」

伸ばしきったシュウの手首を掴んだままなら、身長と腕の長さの違いで、ハルカの胸がシュウの顔に当たる。

しかも、ただ当たっているだけではなくて、息が出来ない程に押し付けられていた。

気持ちいい……ってそうじゃなくて!

先程から混乱してばかりのシュウの耳にパチンという音が聞こえる。

この音はまさか――!

答えを出す前に、今度は頭上でカチリという音。

「……さあ、引きちぎってもらおうじゃない。」

身を起こしたハルカの首にチョーカーは無かった。




「ハ、ハルカ君、落ち着きたまえ。」

背中をだらだらと冷や汗が流れているのが分かる。

混乱のあまり、彼女の呼称が昔に戻ってしまっていた。

「わたしはいつでも落ち着いてるわよぉ。それよりも引きちぎってみなさいよぉ。」

シュウの体の上に馬乗りになったハルカは、もうシュウの肩を押さえつけたりしていない。

「ネクタイが引きちぎれるんだったら、これくらいシュウにとっては簡単よねぇ?」

シュウの顔の両脇に手をついて、面白がるようにシュウの顔を見下ろしていた。

シュウは伸ばしきった両腕に感覚を集中させる。

チョーカーを外さない限り、手首は動かせそうになかった。

「……随分卑怯じゃないか、ハルカ……。」

頭上にめいいっぱい伸ばされた両腕は、一度手首を離さないと使えない。

しかし、チョーカーのせいで手首を離すことが出来ない。

つまり、両腕は絶対に動かせなかった。

「何でそんな困った顔してるのぉ?クールで有名なシュウ様がそんな顔してるなんて信じられないかもぉ。」

ハルカがクスクス笑う。

「君ね……。」

シュウはため息をついた。

チョーカーを引きちぎるなんて出来るはずがない。

これは自分にとっても彼女にとっても大切な物だからだ。

壊した後、魔法で直してしてしまえばいいなんて絶対に思えない。

こういう物は込められた心が大切なのだ。

「よく似合ってるわよぉ、わたしの大事な狼さん。」

ハルカがシュウの手首を優しく撫でる。

しかし、その優しさとは裏腹に、ハルカの猫耳は横を向いたままだった。

……怒ってる。どうしてだか分からないけど、物凄く怒ってる。

ハルカの笑顔が怖い。

「でも、やっぱり、シュウにも首輪付けた方がいいのかなぁ。」

「……狼に首輪付けてどうするんだい?犬じゃあるまいし。」

何とか切り返す。

しかし、今の彼女に勝てる気が全くしない。

腹を見せてしまったから、思考まで後ろ向きになってしまっているのだろうか。

「そうねぇ。だったら、キスマークにしようかなぁ。」

やはり、ハルカの方が一枚上手だった。

ハルカはシュウの首筋に顔をうずめる。

そのまま強く吸い上げた。

「……っ。」

シュウがわずかに声を漏らすのを聞いて、ハルカが満足げに口を離す。

赤く咲いた薔薇をペロペロと舐めた。

その舌の動きにシュウはまた小さく声を上げる。

「どうしていきなりこんなことを……。」

何とかハルカに問いかける。

キス一つで目の前に光がちらちら舞っていた。

「シュウが浮気したからぁ。」

「だから、身に覚えが無いんだけど。」

「シュウがわたしだけを見ていてくれないから悪いのよぉ。」

全くこちらの話を聞いていない。

「だから、悪い狼さんにおしおきぃ。」

ハルカはシュウのシャツのボタンに手を掛けた。




シュウは胸に細い髪の感触を覚える。

それから、なめらかな頬も。

ハルカはシャツをはだけたシュウの胸に頬擦りしていた。

シュウからは頭と猫耳しか見えないが、先程よりは機嫌が直ったらしい。

猫耳がピョコリと立っていた。

それにしても、柔らかな頬や髪が胸に当たってくすぐったい。

ハルカは何をしているんだろう。

「へへっ、シュウはわたしのー。」

ハルカが満足そうに呟く。

「他の女になんか渡さないんだからぁ。」

なかなか嬉しいことを言ってくれる。

「なのに、シュウは女の人に手ぇ出しまくって……。」

「何でそうなるんだ!?」

思わず起き上がろうとしたが、手が使えないのとハルカが押さえつけてきたのとで、少しも動けなかった。

「シュウの体、女の人の匂いがいっぱい付いてるもん。シュウの浮気魔ぁ……。」

「いや、それは不可抗力というやつで……。」

ホグズミードで女性に声を掛けられた時のことを言っているんだろう。

ハルカが猫になったので、その鋭敏な嗅覚で悟られてしまったようだ。

「だから、シュウの体の匂いを取るのぉ。わたしの匂いだけにするのぉ。」

いや、それに異存は無いんだけど。

だったら、縛るのはやめて、ぼくに君を抱かせてくれないか。

そもそも、どうして声を掛けられたくらいで縛られなくちゃいけないんだ。

シュウの頭の中をぐるぐると「これは理不尽だ。」という思いが駆け巡る。

しかし、そんなことにハルカは全く構わなかった。

何とかして匂いを取ろうと、シュウの胸に頬を擦り付けている。

「匂い強すぎ……。どれだけ手ぇ出したのよぉ……。」

「だから誤解だって!」

「シュウのバカァ……。」

上げられた顔には涙が浮かんでいた。

それにシュウは慌てる。

「ハ、ハルカ……。」

自分の狼の耳が伏せているのが分かる。

理不尽だとは思うが、ハルカに泣かれると困るのだ。

何とか慰めようとしたが、ハルカの次の行動によって、それは阻まれた。

ハルカは突然服を脱ぎだしたのだ。

「ハルカ!?」

一体何を!?

「シュウの体をわたしの匂いでいっぱいにするの!それで、シュウに浮気する気を無くさせるの!」

「だから、浮気なんてしてないって!」

「シュウをめちゃくちゃにしてやるの!」

うわああああっ!何だか分からないけどひたすらまずい!

「ハルカ、本当に落ち着くんだ!」

「浮気狼にわたしの魅力を思い知らせてやるんだから!」

頼むから本当に待ってくれっ!

焦りまくるシュウの上でハルカは服を脱ぎ続けた。




シュウは荒くなる呼吸を必死で抑えていた。

胸には先程よりもずっと柔らかな感触。

一糸纏わぬ姿になったハルカは、しなやかな体をシュウに擦り付けていた。

シュウの背中に手を回し、豊かな胸を押し付けてくる。

それはとても気持ちがいいし嬉しいのだが……何と言うか、悔しいのだ。

いつも上にいるのは自分なのに、今は上に乗られているのが悔しい。

いつも喘ぎを聞く立場にいるのは自分なのに、今は聞かれそうになっているのがとても悔しい。

いつも主導権を握っているのは自分なのに、今は違うというのが物凄く悔しい。

「んー、シュウ、気持ち良くないのぉ?」

ひょこっとハルカがシュウの顔を覗き込んでくる。

「また眉間にしわ寄ってるよぉ。今度は何考えてたのぉ?」

ハルカが指で眉間を撫でる。

「シュウはわたしのことだけ考えていてくれればいーの。わたしが気持ち良くさせてあげるからぁ。」

揺れていた黒い尻尾がシュウの首に絡みつく。

「シュウ、匂いも消えたし、我慢しないで一緒に気持ち良くなろうよぉ。一緒にイこうよぉ。」

「そのセリフを君が言うのか……?」

呼吸を整えながら、シュウは呆れたように言う。

ハルカはその言葉にムッとなった。

「何よぉ、シュウだって気持ちいいんでしょー?体は正直よぉ?」

「だから、そのセリフはぼくの……。」

「うるさい狼さんにおしおきぃ。」

ハルカがシュウの唇を奪う。

シュウは舌を絡まされ、吸い上げられた。

唇を離された時、シュウは長いキスに喘いでいた。

「ほら、シュウの体は気持ちいいってー。」

ぷつりと切れた銀糸を舐めながらハルカが言う。

首に巻きついた尻尾がさわさわとシュウの肌をくすぐった。

その眼差しと感触に思わず鳥肌が立つ。

別に怖いわけではない――興奮させられているのだ、このぼくが。

「シュウの体はキスが好きみたいだから、いっぱいキスしてあげるねぇ。」

ハルカは再びシュウの首筋を吸い上げた。




胸に薔薇を散らされ、腹にも数え切れない程のキスマークを付けられ。

そうすると、次はハルカがどうするか自然に分かってくる。

案の定、ハルカはシュウ自身を舐めていた。

「……くっ。」

ピクリと体が反応する。

ハルカの舌遣いは上手い。

猫だけあってとても上手い。

ハルカの舌は彼の欲望の出口を何度もなぞる。

軽く弾いたり、強く押し付けるように舐めたり。

シュウは必死で耐えていた。

初めてハルカを猫にした時、同じように自身を舐めさせたことがあるが、その時とは全く違う。

全く余裕が無い。

その時も気持ち良かったが、今回は比べ物にならない。

何とか首を持ち上げて、自身をくわえているハルカを見る。

ちょうどその時、ハルカもこちらを見ていた。

目が愉快そうに細められるのが分かる。

直後、自身を思い切り吸い上げられた。

「う……っ!」

耐えることが出来なかった。

その妖しい眼差しと吸い上げに負け、シュウはハルカの口に欲情をぶちまけた。

目の前に光がちらつくのを感じる。

上げた首も支えていられなくて、草の上に投げ出された。

激しくなる一方の喘ぎを抑えるなんてとても無理だ。

シュウは口を開けて、何とか酸素を取り込んでいた。

そんなシュウの耳に、ハルカのクスクス笑いが響く。

「……何がそんなにおかしいんだい?」

声が不機嫌になるのをとめられない。

不機嫌というよりも、イカされた恥ずかしさを隠そうとする心の現われではあるのだが。

「シュウ美味しーい。もっとイってよぅ。」

そんなシュウに構わず、ハルカは一度離した彼に吸い付く。

再び始まった舌の淫らな動きに、シュウの呼吸が収まることは無かった。




何度も絶頂に放り上げられて、その度に思考は快楽の海に沈んでいく。

シュウは焦点の合わない目で木漏れ日を眺めていた。

もっとも、眺めているだけで、それが何なのかはとうに分からなくなっていたが。

シュウの神経は全て下半身に集中している。

ハルカの舌がとても気持ちいい。

またイカされるのかな……。

快楽の中を漂いながらそんなことを考えていると、突然ハルカが口を離した。

「ハルカ……?」

まだイってないのに。

シュウはぼんやりとハルカを呼ぶ。

ハルカがシュウの体に乗って、顔を覗き込んできた。

「シュウ、物足りなさそうな顔してるわよぉ。」

愛しそうにシュウの頬に手を当てる。

「そんなに気持ち良かったぁ?」

夢心地のまま、シュウはコクリと頷く。

だから、もっと……。

「そんな目したってダメェ。」

ハルカは楽しそうにシュウの喉をくすぐる。

「節操なしの狼さんにはタップリ反省してもらわないとぉ。」

「だから浮気なんてしてないって……。」

「まだそんなこと言ってるー。」

ハルカの人差し指が軽く顎を持ち上げた。

「でもぉ、シュウが尻尾振って、気持ち良かったです、イカせてくださいっておねだりすれば許してあげようかなぁ。」

「……。」

何でぼくが君にそんなこと言わなくちゃいけないんだ。

理性が反発を覚える。

しかし、視界の端に、体の下から出ている狼の尻尾がパタパタ振られているのが映った。

そして、激しく脈打つ下半身は彼女の舌を求め続ける。

理性は本能に跡形も無く飲み込まれた。

「……気持ち良かったです。」

「それでー?」

「……イカせてください。」

「よくできましたー。」

ハルカがシュウの狼の耳を撫でる。

それがまた気持ち良くて、シュウの尻尾はさらに大きく振られていた。

ハルカは喜ぶ尻尾に長い尻尾を絡める。

「正直な狼さんにはご褒美あげないとねぇ。」

ハルカの顔が視界から退く。

直後、自身に熱い蕾が押し付けられた。

思わず体が跳ねる。

同時にまたもや達してしまった。

「シュウー、まだ少ししか入ってないわよぉ。これくらいでイっちゃわないでよぉ。」

ハルカがシュウを歌うようにからかう。

くたりと垂れた茶色い尻尾を黒い尻尾で動かして遊んでいた。

「今度は一緒にイこうねぇ。ちゃんと気持ち良くさせてあげるからぁ。」

ハルカは自重と蜜のぬめりを利用して、彼を挿れていった。




「はい、シュウ、全部入ったわよぉ。次は動いてあげるからねぇ。」

ハルカも呼吸を乱しながら、シュウの上で腰を揺らす。

シュウは激しい息切れの中、必死で快楽に飲み込まれそうになる意識を繋ぎとめていた。

上でハルカも喘いでいるのが見える。

自分も動きたいが、動いてしまったら一瞬で達してしまいそうだ。

「シュウー、我慢しなくていいのよぉ。一緒に気持ち良くなろうよぉ。」

ハルカがそんなシュウの表情を読んで笑う。

一度腰を浮かせ、一気にシュウに彼女を貫かせた。

「ああっ!」

声を上げたのはどちらだったか。

シュウとハルカは同時に絶頂に達した。




シュウは浮上する意識を感じて目を開けた。

木漏れ日が随分柔らかくなっていた。

起き上がろうとして、体が動かないのに気付く。

縛られた手首を除いても、体を少しも動かすことが出来ない。

頭を持ち上げて、自分の体を見下ろす。

ハルカが体の上ですやすやと眠っていた。

猫耳が時々ピクリと動いている。

楽しい夢でも見ているのだろう、嬉しそうに笑っていた。

そうして胸に頬を擦り付けてくる。

そこでシュウは思い出した。

急いで確認してみる。

シュウはハルカとまだ繋がっていた。

「……。」

気付いてしまうと、ハルカの中の熱さや肉壁の締め付けなんかを意識してしまう。

下半身が再び脈打ち始めた。

シュウはハルカに呼びかけて何とか起こそうとしたが、ハルカの起きる気配は全く無かった。

……拷問?

ハルカが目を覚ますまで、絡みついた尻尾はそのままだった。




その夜、皆が寝静まった頃、シュウはスリザリン寮の談話室のテーブルで実験をしていた。

あの後、かなり経って目を覚ましたハルカは、こちらを見るなり凄い勢いで離れようとした。

もちろんまだ繋がってるから出来るはずがない。

それどころか、いきなり動かれたせいでまた達してしまった。

互いに顔を真っ赤にして見つめ合う。

「……覚えてる?」

息を整えながら、正気に戻ったらしいハルカに聞いてみる。

ハルカは沈黙したまま俯いた。

「……。」

自分の荒い呼吸だけが耳に響く。

「……とりあえず、上からどいて。」

シュウの言葉に、ハルカは恐る恐る蕾から彼を抜く。

シュウの上から降りてぺたんと座り込んだ。

「それからコレ。」

シュウが示した手首を見て、ハルカは慌ててチョーカーを外す。

ようやくシュウの両手は自由になった。

しかし――

「う、動かない……。」

長い時間伸ばされていたせいで、シュウの両手は痺れ切っていた。

おまけに、体もずっとハルカの全体重を支えていたせいで、起き上がることすら出来ない。

何とかうつ伏せになって体が楽になるのを待った。

ごそごそという音がへたった狼の耳に響く。

しばらくすると、ちゃんと服を身に付けたハルカが四足で顔の前に回りこんできた。

困ったように眉を寄せている。

「あ、あのシュウ……。」

猫耳も自分と同じようにへたって、黒い尻尾もしょぼんと垂れていた。

「ごめんなさい……。」

「謝らないでくれ……。」

謝られると、嫌でも意識してしまう。

ハルカに喘がされたことも、ハルカにねだったことも、ハルカにイカされたことも、全てが恥ずかしい。

何より恥ずかしいのは、それをハルカが全部覚えていることだ。

ハルカもそれは同じようで、顔にくっきりと「忘れていたかった……。」と書かれていた。

互いにいたたまれなくなって、相手を直視できない。

それで、痺れた腕で何とか杖を掴んで、アニメーガスもどきになる魔法を解いた。

ハルカに先に帰ってもらうために。

グリフィンドール生のハルカと一緒に歩いて帰るわけにはいかないから。

それよりも、これ以上ハルカといるのが恥ずかしすぎたためだったのだけれど。

ハルカは倒れ伏しているこちらを何度も振り返りながら去っていった。

その後姿すら見ていられなくて、自分はしばらく顔を赤らめて突っ伏していた。




そこまで思い出して、シュウは思わずあの時と同じようにテーブルに顔を伏せる。

ハルカが傍にいなくても、顔が上げられない。

耳まで熱くなってしまっている。

それでも、実験を続けるために、何とか顔を上げた。

実験、それはハルカが酔っ払った原因を突き止めること。

シュウは帰りに三本の箒に寄って買ってきたバタービールの瓶を眺める。

ふたを開けて、中身を少しだけ皿に移した。

杖で皿をつつく。

注意深く、皿の上の液体の変化を見守っていたが、ある時点で額を手で覆った。

「これだったのか……。」

手元にあった羊皮紙に羽ペンで走り書きをする。

羊皮紙には急いでいても美しい筆跡で「silvervine」と書かれていた。

「silver」は銀、「vine」は葡萄の木。

その心は――

「マタタビだ……。」

バタービールの人気の秘密は隠し味の「silvervine」、つまりマタタビだった。

猫はマタタビで酔う。

彼の可愛い子猫は手のつけられない問題児になってしまった。

バタービールなんて二度と買わない!

今日一日子猫に翻弄された狼は、瓶を掴んで思いっきりヤケ酒を煽った。

 

 

 

 

 

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