ラルーシシティ周遊記 5
デパートから帰った後、シュウは昼寝をしていた。
昨日からの睡眠不足と今日のデパートでの気疲れで、シュウはもう限界だった。
自室ですやすやと、枕を抱きかかえて寝ている。
そのシュウがぱちりと目を覚ました。
扉を閉めていても漂ってくる甘い匂いに気付いたのだ。
起きたシュウがキッチンの扉を開けると、ハルカの笑顔が目に飛び込んできた。
「あ、シュウ!やっと起きた!」
「何やってるんだい?」
「アキおばさまにオリジナルレシピのクッキーの作り方を教わってたの!」
アキが焼きたてのクッキーを皿に盛る。
「シュウ、ハルカちゃんが作ってくれたのよ。眠気覚ましにコーヒーと一緒にどう?」
「……いただくよ。」
シュウは多大な覚悟と少しの嬉しさを持って答えた。
「美味しい……。」
シュウはそれはそれは驚いていた。
ハルカが作ったクッキーは意外や意外、とても美味しかったのだ。
「シュウ、わたしの料理の腕が5年前のままだと思ってたの?」
ハルカがシュウを睨むふりをする。
「シュウ、ハルカちゃんはとっても料理が上手よ。」
シュウは二枚目のクッキーを手に取る。
「シュウ、気にいった?」
「まあね。」
ハルカが期待するように顔を覗き込んでくる。
「好き?」
「嫌いじゃないよ。」
シュウの言葉にハルカはむくれる。
「やっぱり嫌いじゃないで済ませちゃうのね。せっかく頑張って作ったのに。」
そんなハルカの頭をアキが撫でる。
「いいじゃない、ハルカちゃん。シュウが好きって言うのはあなただけで。」
アキはぎゅっとハルカを抱きしめて頬擦りした。
「でも、手作りクッキーでこんなに盛り上がるなんて二人とも初々しくてかわいー!新婚さんみたいー!」
続けて放たれた言葉に、シュウは危うくコーヒーをふき出すところだった。
クッキーをお供にコーヒーを飲んでいると、ハルカが思いついたように言った。
「ねえ、シュウ、植物園って知ってる?」
「植物園?ああ、あのガラス張りの?」
シュウの脳裏にこじんまりとした植物園が浮かぶ。
確か、大きな研究所の隣にあったはずだ。
「シュウ、食べ終わったら、二人で散歩に行ってみましょうよ!」
「いいけど……どうしてそこに行きたいんだい?」
シュウの疑問にハルカは元気に笑う。
「友達がいるかもしれないの!」
……友達って誰だい?
シュウの疑問は尽きることがなかった。
「シュウ!早く早く!」
「動く歩道の上を走ったって、到着する時間はそんなに変わらないよ。もう少し落ち着いたらどうだい?」
「だって早く会いたいんだもの!」
……会いたいって誰に?
シュウの疑問は一時も休むことなく深まり続ける。
そうこうしている内に、動く歩道は二人を植物園の前に連れて行った。
通行証をかざして、植物園のロックを解除する。
ドアが開くと、ハルカは待ちきれないかのように中に飛び込んだ。
「ハルカ、そんなに慌てなくても植物は逃げないよ。」
「わたしの友達は植物じゃないから逃げちゃうのよ!」
ハルカははしゃいで辺りを見回している。
そんなハルカの後ろから、
「ハルカちゃん?」
優しげな声がした。
振り向いたハルカはぱっと笑みを浮かべる。
「トオイ君!」
ハルカが駆け寄ったのは、シュウと同じ年くらいの大人しそうな少年だった。
「トオイ君、久しぶり!元気だった?」
そのまま、ハルカはトオイと呼んだ少年の手を握り、再会を喜ぶ。
「うん、ハルカちゃんも元気そうで何よりだよ。ここだったら、君に会えると思って待ってたんだ。」
「わあ!わざわざ待っててくれたなんて嬉しいかもー!」
「……ハルカ。」
シュウが静かに呼びかける。
「あ、シュウ!紹介するわ。トオイ君よ。」
「初めまして、トオイです。」
「……シュウです。」
シュウはハルカを見る。
「彼が君の友達?」
君がさっきまでとても会いたがっていた――。
「そうよ!数年前の事件で一緒に戦ったわたしの友達!」
彼が――ハルカの――。
シュウは無言でハルカの肩を引き寄せた。
「えっ!?あの、シュウ?」
ハルカはシュウの顔を見上げる。
シュウはトオイを視線で殺せそうな勢いで睨みつけていた。
「ハルカは――渡さない。」
低く呟かれた言葉にハルカは慌てる。
「ち、ちょっとシュウ!何か勘違いしてない?」
シュウの手から逃れようとするものの、シュウは力を強めてハルカを抱きしめてしまう。
「シュウ!」
トオイはシュウの視線に戸惑っている。
膠着状態が続くかと思われたその時、ポケモンの鳴き声が近づいてきた。
「プラスル!マイナン!」
トオイの呼びかけに、茂みから顔を出した二匹のポケモンがトオイの肩に跳び乗る。
「あっ!二人とも、久しぶり!」
不意にハルカがシュウの囲いを破って、二匹に駆け寄る。
プラスルとマイナンは嬉しそうに、トオイの肩からハルカの腕の中に跳び移った。
「会いたかったわー!相変わらず可愛いかもー!」
ハルカはプラスルとマイナンに頬擦りする。
二匹も嬉しそうに鳴いて、ハルカに体をすり寄せた。
「ハルカ……?」
訳が分からなくなったシュウはハルカの名前を呟くしかなかったが、唐突に気付いた。
「まさか、君がずっと会いたがっていたのは……。」
「プラスルとマイナンよ。だって、この子達とっても可愛いんだもん!」
二匹がハルカの褒め言葉に嬉しそうに飛び跳ねる。
……ぼくの勘違い?
恐る恐るトオイを見ると、トオイは苦笑いを浮かべていた。
「ぼくは君の恋敵じゃないよ。フライゴンに乗った王子様。」
「うっ!」
シュウは自分がどんな勘違いをしていたかを相手に悟られてしまったことと、トオイもまたバトルタワーの一件を知っているということに赤面した。
「シュウ、トオイ君に嫉妬してたの?そんなわけないのに。」
ハルカの無邪気な一言がシュウの心に突き刺さる。
「まあまあ、ハルカちゃん。シュウ君だって、昨日みたいに自分の恋人に近づく男がいたら警戒しちゃうのは仕方ないよ。」
ショウタさんはやり過ぎちゃったからね。
トオイのフォローもまた、シュウの心にのしかかる。
三人は噴水の縁に並んで腰掛けていた。
シュウは暗く沈み込んでいる。
「えーと、シュウ?」
ハルカがシュウに呼びかけるも、シュウは顔を上げようとしない。
「プラスル、マイナン。」
トオイの声に、今まで噴水の飛び石を渡って遊んでいた二匹が駆け寄ってくる。
ぼそぼそとトオイが何か言うと、二匹はシュウに飛びついた。
「うわっ!?」
シュウが慌て、ハルカもまた驚く。
「トオイ君!?」
「大丈夫だよ、ほら。」
シュウははしゃぐ二匹を抱きとめ、笑みを浮かべていた。
「いい毛づやだね。君のポケモンかい?」
「プラスルとマイナンはぼくの友達。数年前の事件以来、ずっと一緒にいるよ。」
シュウとトオイの間に会話が成立したので、ハルカはほっと息を吐く。
「そして、ハルカちゃんと、一緒にいたサトシ達もぼくの友達。昨日、テレビでハルカちゃんがこの町に来ているのを知ってから、ここで3人で待ってたんだ。」
ハルカちゃんなら来てくれると思って。
「ここはぼくの友達が来てくれるところだから。」
二人はトオイの言葉を静かに聞いていた。
シュウが口を開く。
「……君はこのラルースに住んでいるんだろう?」
「そうだよ。隣の研究所でポケモンの研究の手伝いをしてる。」
シュウの質問にトオイは答える。
「……また、ここに遊びに来てもいいかい?」
「もちろんさ!いつでも大歓迎だよ、シュウ君!」
トオイはシュウの手を握り喜ぶ。
シュウの顔にも晴れ晴れとした笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、暗くなってきたし、ぼくらはそろそろ帰るよ。」
シュウがハルカの手を引く。
あの後、シュウとハルカはポケモン達を出し、みんなで遊んでいた。
イーブイとフライゴンの演技指導のもと、プラスルとマイナンによる昨日の抱擁シーンの再現劇がなされたりと、皆で楽しく遊んだ。
シュウとハルカは顔を赤らめていたが。
「またね、シュウ君、ハルカちゃん。」
トオイがプラスル、マイナンと共に手を振る。
二人も手を振り返しながら歩道に乗った。
動く歩道の上で、ハルカはステップを踏む。
「楽しかったね、シュウ!」
「ああ、本当に。友達と遊ぶなんて久しぶりだったよ。」
シュウは本当に楽しそうに笑う。
「また行こうね。」
「ああ、皆でまた遊びに行こう。」
シュウとハルカは暗くなる町並みを抜け、家へと帰っていった。
Fin