ラルースシティ周遊記 4


 

 

 

 




「おはようございます!オサムおじさま、アキおばさま!」

「おはよう、ハルカちゃん!やーん!今日もかわいー!」

「おはよう、今日も元気だね、ハルカちゃん。」

ラルースに到着した翌朝、ハルカがリビングのシュウの両親に元気良く挨拶すると、両親も機嫌良く挨拶を返してきた。

「ハルカちゃんはよく眠れた?」

「はい!」

「シュウは眠れなかったみたいだね。」

オサムがハルカの後からリビングに入ってきたシュウを見やる。

ぐったりとしていて生気が無い。

「こうなるってことが分かってたから、昨日は簡単に引き下がったんだね、父さん……。」

「逆でも私達は一向に構わないがね、はっはっは。」

オサムは高らかに笑う。

「さ、二人も起きてきたことだし、朝食にしましょう。ハルカちゃん、手伝ってもらえるかしら?」

「はい!何をすればいいですか?」

ハルカはアキに付いてキッチンへ向かう。

「私も手伝うよ、母さん。ハルカちゃんと一緒に仕事がしてみたい。」

「助かるわー。じゃあ、二人でお皿を並べて――。」

オサムもキッチンへ入った。

そこから三人の賑やかな声が聞こえる。

朝からシュウ以外はとても元気だ。




「ショッピング?」

アキの言葉にハルカはオウム返しに問いかける。

「そう、ショッピングよ。朝食が終わったら、みんなで行きましょう。」

アキはにこにこと続ける。

「ファッション街なんていいんじゃないかな。おじさんが服を買ってあげよう。ハルカちゃんは可愛いから、何でも似合いそうだ。」

「えっ!?そ、そんな結構です!」

ハルカは慌てて断る。が、

「遠慮することはないよ、ハルカちゃん。君は私達の娘同然だからね。」

「あら、お父さん。もうすぐ本当の娘になるんじゃないの。」

「そうだね、ハルカちゃんは私達の娘だ。娘に綺麗な服を着てほしいと思うのは親として当然だよ。」

「そうよねー、ついでにベビー服も見に行きましょうかー。」

「早く孫の顔が見たいものだ。ハルカちゃんに似てさぞかし可愛いんだろう。」

「ねー。」と声を揃え、ハルカを間に挟んで夫婦漫才は続けられる。

ハルカが正面に座ったシュウをこっそり覗き見ると、シュウは疲労と睡眠不足と脱力感で椅子からずり落ちていた。



「わあ!この服可愛い!」

「あら、そっちもいいわねー。こっちとどっちがハルカちゃんに似合うかしら?」

「ハルカちゃん、この服もどうだい?」

「そっちもいいかも!」

ハルカと両親がファッションショーを繰り広げるのを、シュウはベンチに座ってぼんやりと眺めていた。

朝食の後、4人は大きなデパートに来ていた。

有名なブティックが軒を連ねる中、シュウ以外の3人はきゃっきゃと騒ぎながら服を選んでいる。

「何であんなに元気なんだ……。」

シュウはハルカを見て呟く。

ぼくは明け方になるまで一睡も出来なかったのに、君はずっと眠りっぱなしだし……。

少しは緊張感というものがないのか。

それとも、まさか、自分は男として見られていないのか。

シュウは思わず頭を抱える。

その時、シュウの頭上で声がした。

「シュウ君?」

自分の名を呼ばれたことに一瞬遅れて気付いたシュウは急いで顔を上げる。

目の前には眼鏡を掛け、ノートパソコンを小脇に抱えた女性が立っていた。

「あなたは……ヒトミさん?」

「そうよ、久しぶりね、シュウ君。」

ヒトミはシュウの隣に腰掛ける。

「しばらくラルースにいるんでしょう?またバトルタワーで対戦しましょうよ。」

「ええ、また勝たせていただきますよ。」

「相変わらず自信家ね。」

ヒトミはシュウの言葉に笑みを浮かべる。

「バトルタワーと言えば、昨日のバトル見たわよ。」

「うっ!」

シュウは思わず固まる。

「シュウ君があんなに冷静さを無くすなんて、余程ハルカちゃんのことが大切なのね。」

「うう……。」

シュウは何も言い返せない。

しかし、ここではっと気付いた。

「ヒトミさん、ハルカのことを知ってるんですか?」

「ええ、数年前のあの事件の時に知り合ったの。」

その頃からショウタはハルカちゃんにアタックしてたわね。

その言葉にシュウの額に青筋が立つ。

「でも、ハルカちゃんを選び、ハルカちゃんが選んだのはシュウ君、あなたよ。もっと自信を持っていいんじゃない?」

「はい……。」

シュウは服を見ながら笑っているハルカを見つめる。

昨日はハルカがぼくを信じてくれたから勝てたんだ。

そのハルカに恥じないバトルをしなければ……。

「でも、昨日のバトルはバトルタワーの歴史に残る名勝負だったわよ。」

「うっ!」

「舞姫を守ろうと貴公子は魔王に立ち向かっていく。しかし、魔王にやられてピンチに立たされた時、舞姫が貴公子の手を取り、共に立ち上がって戦うのよ!」

ヒトミが抑揚をつけて名勝負を歌う。

「頼むからやめてください……。」

シュウは赤くなった顔を隠すようにして言う。

昨日のバトルで自分は無様もいいところだったし、ハルカを渡したくない一心でバトルしていたのを大勢の観客に見られてしまったのだ。

これで恥ずかしくならないわけがない。

しかし、ヒトミは楽しそうに続ける。

「そうして魔王を倒した二人は熱い抱擁を――ってストーリーのステンドグラスをバトルタワーに作ろうって計画が持ち上がってるわよ。」

「本当に頼むからやめてくれ!」

「無理ね。昨日の午後に緊急に行われた会議で、オーナー夫妻始め役員一同満場一致で決まったわ。」

「父さん、母さん……。」

シュウはハルカと一緒に子どものように騒いでいる両親に恨みのこもった視線を向ける。

その時、ハルカが二人から離れ、こちらに駆けてくるのが見えた。

「シュウー!」

「ハルカ、どうしたんだい?」

「ハルカちゃん、久しぶりね。」

「ヒトミさん!?」

ハルカは初めてヒトミに気付いた様子で、ヒトミの前にやって来る。

「わあっ!本当にお久しぶりです!」

ヒトミの手を握り、ハルカが嬉しそうに言う。

「ええ、ちょっとあなたの彼氏をお借りしていたわ。」

「え、ええっ!?」

ハルカはヒトミの『彼氏』という言葉に反応して赤くなる。

「あら、それとも『王子様』の方が良かったかしら?」

ヒトミは楽しそうに笑う。

「ヒトミさんっ!」

ハルカとシュウが揃って声を上げる。

「冗談よ。でも、貴公子と舞姫のカップルにこんな所で会えるなんて思ってなかったわ。今日、デパートに来た人はラッキーね。」

「それって……。」

「昨日のバトルはラルース中に放映されていたのよ。だから――。」

ヒトミは視線をぐるりと周りに向ける。

その視線を二人が追うと、かなりの数のギャラリーが二人を遠巻きに眺めていた。

「元々コーディネーターとしても有名だった二人は、こうしてラルースの英雄となりましたとさ。めでたしめでたし。」

「恥ずかしすぎかも……。」

ハルカが真っ赤になって俯く。

シュウはもはや反論する気力すら無いようだった。

「ところでハルカちゃん、シュウ君に何か用事があったんじゃなかったの?」

「あ、そうだった!シュウ!」

ハルカはシュウの腕を引いて、ベンチから立ち上がらせる。

「あのね、服、どっちがいいか悩んでるの。シュウはどっちが似合うと思うか教えて?」

「え、でも、ぼくは――。」

「シュウはセンスあるもの。絶対いい服選んでくれるはず!」

ハルカはそのままシュウを引きずっていく。

「ヒトミさん、今度はバトルタワーで会いましょうね!」

「ええ、ハルカちゃん、楽しみにしてるわ。」

ハルカが振り返り、笑顔で挨拶する。

「ヒトミさん、また今度……。」

「ええ、私もメタグロスもシュウ君と戦える日を待ってるわよ。」

シュウも腕を取られてバランスを崩しながら慌しく挨拶した。

ヒトミは手を振り二人を見送る。

服のところまでシュウを連れてきたハルカは、自分の体に服を当てて見せている。

シュウはわずかに頬を染め、それでも真剣にハルカのために服を選んでいた。

それを見てヒトミは思う。

あのシュウ君をあんなに変えるなんて、ハルカちゃんも大したものね。

今まで集めたデータが役に立たなくなっちゃたわ。

これから忙しくなるわね。

それでもヒトミは上機嫌でその場を後にした。



後日、バトルタワー上層部に完成したステンドグラスはそれはそれは素晴しいものだった。

美しい構造もさることながら、そのストーリーと愛に心惹かれ、ラルースの新たな観光スポットとして、連日多くのカップルが訪れるようになったとか。

そして、バトルタワーダブルマッチは愛のバトルとして、さらなる大盛況を見せることとなる。

ラルースの人々の心にいつまでも貴公子と舞姫の愛の伝説は語り継がれていった。



「なんでオレが悪者なんだー!」

約一名の悲嘆を飲み込んだまま。

 

 

 

 

 

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