ラルースシティ周遊記 3

 

 

 

 

 





「さ、ハルカちゃん、遠慮なく食べてね。」

「君のようなお嬢さんが来てくれると食卓が豪華だね、はっはっは。」

「は、はあ……。」

その夜、ハルカはラルースシティ中心部にある邸宅で大歓迎を受けていた。



大きなテーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。

「可愛いハルカちゃんのために、腕によりをかけて作ったのよー!」

シュウによく似た顔立ちの女性が嬉しそうに言う。

「あ、ありがとうございます、おばさま……。」

「やーん、おばさまだなんてハルカちゃんたら他人行儀なんだから!『お義母さん』って呼んで頂戴。」

「へっ!?お、おかーさん!?」

「では、私は『お義父さん』だな。是非そう呼んでくれたまえ。」

シュウと同じ色をした髪の男性が目を細めて言う。

「え、えっと、でも……。」

ハルカは焦って食べる手を止めてしまう。

「父さん、母さん、ハルカが困っているからやめてくれないか。」

ハルカの向かいの席についたシュウが言う。

その呆れた口調には疲れがにじみ出ていた。

「でもぉ、ハルカちゃんと早く仲良くなりたいの。」

「シュウはもう仲良しだから、私達の気持ちが分からないんだよ、母さん。」

「シュウったら意地悪ねー、お父さん。」

二人の夫婦漫才にシュウは頭を抱える。

「シュウ、大丈夫……?」

「これが大丈夫そうに見えるかい?」

「見えないかも……。」

ハルカは苦笑いを浮かべた。

「でも、確かに、『お義母さん』は少し早いかもしれないわね。だったら、名前で呼んでもらうのはどうかしら?」

「そうだね。ハルカちゃん、私の名前はオサムだ。よろしくね。」

差し出された手をハルカは握る。

「よろしくお願いします、オサムおじさま。」

「じゃあ、私のことはアキおばさまって呼んでね。」

「はい、アキおばさま。」

ハルカはアキの手も握る。

「やっぱり名前を入れてもらうと、同じおばさまでも親しさが違うわねー。」

「可愛いお嬢さんに呼んでもらうと、その違いもひとしおだねー。」

アキとオサムはきゃっきゃとはしゃぐ。

それを見てシュウはテーブルに突っ伏した。



「自分が作った料理が美味しそうに食べられてるのを見ると嬉しいわー。」

「はい、とっても美味しいです!」

ハルカは出される料理を次から次へと平らげていた。

「ハルカちゃんは本当にいい子だねー。シュウもよくこんなお嬢さんを見つけたものだ。」

「ほんと、旅に出した甲斐があったわねー。」

オサムとアキが顔を見合わせて笑う。

「ねえ、ハルカちゃん。ハルカちゃんはどんな風にシュウと出会ったの?」

「か、母さん、その話は……。」

「いいじゃないか、シュウ。私も聞きたいな、ハルカちゃん。」

「父さんまで……。」

シュウの反論は完璧に封じられてしまう。

「えーと、シュウと初めて会ったのは、カイナシティの海岸でわたしがコンテストの練習をしてた時です。その時、思いっきり嫌味を言われて……。」

「嫌味ってどんなの?」

「ええと、『美しくないね』とか……。」

「やーん、シュウったら相変わらず!」

アキが手を組み合わせて喜ぶ。

「全く成長してないね、シュウは。」

オサムも笑顔で楽しそうに言う。

「え、相変わらずって……?」

ハルカはわけが分からずに問い返す。

アキはその質問に、一品の料理を指差した。

「この料理、シュウの大好物なの。でもね、シュウったら、私が初めてこの料理を作った時、思いっきりけなしたのよ。『酸味が強すぎる』とか、『玉ねぎが多すぎる』とか。」

「それで母さんは怒って、この料理をすぐに下げてしまったんだ。」

二人は懐かしそうに言う。

「そうしたらね、シュウ、どうしたと思う?涙をいっぱい溜めて、私のエプロンを引くのよ。あの頃のシュウ、可愛かったわー。」

「シュウは素直じゃないから、好きな物を好きと言えないんだよ。その代わり、欠点をあげつらってしまうから嫌われるんだ。」

「シュウは愛情を嫌味でしか表現できないのよ。」

「全く、息子ながらその不器用さには呆れるよ。」

「ねー。」と声を合わせて、仲良し夫婦はシュウの過去を暴きに暴く。

シュウはテーブルに突っ伏したまま、ピクリとも動かない。

「シュウ、ほんとに大丈夫……?」

「今すぐ穴があったら入りたい……。」

そんなシュウに構わず、アキは話を続ける。

「そんなシュウに初対面から嫌味を言われるなんて、シュウはハルカちゃんに一目惚れしちゃったのね。やーん、かわいー!」

「シュウは興味の無いものは徹底的に無視するタイプだからね。シュウが嫌味を言うのは、その人に構ってもらいたいからなんだよ。」

「は、はあ……。」

確かに思い当たる節はある。山ほど。

「あと、シュウはどんなに好きなものでも『好き』って言わないのよ。」

「そうそう、全部『嫌いじゃない』で済ませるんだ。」

アキの言葉にオサムはうんうんと頷く。

「でも、ハルカちゃんはシュウに『好き』って言ってもらったんでしょう?」

「へっ!?」

いきなりの爆弾発言にハルカの顔が真っ赤に染まる。

「……はあ、まあ……。」

それでも何とか返事をすると、

「シュウが『好き』なんてストレートに言ったのは初めてよー!お祝いしなきゃー!」

「はっはっは、みんなで世界一周旅行に行って船上パーティーでも開くかい?」

冗談のように軽く、思いっきり本気の目をして言う。

「シュウ、部屋に戻ってた方がいいんじゃない……?」

「ぼくがいない所で何を言われるかと思うと、とても戻れないよ……。」

早く終わってくれというシュウの願いとは裏腹に、両親によるシュウの過去暴露は食卓の料理が無くなってもしばらく続いたのだった。



「シュウ、思いっきり疲れた顔してるわよ。」

「あれは拷問以外の何物でもなかったよ……。」

ここはシュウの部屋。

二人で大きなベッドに腰掛けている。

風呂上りのため、髪が乾くまで寝るのを待っているのだ。

「シュウはご両親に全然似てないのね。顔はともかく。」

「よく言われるよ……。」

「ほんと、何でシュウみたいなひねくれ者が育っちゃったのか不思議かも。」

夕食の話を思い出したのか、ハルカはくすくす笑う。

「でも、シュウって小さい頃から素直じゃなかったのね。」

「さっきのことは忘れてくれ……。」

げっそりとした顔でシュウが呟く。

「でも、わたしの知らないシュウを知ることが出来たから、とっても嬉しかったかも!」

「ぼくは知られたくなかったよ、できれば一生。」

「うー、可愛くないわね。」

「可愛くなくて結構。」

シュウにもやっといつものペースが戻ってきた。

しばらくハルカと嫌味の応酬をして笑う。

「シュウって好きなものを『好き』って言えないんでしょう?損な性分ね。」

「それで困ったことはないよ。」

「でも、わたしのことは好きって言ってくれたわよね。もう一回言ってほしいかもー。」

「うっ……。」

シュウの顔が赤くなる。

「あ、シュウが赤くなったー、可愛いかもー。」

「頼むからからかわないでくれ……。」

手で目元を隠してシュウは言う。

「からかってないわよ。ねえ、シュウ、わたしのこと好きって言って。」

「うう……。」

しばらくシュウはためらっていたが、やがて顔を上げる。

少し離れて腰掛けていたハルカに近づき、その頬に手を当てる。

「ハルカ、好――。」

その後は続かなかった。

「ハルカちゃーん!」

ノック無しに開かれた扉によって。



「な、なななななっ!?」

シュウが赤くなって混乱している。

ハルカも驚いたが、それどころではないと気付き、扉の外に立っていた両親に質問した。

「何か御用ですか?」

「さっき客間に行ったら、ハルカちゃんがいないんだもの。だから、シュウの部屋にいるんだろうなって思って来ちゃったー!」

語尾にハートマークが付きそうな勢いでアキが言う。

「シュウ、ハルカちゃんの独り占めはずるいぞ。」

オサムも扉に手を掛けて笑う。

シュウは俯いて身を震わせていた。

「そうだわ!ハルカちゃん、私達と一緒に寝ましょう!まだまだ話し足りないわ!」

「それはいい考えだね、母さん。ハルカちゃん、私達の寝室においで。」

両親の言葉にシュウはバッと顔を上げた。

「ハルカはぼくと一緒に寝るんだ!父さんと母さんは出て行ってくれ!」

そのままハルカを後ろから抱きしめる。

「え、ちょっとシュウ!?」

ハルカは焦るが、シュウはお構いなしで腕の力を強める。

「あらあら、怒られちゃったわ。どうしましょうか?」

「あのシュウがせっかく積極的になっているんだ。ここは温かく見守ろうじゃないか。」

両親はあっさりと引き下がった。

「じゃあね、ハルカちゃん。おやすみ。」

「シュウもおやすみ。眠れるかどうかは保障しないがね。」

オサムは謎の言葉を残し、アキと共に寝室に戻っていった。



「あ、あの、シュウ……?」

ハルカは強い力で自分を抱きしめ続けるシュウに呼びかける。

後ろから抱きしめられているため、シュウの顔が見えず、ハルカは不安になる。

「……ハルカ。」

ようやくシュウから返事があった。

「な、何、シュウ?」

シュウはそれには答えず、そのまま腕の中のハルカごと身を横たえる。

「シュウ!?」

「何もしないよ。このまま眠るだけ。」

シュウは、ハルカと自分の体にシーツをかける。

ハルカはしばらく硬直していたが、やがて体の力を抜くと、ごそごそと寝返りを打った。

シュウの胸に自分の頭を預ける。

「シュウ、好きよ。」

「ハルカ……?」

「さっきは最後まで聞けなくて残念だったけど、シュウは確かにわたしに好きって言ってくれたから。」

だから、そのお返し。

ハルカの言葉に、シュウはわずかに頬を染める。

「シュウ、おやすみ……。」

ハルカは目を閉じ、間もなく寝息を立て始める。

「ハルカ……。」

シュウはハルカの背に手を回し抱きしめる。

そして、自身も眠ろうとしたが――。

ね、眠れない!

ハルカの体の柔らかさとか、吐息の穏やかさとか、髪のいい匂いとか!

気になって気になって眠れない!

ハルカをそんな対象だと意識して眠れなくなるなんて、ぼくはそんなヤツだったのか!?

「う、ううん……。」

ハルカの寝ぼけた声にもいちいち反応してしまう。

――父さんの言ってたのはこういうことだったのか……。

シュウの動悸はいつまで経っても収まらず、眠れぬ夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

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