ラルースシティ周遊記 1
海を渡るモノレールの窓から、ラルースシティのシンボルであるバトルタワーが見える。
それが大きくなるにつれ、近代的な町並みが目に飛び込んできた。
「わあっ!久しぶりかもー!」
「ハルカはラルースに来たことがあるんだね。」
「うん、一度だけ。あの時は大変だったかも!」
シュウはハルカを伴いラルースシティに帰る途中だった。
出会ってから5年、二人の関係はライバルから恋人へと発展していた。
今回の里帰りは、色々なけじめを付けるためでもあり、シュウはかなり緊張しているのだが――。
「わー、風力発電所の風車が増えてるー!」
ハルカには全く緊張感がないのであった。
モノレールを降りると、急にハルカの顔が強張った。
「どうしたんだい、ハルカ?」
「……来るのよ、アレが。」
「アレ?」
ハルカの目線の先を見ると、ガードロボットが浮かびながらこちらに近づいて来るところだった。
「あれがどうかしたのか?」
ハルカは答えず、カードロボットを睨み付けている。
二人の前まで来ると、ガードロボットは人工的な声で言った。
「写真ヲ撮リマス。」
その瞬間、ハルカは満面の笑みを浮かべる。
シュウがその変わり身に驚いているうちに、ガードロボットの撮影は終わった。
「今回は成功かもー!」
ハルカはガードロボットから貰った通行証を掲げて喜ぶ。
「君ね……。」
シュウは呆れて言葉も出ない。
何のことは無い。
以前、ハルカは驚いて写真うつりがおかしくなってしまったので、今回はそうならないよう心の準備をしていただけだった。
「こんなもの一つでそんなに喜べるなんて、君は単純だね。」
シュウの嫌味にもハルカは上機嫌だ。
「あら、写真うつりは女の子にとって重要なのよ。良かったー、前回の通行証そのまま使えって言われなくて。」
「……ハルカ、通行証で喜ぶのはそれくらいにしておいて、ぼくの家に行こう。」
シュウにとって、今回の里帰りの一番の目的は、ハルカを自分の両親に紹介することだった。
「シュウの家ってどこにあるの?」
「いくつかの歩道に乗っていくんだよ。少しここからは遠いかな。」
二人はラルース名物の動く歩道に乗って移動していた。
ハルカはきょろきょろと辺りを見回している。
「完璧に元に戻ってるどころか、ますますハイテクになってるかも……。」
「あの数年前の事件のことかい?その時のダメージなら、とっくの昔に回復してるよ。」
髪をかき上げながらシュウが言う。
「ラルースって思ってた以上に凄い町だったのね。」
「何と言っても、ぼくの生まれ故郷だからね。」
シュウの故郷自慢を聞いている内に、分岐点に差し掛かった。
「さ、足元に気をつけて。」
シュウのエスコートで踊り場に降り立つ。
「次はこっちだよ。」
ハルカがその歩道に乗ろうとした時、どこかで自分の名前を呼ばれたような気がした。
「え、誰か呼んだ?」
ハルカが振り返ったその瞬間、
「ハルカちゃーん!」
突然飛びついてきた物体に、ハルカは抱きしめられていた。
「な、ななななななっ!?」
ハルカが目を白黒させていると、抱きついてきた物体もとい人間は嬉しそうに続ける。
「ハルカちゃん、会いたかったよー!相変わらず可愛いねー!」
「ショウタ!?」
その正体は、数年前、協力して事件を解決した仲間、ショウタであった。
「ハルカちゃん、ラルースに来るなら連絡してくれればオレが迎えに行ったのにー。」
「結構だ。」
今まで事態についていけず無言だったシュウが、ハルカからショウタを引き剥がした。
そのまま、ハルカを背後に庇い、触れさせないようにする。
「あれ?シュウじゃん。お前、帰ってきてたのか?」
「ああ、今さっきね。」
静かな口調とは裏腹に、後ろにいても分かるほどシュウの気迫は凄まじい。
「あ、あれ?二人とも知り合い?」
ハルカは何とか場を和ませようと、話を切り出した。
「別に。」
「そりゃ酷いぜ、シュウ!よくバトルタワーで戦ったじゃないか!」
「ショウタはシュウ君に一度も勝てなかったけどね。」
いつの間にか、ショウタの後ろには背の高い男性が立っていた。
「リュウ!?」
ハルカの驚きに、シュウは目を丸くする。
「リュウさんとも知り合いなのかい?」
「う、うん。」
リュウはショウタと同じく事件解決の協力者だった。
「ハルカちゃん、久しぶりだね。」
「本当に久しぶり。元気だった、二人とも?」
「元気元気!ハルカちゃんも元気そうで良かった!」
ショウタがハルカの手を握ってぶんぶん振り回す。
「だから、その手を放せ!」
シュウが思いっきりショウタの手をつねる。
「いててててててっ!」
ショウタが涙目で赤くなった手に息を吹きかけるのを余所に、リュウは朗らかに言う。
「久しぶりだね、シュウ君。今日はハルカちゃんを連れて里帰りかい?」
「ええ、まあ。」
「何でシュウがハルカちゃんを連れて帰ってくるんだよ!?」
復活したショウタに、リュウは笑顔を向ける。
「ラルースの貴公子がトウカの舞姫にご執心なのは有名な話だよ。ジョウトの生中継、君も見てただろう?」
「オレはそんなの見てないぞ!あんなのはただの夢だ!」
「現実逃避は良くないよ、ショウタ。いい加減、ハルカちゃんはシュウ君の恋人だって認めるんだね。」
「そんなの嘘だー!」
ショウタは再びハルカに駆け寄ろうとする。
「こんなヤツに嘘だよね、ハルカちゃん!嘘だと言ってよ!」
「ハルカに触れるなっ!」
シュウは、ハルカに飛びついてきたショウタの背を押す。
ショウタはそれまでの勢いもあって、べしゃりと道路に突っ伏した。
「ち、ちょっとシュウ!?」
さすがにハルカも慌てるが、シュウは気にしない。
「ハルカちゃん、気にすることないよ。こいつ、体だけは頑丈だから。」
リュウも笑顔のまま、フォローになっていないフォローをする。
「うおー!体は丈夫でも、オレのハートはぼろぼろだぜー!」
確かに自分で言うだけあって頑丈らしく、すぐにガバリと起き上がる。
「ハルカちゃんがシュウに誑かされちまったー!」
「何とでも。」
シュウはショウタの台詞を鼻で笑う。
「ハルカちゃん、何で、何でこんなヤツなんかに!?」
またハルカに駆け寄ろうとしたショウタの襟首をリュウは掴む。
「はいはい、今度ハルカちゃんに触ったら、シュウ君に歩道の端まで吹っ飛ばされちゃうよ。」
「え、ええと……。」
ハルカは人差し指を突き合わせる。
「シュウはキザだし、嫌味だし、頑固だけど、本当は優しいし、穏やかなところもあるし、とっても柔らかく笑うの。」
ハルカの赤くなりながらの台詞に、
「がーん……。」
ショウタは真っ白に燃え尽きた。
「おやおや、これは見事なノロケだね。」
「そ、そんなんじゃないかも!」
慌てるハルカの肩をシュウは抱き寄せる。
「そういうわけだ。ハルカの心に君の入る余地は無い。」
「うぐぐぐぐ……、オレは認めないぞ、シュウ!」
復活したショウタはシュウに指を突きつける。
「ハルカちゃんをかけてバトルタワーで勝負だ!」
「えええええっ!?」
「君、ぼくに勝ったことないのに?」
ハルカの叫びを無視して、二人は火花を散らす。
「それはシングルバトルの話だろう!今回はダブルバトルだ!」
「へえ。シングルで勝てない相手でも、ダブルバトルだったら勝てるって?」
「うるさーい!こっちにはリュウもいるんだ!リュウ、オレと組んでくれるよな!」
強引にタッグのパートナーに指名されたリュウは苦笑する。
「まあ、面白そうだし、出てもいいよ。」
シュウはハルカの肩に回した手の力を強める。
「じゃあ、ぼくのパートナーはハルカだ。それでいいね。」
「なっ!ずるいぞ、シュウ!」
ショウタの文句に、リュウはやれやれと頭を振る。
「ショウタ、今のぼく達は、貴公子から舞姫を奪おうとする魔王だよ。貴公子から離れたくない舞姫が一緒に戦うのは当然だろう。ね、ハルカちゃん?」
突然話を振られたハルカは慌てる。
「は、はい!」
それでもリュウの言葉通り、貴公子と一緒にいたい舞姫はキチンと返事をした。
「がーん……。」
魔王は舞姫の返事に再び真っ白になる。
「さ、行こうか。バトルタワーはこっちだよ。」
リュウの先導で、皆が移動を始める。
「あ、あのシュウ、そろそろ肩放してほしいかも……。」
「ぼくは君を絶対に放さない。」
シュウは決意に燃えて、ハルカの話も聞こえないようだった。
微妙に間違った受け答えをして、そのままハルカの肩に置いた手に力を込める。
この町に来ると、いつも苦労するような気がするかも……。
ハルカの内心のため息は、限りなく真実に近かった。