日曜日のデート
今日は久しぶりのハルカとのデート。
日曜日の10時に公園の噴水前で待ち合わせ。
ハルカが時間通りに来たためしは無いけれど。
それでも、ぼくはいつも15分前には待ち合わせ場所に来ている。
気がはやって仕方ないからね。
ああ、やっとハルカが来た。
「ごめーん!待った?」
息を切らしながらハルカがぼくの前に走ってくる。
ハルカの呼吸が整うのを待って、ぼくは自分の常套句を口にする。
「今回は10分の遅刻だよ。時間を守れないなんて、相変わらず美しくないね。」
「シュウ!こういうときは、『ううん、今来たところだよ。』でしょう!」
ハルカも世間一般の常套句で言い返す。
「ぼくが今来たところだったら、ぼくだって遅刻してることになるじゃないか。ぼくはキチンと時間を守るよ。」
「むー……。」
ハルカが唇を尖らせる。
ふと、その唇が目に止まった。
「ハルカ、唇に何か塗ってる?」
「あ、気付いてくれた?」
嬉しそうにハルカは唇を指差す。
「新発売のリップクリームよ。色が付いてて、それから蜂蜜の香りもするの!」
確かに、いつもよりピンク色だし、風が吹く度にふわりと甘い香りが鼻を掠める。
「蜂蜜の香りなんて君らしいね。」
「あ、食い意地が張ってるって言いたいんでしょう!」
ぼくは腰掛けていた噴水の縁から立ち上がった。
「そんなことよりハルカ、そろそろ行こう。もうすぐ開園時間だよ。」
「あーっ!ごまかさないでよ!」
怒ったふりをしながらも、ぼくが歩き出すと、腕を絡めてくる。
隣を見ると、ハルカの笑顔がそこにあった。
今日のデートスポットは海の近くの水族館。
ハルカは小さな子どものようにはしゃいでいた。
「ハルカ、走り回っていると転んでしまうよ。」
「だって可愛いんだもの!シュウ、ほら、この子見て!」
ハルカはラッコの子どもを指差す。
水槽に顔を近づけて一心にラッコを見つめているハルカ。
君の方がよっぽど可愛いよ。
ぼくはラッコよりもハルカを眺めていたけど、その時ふと彼女の唇が目に入った。
いつもと違って少しだけお洒落をしているハルカ。
その瑞々しい唇を見つめている内に――。
「ハルカ。」
ぼくは思わず声を掛けていた。
「何、シュウ?」
ハルカはラッコの子どもからこちらに目を向ける。
「あ、いや、何でもないんだ。」
「ふーん、変なシュウ。」
ハルカはまた水槽に見入った。
あ、危なかった。
ハルカの唇を見ていると、キスしたくなってしまう。
それからハルカはペンギンが可愛いとはしゃぎ、深海魚が怖いと騒ぎ、イルカのジャンプに歓声を上げ、一時も静まることはなかった。
そのコロコロ変わる表情に、こちらも自然と笑顔になる。
水族館を出た頃には、お昼をかなり過ぎていた。
「あー、楽しかったね、シュウ!」
「そうだね。」
ハルカが楽しいと、ぼくも楽しいよ。
「さっきまで夢中だったから気付かなかったけど、お腹すいたかも。何か食べる?」
「じゃあ、そこにあるファーストフードの店に行こうか。」
ぼくは道路を挟んだ所にあるハンバーガーショップを指差した。
二人で席について、頼んだセットを食べる。
ハルカは先程の水族館の興奮がまだ冷めないのか、ずっとラッコやイルカのことを楽しそうに話していた。
それに相槌を打ちながら、やはりぼくの目はハルカの唇に釘付けになる。
ポテトを食べて、指についた塩をペロリと舐め取る。
その仕草はとても可愛らしかったんだけど。
小さな舌を唇から出して――ぼくはその唇を――。
「シュウ?」
気が付くと、ハルカがぼくの顔を覗き込んでいた。
「ハ、ハルカ!?」
びっくりした……。
「シュウ、さっきからぼーっとしてるんだもん。どっか気分でも悪いの?」
「い、いや、そんなことないよ。」
言えない。君にキスしたくてたまらないなんて。
ぼくはハルカを誤魔化すため、コーヒーを口に運んだ。
食べ終わった後、店を出て、海岸沿いの道路を歩いた。
海を渡ってくる風が気持ちいい。
ハルカはここでもカモメを見て歓声を上げていた。
地面に降りているカモメの群れに突進しては逃げられている。
それでも声を上げてハルカは笑っていた。
ぼくはそれを少し離れた場所に座って眺めていたんだけど。
やはり、ぼくの目はハルカの顔、特に唇から離れない。
ぼんやりとハルカを目で追っていると――その顔が目の前にあった。
「うわっ!?」
思わず声を上げてしまった。
「人の顔見て悲鳴上げるなんて、ちょっと失礼かも。」
ハルカはぼくを見てむくれている。
「ご、ごめん。」
ぼくはハルカの顔を見ていられなくて目を伏せた。
見ていると、どうしても唇が目に入ってしまうから。
「……シュウ。」
ハルカはどこか悲しそうにぼくの名前を呼んだ。
「もしかしてシュウ、楽しくないの?」
「え?」
ハルカは屈んで、座っていたぼくに視線を合わせる。
「シュウ、水族館の時も、お昼ご飯の時も、今も、ずっとぼんやりしてる。はしゃいでるのはわたしだけ。」
「……そんなことないよ。」
「でも、シュウはわたしが話しかけても上の空だし……。シュウはわたしといて楽しくないの?」
ハルカが寂しげに俯く。
違う、違うんだ、ハルカ。
ぼくは、君を――。
気が付いたら、ぼくはハルカの頬に手を添え、彼女の唇に自身の唇を落としていた。
かなり長い時間合わせていた唇をゆっくりと離すと、ハルカの顔は真っ赤になっていた。
「な、何をいきなり……。」
「ずっとこうしたかった。」
名残惜しくて、ハルカの唇を指でなぞる。
「朝、君に会った時からずっとキスしたかったんだ。」
「そんなことでシュウ、ずっとぼんやりしてたの?」
ぼんやりなんてひどいなぁ。
君があんまりにも魅力的だから見とれていただけなのに。
ハルカが、彼女の唇をなぞっていたぼくの指を止める。
「リップが落ちちゃうかも……。」
「それならまた塗ればいい。」
ぼくはまた彼女の唇を塞いだ。