ほら、花びらの舞う音が聞こえる

 

 

 

 

 

 

 

「旅に出ようと思うんだ。」

シュウの言葉に、わたしはその場に立ち尽くした。




「どうして……。」

わたしはそれしか言うことが出来なかった。

「ぼくの夢はトップコーディネーターになることだ。だから、世界を旅して腕を磨く。」

シュウは目を輝かせて言う。

わたしは無言で俯いた。

シュウの夢を追う顔を見ていられなくて。



「アゲハント、シュウが旅に出ちゃうんだって……。」

ここはわたしの部屋。

モンスターボールから出したアゲハントは、いつも止まっているわたしの頭の上に落ち着いた。

「シュウともう一緒にいられなくなっちゃうんだ……。」



シュウとわたしは出会いからして最悪だった。

いつだったか、公園でアゲハントとコンテストの練習をしていると、嫌味たっぷりに話しかけてきて。

その口ぶりにあまりにも腹が立ったから、バトルを挑んだけどあっという間に負けてしまった。

それまで誰にも負けたことが無かったから、本当に悔しくて情けなくて。

彼に負けてからしばらくして、この町でコンテストが開催された。

もちろん、わたしはアゲハントと参加したんだけど――そこに彼もいた。

ロゼリアで華麗に技を決める。

わたしは思わず彼の演技に見惚れた。

彼とは決勝でバトルした。

アゲハントも頑張ったんだけど、彼のロゼリアは強くて、わたしはまた負けてしまった。



そのコンテストの後、シュウが同じ学校の生徒だと知った。

しばらく前に遠い町から転入してきたらしい。

彼は学校でわたしを見かけると、必ずと言っていいほど嫌味を言ってきて。

だから、わたしも最初は彼に対抗意識を燃やしていた。

でも、彼がコンテストに傾ける情熱は並大抵のものではなくて。

彼がコンテストのためにロゼリアと一緒に練習しているのを偶然見てからは、彼のことがもっと知りたくて、わたしは彼を目で追っていた。

彼は美しいものが好きだった。

美しいものを見て、美しいものに触れ、美しいものを創り出すことが好きだった。



いつの間にか、シュウがコンテストの練習している時、わたしはいつも彼の傍にいるようになった。

「ハルカはコンテストが好きなのかい?」

シュウが本当は優しい人なんだって知ったのもこの頃。

「好きよ。この町のコンテストにはいつも出てる。」

「ぼくもこの町に来る前は、いつも自分の町のコンテストに出ていたよ。」

シュウはこの町に引っ越してきてしばらくはコンテストに出ていなかったらしい。

だから、わたしが初めて負けたコンテストは、彼のこの町でのデビュー戦だった。

「公園で初めて君とバトルして、また君と戦いたくなった。だから、出る予定の無かったコンテストに急遽出場したんだよ。」

でもね、と彼は続ける。

「君のことはずっと見ていた。君がいつもアゲハントと練習しているのも、君の出ていたコンテストも、ずっと。」

わたしは彼の次の言葉を待った。

「公園で初めて君に話しかけた時、ぼくがどれだけ緊張していたか知らないだろう?」

彼はとても嬉しそうに傍らに座るわたしに笑いかけた。



シュウが旅に出ると言ったのは、わたしにとって彼の傍にいるのが当然になった頃だった。

学校の屋上で、彼はわたしに言った。

夢を追いかけたいと。

「アゲハント……。」

だったら、わたしの夢は何なのかな。

綺麗なものは好きだし、コンテストに出るのは好きだけど、それだけなのかな。

わたしは頭の上からアゲハントを下ろして抱きしめた。

「分からないよ、アゲハント……。」

どうしたらいいのか。シュウのこと。自分のこと。



シュウは旅に出ると言った後、学校からいなくなってしまった。

本当に旅に出たわけではなくて、前に住んでいた町のトップコーディネーターが一月ほどシュウを指導してくれるらしい。

だから、わたしも決めた。

シュウがいない間に、わたしも自分が本当に何をしたいのか探してみよう。



わたしはアゲハントとがむしゃらにコンテストの練習をした。

朝から晩まで技を磨き、魅せ方を研究して、どうしたら美しくなれるのかを追いかけた。

彼のように。

そして分かったのは、わたしの世界は小さいということ。

わたしのアゲハントは美しい。

でも、シュウのロゼリアに出会うまで、ロゼリアの美しさは知らなかった。

わたしは自分の周りにあるものの美しさしか知らない。



シュウの傍にいられなくなってから随分経ったような気がする。

実際はまだ一月経っていないんだけど。

だから、シュウはまだ帰ってこない。

……会いたい、な。

彼のことを寝る前に考えていたせいか、まだ夜が明け切らない内に目が覚めてしまった。

ぼんやりとカーテンの隙間の薄暗い空を見やる。

なんとなく、なんとなく彼に会えるような気がした。

だから、ベッドから降りて窓まで歩み寄る。

カーテンを開けて外を見ると、本当に彼がいた。



「シュウ!いつ帰ってきたの!?」

家の外に出ると、以前と変わらない彼の笑顔があった。

「昨日の夜遅くだよ。もう教わるべきことは全部教わったから帰ってきたんだ。」

嬉しそうに彼は言う。

「どうしてもハルカに会いたくて、こんな時間に来てしまった。でも、君は出てきてくれたね。」

シュウはわたしの手を取った。

「一緒に来てほしい所があるんだ。」

そう言って、朝霧の立ち込めた町をシュウは歩き始めた。



連れて来られたのは大きな樹のある高台だった。

「こんな所に来てどうするの?」

「まあ見ていなよ。すぐに分かるから。」

シュウは東の空を見つめている。

わたしもシュウと同じ方向に顔を向けた。

空が赤みを帯びてきたと思うと、太陽が雲の間から顔を出した。

「ハルカ、上を見てごらん。」

「え?――わあっ!」

先程まで緑の葉しかなかった樹に、白い花が咲き始めていた。

見ている内に次々と花は開き、樹は白く彩られていく。

「シュウ、これは……?」

「日の出と共に咲き、日が昇りきる前に散ってしまう珍しい花だよ。この町に来た次の日に見つけたぼくの秘密の場所。」

上を向いたままでシュウは言う。

「この町を出ている間、君がいなくてとても寂しかった。ぼくは自分の夢を叶えるためにこの町を出たのにね。」

沢山の白い花をつけた樹がサラサラと揺れる。

シュウがわたしの顔を見て言った。

「ぼくの夢には君が必要なんだ。」

その言葉の直後、強い風が吹いた。

思わず髪を押さえて目を閉じる。

恐る恐る目を開けた時、わたしの目に飛び込んできたのは、沢山の白い花びらが風に乗って舞い散る光景だった。

――ああ、とても綺麗。

わたしが知らないだけで、世界にはこんな美しいもので溢れている。

もっと見たい。もっと触れたい。創り出してみたい。

「ハルカ、ぼくと一緒に行こう。」

彼と共に。

「うん!」

わたしはシュウに抱きつく。

シュウもわたしを強く抱き返してくれた。



わたしの夢をやっと見つけた。

美しいものを、美しいものを抱える世界を、美しい世界を見て歩くこと。

そんな世界を教えてくれたシュウと一緒に。

ずっと、ずっと、一緒に。

 

 

 

 

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