祭りは終わって夜も更けて

 

 

 

 

 





「ちょっと待てえぇぇぇぇっ!!!」

全国各地でそんな叫びが上がったのは午後8時42分のことだった。




今日の夕方、ジョウトグランドフェスティバルは大喝采の中、幕を閉じた。

決勝戦は数年来のライバルがしのぎを削る激戦で、決勝の名に恥じないバトルだった。

優勝者はシュウ、美しさにさらに磨きをかけたバトルで勝利を手にした。

準優勝者はハルカ、惜しくもタイムアップでシュウに負けてしまったが、美しく勇ましいバトルは会場を湧かせた。

シュウはリボンカップを掲げ、ハルカはそれを祝福した。

今回の祭りも終わったのだ。



その夜、グランドフェスティバル恒例の立食パーティーが開かれていた。

ジョウトグランドフェスティバルはシロガネ山で開かれているため、空気や水がとても美味しい。

当然、食も進むもので、参加者は皆こぞって料理に手を伸ばしていた。

「あれ、お姉ちゃんは?」

ジョウトまで応援に来ていたマサトが辺りを見回す。

しかし、いつもなら率先して食べていそうなハルカの姿がない。

「ハルカだったら湖の方へ行くのを見たぞ。」

マサトの問いに、同じく応援に駆けつけたかつての旅仲間であるタケシが答える。

「こんな時間に湖に?」

「まあ、シュウもそっちにいるんじゃないか?あの二人、いつもグランドフェスティバルが終わった後は会ってるみたいだし。」

「それは本当ですかー?」

「うわっ!?」

突然声をかけてきたのは、グランドフェスティバルの司会、ビビアン&リリアン姉妹。

今回は夢の姉妹実況が実現したのだ。

アタックしようとするタケシを押さえ、マサトは答える。

「はい、お姉ちゃんとシュウは数年前に出会った時からのライバルですから。」

「それは美味しいわねー。」

語尾にハートマークが付きそうな口調でビビアンが言う。

「優勝者、準優勝者の二人が揃っている絵なんて、なかなか撮れないわ!姉さん、急いで湖に行くわよ!」

「クルーの皆さんも急いで急いでー!」

そっくりな姉妹は大勢のテレビクルーを引き連れ慌しく去っていった。

「何だったんだろう……?」

マサトはぽかんとして、それを見送っていた。



「シュウ。」

ハルカは湖に顔を向けて佇んでいるシュウに声を掛けた。

「やっぱり来たね、ハルカ。」

シュウは振り向かずに返事をする。

「シュウ、グランドフェスティバル優勝おめでとう。」

「……ぼくにとっては優勝も一つの通過点に過ぎない。ぼくの目指すものはまだまだ遠い。」

「それでもお祝いくらいしたっていいでしょう?」

数年前から何も変わらないシュウの台詞にハルカは笑う。

「これでまた大きく差をつけられちゃったかも。でも、次は負けない。」

ハルカはシュウに近づき、その背に額を預ける。

出会った頃は同じくらいだったのに、久しぶりに会った彼は自分よりも随分視線が高くなっていた。

「シュウ、次のグランドフェスティバルで待ってて。必ずあなたに追いつくわ。」

「……もう待てない。」

「え?」

振り返ったシュウは、ハルカの肩を掴んで自分に引き寄せた。

「ハルカ、君が好きだ。」

君と出会った時からずっと、ずっと。

シュウの腕の中で、ハルカは顔を赤く染めた。

「グランドフェスティバルで優勝できたら、君に告白しようと決めていた。」

だから、もう先に行って待つなんてしない。

君の手を取って一緒に歩くと決めたから。

「ハルカ……。」

シュウがハルカの頬に手を添える。

「返事を聞かせて。」

ハルカは赤くなったままだったが、シュウの目を真っ直ぐに見て言った。

「わたしもシュウが好きよ。」

出会った時から、あなたは気になって気になって仕方のない存在だった。

「シュウ、大好き。」

ハルカはぎゅっとシュウに抱きつく。

シュウもハルカを強く抱き返した。

シュウは顔を離し、ハルカに視線を合わせた。

ハルカはその意味を正確に捉え、静かに目を閉じる。

シュウも目を閉じ、二人の顔はゆっくりと近づいて――。

「おーい、ハルカー!」

唐突に離れた。

「な、何事!?」

急いでシュウを突き飛ばして離れたハルカが声を上げる。

こちらに走ってきたのはサトシだった。

「探したぜ、ハルカ!早く戻ってこないと美味いもん全部無くなっちゃうぜ!」

「君という人は……。」

シュウが額に手を当て、サトシを睨み付ける。

「何だ?オレ、何かしたか?」

「ああ、十分ね。」

地の底を這うような声でシュウが唸る。

鈍感で空気の読めないサトシは、頭の上にクエスチョンマークを飛ばすばかりだった。

「まあ、とにかく戻ろうぜ!」

サトシは先に立って歩き出す。

ハルカとシュウは目を合わせて苦笑いした。

「残念だったけど……まだわたし達には早いかも。」

「そうだね……。」

二人も会場に向かって歩き出した。



「ねえ、シュウ。何かみんなこっち見てない?」

「優勝者と準優勝者だから見られるのは当然なんだけど、それにしても多いな。ニヤニヤ笑いも混じってるような気がするし。」

ハルカとシュウがパーティ会場に戻ると、何故か皆二人に注目していた。

直接声を掛けてはこないものの、何か言いたげに笑ったりしている人もいる。

そこへ駆け寄ってきた人物がいた。

「シュウ君。」

「サオリさん。」

今回のグランドフェスティバルにも参加していたライバルの一人、サオリである。

「残念だったわね。でも、シュウ君って見かけに寄らず情熱的なのね。」

「は?」

シュウは思わず間抜けな声を上げる。

そこへ――。

「ハールカちゃーんっ!」

トラブルメーカーことハーリーもやって来た。

「げげっ!ハーリーさん!?」

ハーリーはハルカの傍まで来ると、機嫌良さげに言う。

「ファーストキッスはお預けなんてハルカちゃんらしいわー、うふふふふ!」

「なっ!?」

一瞬にしてハルカの顔が真っ赤になる。

「どうしてそれを……。」

シュウが搾り出すように問うと、

「あの大画面で生中継されてたわよ。」

にっこり笑って、サオリが会場に備え付けられていた画面を指差す。

「何でテレビなんかに!?」

「それは私達が隠し撮りしてたからー!」

後ろから聞こえてきた声に振り向くと、司会の双子がニコニコしながら立っていた。

背後にはテレビカメラだの集音マイクだのが勢ぞろいしている。

「全く、さっきはいいところで邪魔が入っちゃったわ。その時の会場の皆さんの悲鳴、私達のいる所まで届いたわよ。」

リリアンが本当に残念だというように頬に手を当てる。

ギャラリーもリリアンの言葉にうんうんと頷いていた。

「何だ、お前達、何かやってたのか?」

鈍感キングのサトシが置いてけぼりをくらっている。

そこへマサトがやって来た。

黒い笑みを浮かべて言う。

「サトシ、グッジョブ!」

立てられた親指に、シュウの頭の中で何かが切れた。

「……カメラ、まだ回ってますよね?」

「ええ、優勝者と準優勝者にインタビューしようと思ってたから、全国に生中継されてるわよ。」

「だったら好都合です。」

シュウはハルカの方を向くと、その頬を手で挟み、カメラに見せ付けるように口付けた。

「ちょっと待てぇっ!」

本日午後9時7分、マサトと――主にトウカシティとラルースシティで上がった叫びは、会場を中心に全国各地で上がった歓声にかき消された。



「ママ、今すぐジョウトに行くぞ!」

「あらあら、明日もジムの対戦予約は一杯じゃなかったの?」

「キャンセルだ、そんなもの!どこの馬の骨とも分からんヤツに娘をやれるか!」

「あらあら、シュウ君も大変ねー。」



「ハルカちゃんの唇がー!」

「ショウタ、諦めるんだね。シュウ君が相手じゃ敵わないよ。」

「リュウ……お前、冷たいな。」

「そんな事より、シュウ君が彼女をご両親に紹介しに連れて来た時にまた会えるかもね。その時が楽しみだなぁ。」



「みんなの見てる前でキスするなんて……シュウのバカ。」

「いいじゃないか。キスするのに早すぎるなんてことはないんだし。」

「さっきと言ってることが違うかも……。」

「君が好きだからだよ。」

シュウの二度目の口付けは、今度も大歓声と少しの悲鳴を巻き起こした。

 

 

 

 

 

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