おしゃべりマナフィ   「あいしてる」



 

 


マナフィはポケモンだ。

でも、人間とも会話ができる。

ハルカが生まれてからずっと優しく話しかけてきてくれたから。

海の神殿アクーシャで暮らすようになってから、話す相手はポケモン達ばかりで、人間の言葉を話す機会なんて全く無かったけれど。

でも、ハルカはまたマナフィのところに来てくれた。

そうして、前と同じようにマナフィに優しく話しかけてくれる。

マナフィはもっともっとハルカと話したかった。

それにハルカの連れてきたシュウとも。

でも、マナフィは人間の言葉を少ししか知らない。

だから、マナフィはもっともっと二人と話すために、もっともっと言葉を覚えたかった。






「マナフィ、そろそろ寝るわよー。」

「マナー。」

ハルカがベッドを整えて寝る準備を終わらせて、ソファーにいるマナフィに呼びかけてくる。

ぴょんとソファーを飛び降りたマナフィはちょこちょこ部屋を移動してハルカの足元まで駆けていった。

「ハルカ、だっこー。いっしょねるー。」

「はいはい。」

マナフィがパタパタ手を動かしてハルカを見上げると、ハルカは笑顔で抱き上げてくれた。

そのまま一緒にベッドに上がってコロンと横になる。

「マナフィ、ちゃんとシーツをかぶるのよ。寒いと風邪ひいちゃうから。」

「マナー。」

ハルカがシーツを上げてくれるので、マナフィはハルカの胸にきゅっとくっつく。

多分、「かぜ」というものは、「シーツ」をかぶらないで「さむい」と「ひく」ものなのだ。

ハルカにくっついていると、とても気持ちがいい。

多分、これを「さむいじゃない」と言うのだろう。

「マナフィ、さむいじゃないー。ハルカすきー。ハルカとシーツ、ハルカすきー。」

「わたしをシーツよりも温かいと思ってくれるのね。嬉しいわ、マナフィ。」

「あたたかいー?」

「寒くないってこと。」

やっぱり、マナフィの思っていた通り、ハルカは「さむいじゃない」で「あたたかい」なのだ。

マナフィはもっとハルカにくっつく。

柔らかい胸に抱きついていると、トクトクと優しい音がした。

ハルカがマナフィの頭を撫でてくれる。

すぅと眠りの世界に行こうとした時、もう一つ声がした。

「マナフィはもう眠った?」

「シュウ。」

ハルカの声がマナフィの内側から聞こえる。

ハルカがシュウと呼んだ相手。

ハルカと違ってちょっと低い声だけど、ハルカと同じ優しい声の持ち主。

「もう眠ったのか。ぼくがお風呂に入ってる間に特等席を独占して眠ってしまうなんて……。」

「一言目と二言目の”もう眠った”の響きが微妙に違うかも。」

ハルカがクスクスと笑う。

その振動が心地良くマナフィを揺らした。

「笑い事じゃないよ、ハルカ。君と一緒に寝られるのはぼくだけの特権だと思ってたのに。」

マナフィの頭を撫でていた手の温かさが変わる。

お風呂から上がったばかりのシュウの手は熱く、それもまた気持ちよかった。

「この腕だって本当はぼくしか抱いちゃいけないし、この胸だって本当はぼくしか触れちゃいけないんだよ?」

「じゃあ、マナフィからわたしを取り上げるつもり?」

楽しげにハルカが訊くと、シュウの苦笑いの気配がした。

「起きてる時ならともかく、眠ってる時まで君の取り合いをする気は無いよ。安心し切って眠る子どもからママを取り上げるほど、ぼくは悪人じゃないからね。」

「立派なパパへの第一歩ね、シュウ。」

「マナフィのパパもいいけど、たまには君の恋人になりたいものだね。」

ベッドに重みが加わったと思ったら、すぐに先程の手と同じ熱さを全身に感じた。

「シュウ、ちゃんと髪を乾かさないと風邪引くわよ。」

「よく拭いたから大丈夫だよ。それに君達はとても温かい。」

「もう!ホントに風邪引いても知らないかも!」

「そうならないよう、ちゃんと湯たんぽを抱きしめておくよ。」

きゅっとハルカの体ごとシュウに引き寄せられる。

「おやすみ、ハルカ。愛してるよ。」

「わたしもよ、シュウ。おやすみ……。」

ハルカの言葉が途切れたかと思ったら、もうすぅすぅと寝息が聞こえてきた。

シュウはしばらく起きていたようだけど、こちらもあまり経たない内に穏やかな呼吸を始める。

しかし、マナフィは目が冴えて眠れなくなってしまっていた。

シュウが最後に言った「あいしてる」という言葉が気になって気になって仕方ないのだ。

人間の言葉を覚え始めて間が無いマナフィにとって、二人の会話は分からないことも多いが、これほど気になる言葉は無かった。

どうして気になるのか。

多分、シュウはハルカを「あいしてる」で、ハルカもシュウを「あいしてる」から。

自分だけ仲間外れにされた気分で寂しくなる。

「あいしてる」って一体なんだろう?

マナフィはむっくり起き上がる。

「ハルカ、おきるー。ハルカー。」

胸をゆさゆさ揺さぶるけれど、ハルカは相変わらず深い寝息を繰り返すばかり。

次にマナフィはハルカの腕を抜け出し、シュウの顔の傍までやってきた。

「シュウー、あいしてるってなにー?シュウ、マナフィにおしえるー。」

顔の前で一生懸命呼びかけると、シュウが小さく唸って少しだけ目を開けた。

「ん……なんだい、マナフィ……?」

「あいしてるってなにー?」

「愛しいってことだよ……。」

「いとしーってなにー?」

「好きってことだよ……。」

「じゃあ、あいしてるとすき、おんなじー?」

「ちょっと違うかな……。」

「どこちがうのー?」

「……。」

「シュウー?」

「……。」

いくら待っても返事が来ないと思ったら、シュウはまた眠ってしまっていた。






翌朝、マナフィは今までで一番遅く目を覚ました。

目が覚めたら、いつもの大きな庭園だった。

「あら、やっと起きたのね。おはよう、マナフィ。」

「おはよー、ハルカ……。」

ハルカの膝の上からきょろきょろと辺りを見回す。

「マナフィがいくら起こしても起きなかったから、ここまで連れてきちゃったのよ。」

きっと、昨日のシュウの言葉が気になって眠るのが遅くなってしまったせいだ。

「ハルカ、シュウはー?」

「シュウはあっちよ。」

ハルカの指差した方にはこちらに背を向けて木の実を洗っているシュウがいた。

マナフィはハルカの膝を飛び降りてシュウにちょこちょこ駆け寄る。

「シュウ、おはよー。」

水路に顔を向けていたシュウが振り返る。

「おはよう、マナフィ。よく眠っていたね。」

「シュウ、あいしてるってなにー?」

シュウはビックリしたような顔をした。

「どうしたんだい、マナフィ?ハルカが君にそう言ったのかい?」

「……。」

シュウは昨日の夜のことを忘れているようだ。

よほど眠かったのだろう。

「マナフィ、ハルカは本当に君に言ってしまったのかい?君を愛してるって。」

マナフィが考えていると、シュウが焦れたように訊いてくる。

「んーん、ハルカ、シュウにいったー。」

そう言うと、シュウはニンマリした。

「そうだろう。ハルカはぼくを愛してるんだ。ぼくが一番ハルカに愛されてるのさ。」

「……。」

「あいしてる」というのはとてもいいものらしい。

何だかシュウがものすごく嬉しそうだ。

「シュウ、あいしてるってなにー?すきとどこちがうのー?」

昨日教えてもらえなかったから、今日教えてもらおう。

意味が分かったら、マナフィもハルカに言ってもらって嬉しくなるのだ。

「大好きだってことさ。好きよりもずっと好きってこと。」

「マナフィ、ハルカすきー!すきよりすきー!」

「おっと、マナフィ。愛は一方通行じゃないんだよ。それだけじゃ足りないんだ。」

「たりないー?」

これじゃ嬉しくなれないのだろうか。

「おいで、マナフィ。もっと分かりやすく説明してあげるよ。」

シュウが洗い終わった木の実を持ってハルカの元へ向かう。

草地に置いた布の上に木の実を載せると、シュウはハルカの隣に座った。

「マナフィ、これが愛してるってことさ。」

いきなりシュウはハルカにキスをした。

驚いて離れようとするハルカの後頭部に手を回し、シュウはますますハルカに深く口付ける。

そうこうしている内に、最初は離れようとしていたハルカが何だか大人しくなったようだ。

やっとシュウがハルカの唇を離す。

「ほら、マナフィ。これが愛してるってことだよ。」

その言葉にマナフィはパッと顔を輝かせる。

「マナフィ、ハルカあいしてるー!ハルカとキスするー!」

ぴょんとハルカに向かってジャンプする。

しかし、マナフィがハルカに抱きつく前に、シュウにキャッチされてしまった。

「マナフィ、ハルカにキスするにはね、ハルカに愛されてないといけないんだよ。」

シュウは胸にもたれかかって浅い息を繰り返しているハルカを目で示す。

「ほら、ぼくとのキスが気持ち良かったんだよ。ぼくを愛しているからだね。」

「……。」

ハルカはシュウを「あいしてる」、シュウもハルカを「あいしてる」。

マナフィはハルカを「あいしてる」、ハルカはマナフィを……?

「ハルカ、マナフィすきー!ハルカ、マナフィあいしてるー!」

「それはそうだけどね。やっぱり、ハルカがキスしたいほど愛してるのはぼくだけさ。」

「ちがうー!ハルカ、マナフィあいしてるー!マナフィ、ハルカとキスしたー!」

「でも、こんな風にはなってないだろう?やっぱり、ぼくが一番さ。」

「マナフィ、ハルカあいしてるー!ハルカとキスするのー!」

「いやいや、ぼくの方がハルカを愛してるよ。マナフィは諦めるんだね。」

「ダメー!」

「シュウ、子どもに何てこと教えてるのよ……。」

ハルカの疲れたような呟きを余所に、マナフィはずっとシュウとハルカの取り合いをしていた。

 

 

 

 

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