わたし、負けない! 3 (シュウver.)
あの夜ほど、ハルカがぼくを拒絶したことは無かった。
あまりにも彼女の中が気持ちいいから、調子に乗って何度も求めていたら、彼女は泣いてぼくを押し返した。
そのまま、ベッドに座り込んで泣き続ける。
ぼくはどうしようもなくて、ハルカが泣き止むのを待つしかなかった。
それからぼくはハルカを抱けないでいる。
ハルカを見ていると、あの夜の彼女を思い出すから。
今度、あんなに泣かせたら、ぼくは嫌われてしまうだろう。
それが怖かった。どうしようもなく。
昨日からハルカはぼくの家に泊まり込んで勉強している。
もうすぐテストだから。
ハルカが傍にいると、彼女を抱きたくてたまらなくなる。
でも、それはできない。
嫌われてしまうから。
でも、少しでも彼女の傍にいたかった。
矛盾した感情がぼくの中で荒れ狂っている。
ハルカがぼくの袖を引く。
「何だい、ハルカ?」
ぼくは彼女の顔を見ないようにして答える。
ハルカにぼくの顔を見られたら、この荒れ狂う感情を悟られてしまいそうな気がしたから。
「……何でもない。」
「そうか、なら話しかけないでくれ。」
我慢できなくなってしまうから。
君を抱きたくてたまらない。
ハルカが傍にいるのに、彼女を抱けない。
イライラする。
全てを叩き壊したくなる。
ぼくがイライラしているのがハルカにも伝わっているらしく、ハルカは沈み込んでいる。
……そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
それでもざらつくような感情は収まってくれなくて、ハルカは早々に浴室に逃げてしまった。
「君に嫌われたくないんだ……。」
ぼくはハルカのいない部屋で呟く。
君に嫌われることを恐れず、君を自分だけの物に出来たら、どんなに幸せだろう。
でも出来ない。
そんなことをしようとしたら、君はぼくを嫌うだろうから。
「ハルカ……。」
それでも君を傷つけて抱いてしまいたい。
ハルカと入れ替わるように、ぼくは浴室へ向かう。
彼女と一緒にいると、自分が何をしてしまうか分からなくなりそうだったから。
頭から熱いお湯をかぶる。
彼女が欲しくてたまらない。
彼女が傍にいなくても、もうそれだけしか考えられない。
ハルカが欲しい――。
ぼくはもう一度お湯をかぶった。
部屋に戻ると、ハルカはテーブルに向かって勉強していた。
だから、ぼくはベッドで教科書を読む。
彼女と同じテーブルについて平常心を保っていられるほど、ぼくの心は強くなかった。
ベッドに寝転んでいると、ハルカの顔が視界に入ってこなくていい。
でも、やっぱりハルカが気になる。
顔が見えなくても、その息遣いや仕草が感じられて……。
さっきから教科書をめくる手は止まったままだ。
「シュウ……。」
ハルカがぼくの名前を呼んでも返事ができない。
そんな声で呼ばないでくれ。
ぼくがどれだけ自分を律するのに苦労しているか、君は知らないだろう。
でも、そんなぼくの苦労を粉砕するかのごとく、ハルカはベッドに上がってきて、挙句の果てにぼくの胸にポスンと頭を預けた。
何とか理由をつけて、ハルカに退いてくれるよう言う。
しかし、ハルカは駄々をこねて、なかなかぼくの上から退こうとしない。
それどころか、最近のぼくの態度について言及してきた。
君を傷つけたくないのに。
ぼくは突き放すようにしか言えない。
君に嫌われたくないから。
ハルカは寂しそうにぼくの名を呼ぶ。
応えられなかった。
「!?」
ハルカがぼくの上着のボタンに手を掛ける。
何を――?
「抱いてよ、シュウ……。」
ハルカが泣きそうな声で言う。
そんな声でそんなことを言わないでくれ。
君はあの夜、今のような声で抱かないでと懇願していたのに。
ハルカはぼくがどれだけ突き放しても、ぼくに抱かれようとしていた。
ハルカがぼくの胸に唇を落とす。
ぼくは表情に出ないよう、感情を抑えるのに必死だった。
もう教科書など、持っていても意味が無い。
今すぐ投げ捨て、ハルカを抱いてしまいたい。
でも、それは出来ない。
嫌われたくないんだ。
「!!」
ハルカがぼくの胸を口に含んだ。
男でもこうすると感じるのか……。
ハルカの口はあまりに熱く、ぼくは自分の力が抜け落ちていくのを止められなかった。
教科書で何とか目元を隠し、手を投げ出す。
それでもハルカはぼくの胸を舐め続けていた。
ハルカの肢体がぼくの体に絡みつく。
いつもぼくが抱いている体だ。
抱く度に思う。
美しく、柔らかく、優しいと。
ぼくはそれを傷つけたいと思っている。
ハルカを傷つけたくないのに。
ポタリと胸に熱い雫が当たった。
「ふっ……えっ……。」
ハルカが――泣いてる。
ぼくが――泣かせた?
あの夜のように?
あの夜も君はずっと泣いていて――どんなに抱きしめても、頭を撫でても泣き止んでくれなくて。
怖かった。君が遠くへ行ってしまうのが。
ぼくは恐怖で動けなくなる。
それでも、ハルカはぼくに抱かれようとしていた。
いくら感情を抑えても、この体はハルカを覚えている。
それをハルカに悟られてしまった。
ハルカは嬉しそうにぼく自身を舐める。
やめてくれ――そんなことをされたら――
ぼくは君を抱き潰してしまうだろう。
「ハルカ……。」
何とか彼女の名前を呼んで起き上がる。
早く止めないと、抑えがきかなくなってしまう。
ぼくの理性はもう切れる寸前だ。
ハルカはぼくの顔を見て花が咲いたように笑う。
君はどうしてこうも――。
「聞き分けが無いんだ?」
「だって……!」
ハルカの熱い手がぼくの上着を掴む。
そうして、ぼくの胸に顔を押し付けて泣き始めた。
――君はあの時もそんな風に泣いていた。
どうしようもなく辛くて我慢できなくなって、ぼくは彼女の頭に手を伸ばす。
あの夜のように撫でてやると、彼女はしばらくぼくの胸で泣き続けた。
ハルカは何故ぼくが彼女を求めなくなったのか問いかけてくる。
君はあの夜のことを忘れてしまったわけではないだろう?
ぼくの答えに、ハルカは戸惑っているようだった。
そうだろう。君を泣かせまいとして、結局泣かせてしまった。
涙の質は違うけど、君を泣かせたのはぼくだ。
だから、ぼくは――君に嫌われてしまう。
しかし、ハルカの次の言葉は信じられないものだった。
ぼくに抱かれると、快楽でおかしくなってしまいそうで怖かったとハルカは言った。
それでも、君はぼくを求めてくれるのか。
ぼくはハルカの目にたまっていた涙を唇で掬う。
ハルカがぼくを求めてくれている。
なら、ぼくも抑えていた感情を解放してやろう。
「おいで、ハルカ。」
ぼくの言葉に、ハルカは笑みを浮かべて、ぼくに抱きついてきた。
突き上げ、犯し、抱き潰して、ハルカの中に何度も欲望を吐き出す。
それでも足りない。
自分の欲望にキリが無いのを初めて知った。
ハルカは絶頂に達する度に意識を飛ばしている。
それでも目覚めて最初にぼくを見て笑ってくれる。
そして、ぼくに抱いてと言ってくれる。
ぼくは朝が来るまで彼女を求め続けた。
「爽やかな朝だね。」
自分でも気味が悪いほどに笑っているのが分かる。
頬が緩むのを止められないのだ。
「ほとんど寝てないし、腰が立たないんだけど……。」
ハルカもその言葉とは裏腹に、嬉しそうな顔をして笑っている。
「しかも、今日はテストだよ。大変だね、ハルカは。」
ぼくのコンディションは最高。
やっぱり、テスト前は一夜漬けよりも、好きなことをして過ごすのがいい。
楽しいことをして気分が弾んでいると、それにつられてテスト中も頭の回転が速くなりそうな気がするし。
「ハルカ、もう少し時間があるから、もう一回する?それともお風呂に入れてあげようか?」
「その両方じゃダメ?」
「もちろん大歓迎だよ。」
ぼくはまたハルカに覆いかぶさり、彼女に口付けた。
「ま、満点……。」
後日返却されたぼくのテストを見て、ハルカはとても驚いていた。
ぼくも驚いているよ。
「全教科満点なんて、シュウほんとに人間?」
「やっぱり、ぼくの日頃の行いがいいおかげだね。」
それと君の。
「ハルカだって、かなりいいじゃないか。いつものぼくなら負けるのを覚悟してないといけなかったね。」
「あー!そうなのよ!シュウにまた負けたー!」
ハルカは本気で悔しがっている。
「これはぼくの愛の方が大きいという証拠だね。」
「そんなことないわよ!次こそは絶対負けないんだから!」
ハルカの嬉しい宣戦布告に、ぼくは笑みを浮かべた。