紅の水面

 

 

 

 





ホグワーツの監督生専用浴室は広い。

色とりどりの湯船があり、シャワーはもちろん、噴水じみたものまである。

このことを下級生が知ったら、何としてでも監督生を目指そうと決意させるような浴室だ。

そんな豪華な浴室に、

「何でシュウがいるのよーっ!?」

グリフィンドール監督生ハルカの声が響き渡った。



ハルカの叫びは壁や天井にこだまして、うるさいほどに響いたが、すぐに静かになった。

湯船に浸かっていたスリザリン監督生のシュウは眉をひそめる。

「それはぼくのセリフだよ。真夜中に人の浴室にズカズカ入ってきて大声を出すなんて美しくない。」

「ここは監督生全員の浴室よ!シュウだけの物じゃないかも!」

「とにかく静かにしてくれないか。ここにいるのがバレると、お互いまずいだろう?」

シュウの言葉にはっとして、ハルカは口を閉じる。

真夜中に寮の外に出て、シュウとこんな所にいるのが見つかりでもしたら……考えたくもない。

「で、君はどうして、こんな時間にこんな所にいるんだい?」

「寮で寝てたら、嫌な夢見て汗びっしょりになって目が覚めて…。汗を流そうと思ってここに来たの。」

その夢の内容を思い出したのか、ハルカは無意識の内に自分を抱きしめる。

「グリフィンドールの女子寮にだってシャワー室はあるだろう?」

「あるけど……今日壊れちゃったの。スリザリンでも聞かなかった?」

「ああ、そういえば、誰かがそんな話をしていたね。」

グリフィンドールの女子寮のシャワー室の調子は前々から良くなかったらしい。

そこへ一年生が自分達で直そうと、覚えたての魔法を使ったのだが……。

大惨事になったのは言うまでも無いだろう。

「突然熱湯が出たり、冷水が出たりするのはまだ良い方。酷いのはミミズやカエルの卵が降ってくるのよ。」

「想像したくもないね。美しくない。」

「それで、急遽レイブンクローとハッフルパフに話をつけて、今晩はシャワー室を貸してもらったんだけど、真夜中に訪ねていくわけにもいかないでしょう?復旧にはあと数日かかるし。だから、ここに来るしかなかったかも。」

ハルカはそこで話を切る。

「さ、今度はシュウの番よ!どうしてシュウはここにいるの?」

シュウは湯船のふちに来て、いくつかの小瓶を持ち上げてみせる。

「魔法薬学の実験といったところかな。試験的に作ったものの効用を試していた。」

小瓶の一つを杖でつつくと、中の液体が青から赤に変わる。

全ての小瓶を元の位置に戻すと、シュウは不敵に笑った。

「ここ毎日、この時間、ぼくはここにいる。分かったかい?」

「分かったから、早く出て行ってほしいかも!」

ハルカはシュウを睨み付けるが、あまり効果は無いらしい。

「ぼくはまだしばらく出る気はないよ。それより、君はタオル一枚で、いつまでそこに突っ立っているつもりだい?」

「なっ!?」

シュウは不敵な笑みを浮かべたままで、小さなタオルでは隠しきれていないハルカの肩や太ももを見やる。

「見ないでよ!シュウのエッチ!」

「同じ浴室にいるんだから見えてしまうものは仕方ないだろう?そんなことより、汗を流しに来たんじゃなかったのかい?」

「シュウが出て行かないなら、わたしが出て行くかも!」

ハルカはくるりときびすを返す。

シュウは手にしていた杖を浴室の扉に向けた。

「コロポータス!閉じよ!」

呪文と同時に、浴室の扉に鍵がかかる。

「何するのよ、シュウ!」

「汗をかいたままで寝るのは良くないよ。しかも、君は服を脱いでしまっているから、ますます体が冷えている。ここで温まっていきなよ。」

シュウは笑みを深くする。

「それとも、ぼくが君の体を洗ってあげようか?」

「絶っ対お断りよ!とにかく、体は自分で洗うから、こっち見ないでほしいかも!」

ハルカは隅に行って、シャワーを浴び始めた。

もちろん、シュウがハルカの言葉に従うはずもなく、ハルカの肢体に視線を注ぐ。

抜群のプロポーションを誇るハルカの体を滑り落ちる水滴は、決して真っ直ぐには落ちない。

顔に当たった水滴は、形の良い顎から喉へ滑り、鎖骨を通って、豊潤な胸をゆっくりと下り、引き締まったウエストから太ももへ。

彼女の体のラインを目でなぞりながら、シュウは思う。

やはり、彼女は何よりも美しいと。




ハルカはシャワーを浴びた後、シュウの浸かっている浴槽から一番遠い浴槽に身を沈めた。

「ふぅ、生き返るかもー。」

「こっちにおいでよ。そんなに遠くじゃつまらないよ。」

「そっちにいったら何されるか分かったものじゃないわ。お断りかも。」

ハルカはぷいと顔を背ける。

シュウは肩をすくめた後、小瓶のふたを開けた。

「今から面白いものを見せてあげられるのに。まあ、君が見たくないならそれでいいけど。」

そう言って、シュウは小瓶の中身を数滴湯船に垂らす。

白かった湯は、垂らした魔法薬がほんの少しだったにも関わらず、一瞬で紅く染まった。

「わあっ……!」

それを見たハルカは、行かないと言ったことも忘れたように、シュウのいる浴槽に入ってきた。

「ね、今の何?どうやったらこんな風になるの?」

シュウの隣まで近寄って、シュウの手の中にある小瓶を見つめる。

「ハルカ、その質問に答える前に、この紅いお湯の香りが何か分かるかい?」

「香り…?そういえば、さっきからいつもとは別の香りがするかも。」

ハルカは紅い湯を掬って鼻に近づける。

「これは……薔薇?」

「そう、薔薇の香りだよ。この魔法薬は薔薇のエキスを元に調合してある。」

「でも、ただの入浴剤じゃないんでしょう?じゃなきゃ、シュウがこんなに熱心に実験なんてするはずないもの。」

シュウは自慢げに笑みを浮かべる。

「まあね。だから、ただの入浴剤との違いを実験しようと思っていたんだ。良ければ君も一緒にどうだい?」

「うん!こんな綺麗で楽しそうな実験なら、いくらでも付き合うかも!」

ハルカの言葉にシュウの笑みの質が変わる。

「それは良かった。君はこの実験には適任だからね。」

その言葉と同時に、シュウはハルカの腰を強く引き寄せる。

「なっ!いきなり何するのよ!?」

「実験に付き合うと言ったのは君だろう?その言葉に甘えようと思ってね。」

ハルカの背中にシュウの体が当たる。

ハルカを後ろから抱きしめたシュウには、獲物を捕らえた狩人の笑みが浮かんでいた。



浴室に薔薇の香りが立ち込める。

シュウがハルカのうなじを強く吸い上げると、ハルカの嬌声が浴室に響いた。

「これのっ……どこがっ……実験なのよ……っ!」

肩や背中にいくつもの紅い薔薇を散らされながらも、ハルカは必死に抵抗して問う。

「実験だよ。ただ、結果はすぐに出ないというだけで。」

シュウはハルカの胸に片方の手を伸ばしながら言う。

もう一方の手はハルカの腰に回り、絶対に逃がさないとの意思表示をしている。

シュウの手がハルカの胸の頂を探り当て揉みしだく。

「やっ!シュウ、やめて!」

「自分の言葉に責任を持ちなよ。最後まで付き合ってくれないと、実験の成果は分からないよ。」

シュウの手は反対の胸に至り、ハルカの膨らみを弄り続ける。

ハルカはシュウの手の動きに喘ぐしかない。

それでも、何とか抵抗しようとする内に、シュウが置きっぱなしにしている杖が目に付いた。

腰に回ったシュウの手が緩んだ一瞬の隙をついて、杖に手を伸ばす。

届いた!

「エクスペクト・パトローナム!守護霊よ来たれ!」

呪文を考える暇などなく、ただ頭に浮かんだ呪文を口にした。

その声に応えて、小さな可愛い守護霊が姿を現す。

「イーブイ!助けて!」

ハルカがイーブイという愛称で呼んでいる守護霊が、二人に向かって走る。

しかし、シュウはすぐにハルカから杖を取り上げ、同じ呪文を口にした。

「フライゴン!迎え撃て!」

シュウがフライゴンと呼ぶ竜の姿をした守護霊が、イーブイの進路に立ちふさがる。

イーブイは二人を目指して駆ける。

しかし、イーブイがフライゴンに体当たりをするかと思われた瞬間、異変は起きた。

イーブイが脚を止めてしまったのだ。

「え……?」

ハルカが目を点にしているうちに、イーブイは一声鳴いて消えてしまった。

フライゴンもそれを見届けて消える。

二人して呆然としていたが、先に自分を取り戻したのはシュウの方だった。

持っていた杖をハルカの手の届かない所にやってしまう。

「あ、シュウ!」

「ハルカ、勝負ありだよ。君のイーブイは、ぼくのフライゴンにダメージを与えることなく消えた。君の完敗だ。」

「……。」

「決闘の敗者は勝者に膝を屈するものだよ。観念してぼくに抱かれるんだね。」

シュウはハルカの蕾に熱くたぎる彼自身を押し付けた。



「うっ……やあっ!」

ハルカは律動を刻むシュウに翻弄されていた。

シュウが動く度に自分が高まっていくのが分かる。

でも、彼の顔が見えない。

彼は今、わたしの彼に煽られるしかない姿態を笑っているのだろうか、呆れているのだろうか、それとも――悦んでくれているのだろうか。

彼の手が熱くわたしの胸を掴む。

彼の腕が強くわたしの腰を引く。

彼自身がわたしの敏感な部分をひときわ強く突いた時、わたしの限界は来た。

「ああっ!」

わたしが声を上げるのと同時に、彼自身がわたしの中に欲情をほとばしらせるのが分かった。



ハルカはシュウに後ろから抱かれていた。

行為が終わった後も、シュウは彼自身をまだハルカの中に留めたままにしている。

「……早く抜いてほしいかも。」

「まあいいじゃないか。ぼくは気持ちいいし、君だって嫌じゃないだろう?」

「何でそう自信満々に断言できるのよ!」

「君は気付いていないのかい?」

シュウは自分の杖を取って、ハルカに手渡す。

「……何よ?」

「イーブイを呼び出してごらん。どうして、ぼくのフライゴンに攻撃しなかったか説明してあげるよ。」

ハルカはひとまずシュウとの口論を後回しにして、イーブイを呼び出した。

シュウも杖を受け取り、フライゴンを呼び出す。

「さあ、フライゴンとイーブイの様子を見ていてごらん。それで全てが分かるから。」

ハルカはシュウの言葉通り、二匹に視線を注ぐ。

イーブイはフライゴンに擦り寄っていき、フライゴンもそれを嬉しそうに受け止める。

そして、イーブイを背に乗せ、ひとしきり宙を飛び回って遊ぶと消えた。

「どうして、あの二匹はあんなに仲良しなの?」

ハルカはシュウを振り返って訊く。

「守護霊は、その人間の心から創られている。だから、創った人間の心のままに行動する。」

シュウはハルカの瞳を見つめ返した。

「あの時、イーブイがフライゴンに攻撃しなかったのは、君が本気で逃れようとしていなかったから。」

シュウは杖を置いて言う。

「君はあの時既にぼくを受け入れていた。初めからこうなることを受け入れた上で、ここに入ってきた。君は本気になったら、杖無しでも扉にかけた鍵を開ける呪文くらい使えるだろうから。」

シュウはハルカを抱きしめる。

「君はぼくに抱かれるためにここに来たんだよ。」

そう言って、シュウはハルカの中にある彼自身で、ハルカを突き上げる。

「っ!シュウ!?」

「嫌がっていないんだろう。ハルカ、素直になりなよ。」

イーブイみたいに。

シュウが言わんとすることを察したハルカは、聞こえるか聞こえないかといった声でつぶやく。

「明日、朝早いんだから、少しは睡眠取れるくらいにしておいてほしいかも……。」

「分かってるよ、ハルカ。ようやく素直になったね。正直者にはご褒美を上げよう。」

シュウはハルカの頭を優しく撫でる。

浴室にハルカの喘ぎがまた響くようになるまで、そう時間はかからなかった。



次の日の昼頃、シュウは、ハルカが親友のカナタと何か話しているのを見かけた。

思わず物陰に身を隠し、様子を窺う。

「ハルカ、香水か何か付けてる?」

「香水?ううん、何も付けてないかも。」

「でも何かいい香りがするのよね。花の香りみたいな……。」

その瞬間、ハルカの顔が真っ赤に染まる。

「あ、ハルカ、何か心当たりがあるのね?」

「な、何でもない!何でもないかも!」

「ふーん、まあ、いいけど。」

そう言ってカナタは歩き出す。

ハルカはついていきながら、自分の体の匂いを嗅いでいる。

薔薇の香りを嗅ぎ当てたようで、ハルカの顔はさらに赤くなった。



――実験大成功。

ぼくが作ったのは、香りとともに記憶した物事を、その香りが続く限り、常に思い出させる魔法薬。

ハルカは今日一日、昨日のことを思い出して、ずっと顔を赤らめているんだろう。

ちょうど暇だったから散歩でもしようと思っていたけどやめた。

寮に戻って仮眠を取ろう。

今夜もハルカは浴室に来るだろう。

昨日の快楽が忘れられなくて。

ああ、今夜は冷たい飲み物でも用意しておこうかな。

彼女がのぼせたりして、楽しみが中断したりしないように。

夜は長いよ、ハルカ。



ぼくは今夜の計画を練りながら笑みが浮かんでくるのを押さえられそうになかった。

 

 

 

 

 

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