もしも



 

 

 

「ねえ、シュウ。もしも、わたしが男だったらわたしを好きになってた?」

「はっ?」

彼女がそう訊いてきたのはシンオウのとあるホテルでくつろいでいた時。

ソファーに座って外を眺めていたら、彼女がぼくの膝に乗って開口一番こう言った。

彼女はいつだって突拍子も無いけど、これはまた随分と吹っ飛んだ質問だ。

「どういう意味だい?」

「そのまんまの意味よ。分かるでしょ?」

「質問の意図が分かったら答えるけどね、その質問によって君が導き出したい答えが分からない。」

「わざと難しい言い方しなくてもいいのに。」

腕をぼくの首に絡めてきた。

随分と積極的だ。

でも、いつもと違う感じがする。

「どうしてだか分からないけど寂しくなった?」

「……。」

彼女からの答えは無い。

しかし、体に感じる重みと体温が増した。

「あるね、時々そういうこと。」

「シュウもあるの?理由も無いのに誰かに甘えたくなること。」

「あるよ。ただ、実際に甘えるかどうかは別だけどね。」

でも、彼女はちゃんと甘えたいときに甘えてくる。

「今の君は愛が欲しいんだね。」

だから、甘えても大丈夫かどうかを見極めるために、ぼくを試すようなことを言っている。

「ぼくが男である君を愛するか否か。その回答は――。」

彼女が喉をコクリと鳴らす音が耳元で聞こえる。

「分からない。」

瞬間、彼女の全体重がぼくにかかった。

「脱力しなくてもいいのに。」

「それだけ引き伸ばしといて……。」

「ちゃんと理由はあるよ。まず、そんなこと有り得ない。」

「有り得ないからこそのもしもでしょ?」

「可能性があるからこそのもしもさ。」

「……強情。」

額を肩に押し付けてくる彼女。

このお姫様は随分とぼくの答えがお気に召さないらしい。

肩から顔を上げようともしてくれない。

「じゃあ、それと似た質問をするけど、もし、君が10歳の時に50歳のぼくに会ったら惚れてた?」

「へっ?」

「40歳も年上のぼくを好きになってた?」

「……。」

彼女は黙りこくってしまった。

それでも待っていると、彼女はもぞもぞ動いて顔を上げてきた。

「わかんないよ、そんなの……。」

困りきって眉が下がっている。

「だって、わたしは10歳の時に10歳のシュウと会ったんだもん。それ以外なんて考えられない。」

「それと同じさ。ぼくと君の出会いはたった一つしか無いんだ。それ以外で出会っていたらなんて言われても分からないさ。」

そう言うと、彼女は飲み込めたけど喉に引っ掛かったような顔で、また顔をうずめてしまった。

今度はぼくの胸、さっきよりは頭を撫でやすい。

よしよしと撫でてやる。

「ぼくが男の君を好きになるかどうかは分からないさ。でもね。」

バンダナ越しに彼女が耳を澄ませたのが感じ取れた。

「好きになりたいと思うよ。そして、君もぼくを好きになってくれればいいと思う。」

「……。」

しばらく口を開かなかった彼女は、そのままぼくにゆっくり抱きついてきた。

「納得した?」

「……やっぱりわかんないかも。」

背中に回る手を感じる。

「でも、わたし達がこうして出会ってこうしてお互い好きになったのは”もしも”じゃなくて本当のことだってこと、ちゃんと分かった。」

それからもう一つ、と彼女は続ける。

「今、わたし達がお互い好きだからこそ、違う形で出会っても好きになりたい、なってほしいって思うんだってことも。」

「それだけ分かっていれば十分。ぼくは君が好きだよ。」

「……わたしも好き。」

それからしばらく、彼女は安心したようにぼくに抱きついていた。

 

 

 

 

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