蝶と薔薇と

 

 

 

 

蝶が私の手に止まる。

どうしたの?私はそう問いかける。

薔薇が怖いのと蝶は答える。

私はゆっくりと振り返る。

いつの間にか一輪の薔薇がそこに咲いていた。

蝶を返してもらいましょう。

薔薇は静かに言う。

私は手の蝶を見る。

私に縋り付いて必死に首を振っていた。

嫌よ。

私はそう答える。

だって、蝶はもうあなたのものじゃないんだから。

薔薇は鋭い棘を見せる。

蝶はぼくのものです。絶対に逃がさない。

私は笑いを零す。

蝶があなたのもの?あなたのところに蝶はもういないじゃない。

私の手の平にいるのがあなたの言ってる蝶々。

こんなに震えて、こんなに傷だらけになって。

それでもあなたはこの蝶々が自分のものだと言うのかしら。

凄絶な美しさを持つ薔薇を眺める。

自分のものにしようとはやるあまり、棘で傷つけて、蝶に逃げられた愚かな薔薇。

それとも、わざと逃がしてあげたのかしら、この優しい薔薇は。

蝶がこれ以上自分の棘で傷つかないように。

ねえ?

口の端を上げて薔薇に問いかける。

優しい優しい愚かな薔薇、あなたは蝶を愛したいと思ってるの?

薔薇がその紅と同じ色の感情を閃かせる。

ぼくが蝶を愛していないとでも?

違うわ、愛しているかどうかじゃなくて、愛したいと思っているかどうかよ。

分かりませんね、あなたが何を言いたいのか。

ええ、私にも分からないわ。だって、これはただの言葉遊びだもの。

嗚呼、おかしくてたまらない。

でもね、一つだけ言えることは、蝶はもうあなたの所にはいないということ。

ボロボロになった蝶の羽を撫でる。

この蝶々はもう私のもの。私がこの羽を優しく癒してあげる。

目を細めて蝶を見る。

私が守ってあげる。この可愛い蝶々を傷つけるもの全てから。

そう、あなたからも守ってあげる。

でもね、蝶が帰りたいと言えばいつでも返してあげる。

蝶は自分で私の元へ来た。

ならば、自分で私の元を去るでしょう。

私は引き止めないわ、蝶があなたのところに帰りたいと言うのなら。

あなたは蝶を惹きつけなさい、その真紅の花びらで、その美しい香りで、鋭い棘すらも魅力に変えて。

あなたの言う愛とやらで蝶を呼び戻してごらんなさい。

蝶が誘われずにはいられないような花を咲かせてごらんなさい。

今よりも、もっと大きく美しく。

私は震える蝶を手の平で包み込む。

またね、今度会うときは蝶があなたに止まっていることを願っているわ。

私は薔薇に背を向ける。

そのまま私は蝶を連れて去った。

 

 

 

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