タンゴよりも情熱的に  〜琥珀色の午後〜

 

 

 

 

 

 

狼の彼はとある子猫に恋をしている。

黒くて小さな可愛い子猫。

一緒にいるだけで自然と笑顔になれる。

彼は甘えてくる子猫を撫でてやるのが大好きだった。






「おいで、ハルカ。」

草の上に座った彼が子猫の名を呼ぶと、子猫は軽い足取りで駆けて来た。

猫耳と尻尾を嬉しそうに動かして、彼の手に擦り寄る。

ここはホグワーツ魔法学校の敷地にある大きな湖の傍。

天気は良いが、湖を渡る風が冷たいせいか、彼と子猫の他には誰もいない。

午後は授業が無くて一人で退屈そうにしている子猫を見つけた彼は、こっそり子猫を連れて湖のほとりにやってきたのだ。

本当は温かいホグワーツ城の中が良かったのだけれど。

彼と子猫はホグワーツでは一緒にいることが出来ないから。

冷たい風が吹く湖でも、彼の魔法を使えば、ふわふわな子猫と狼の出来上がり。

彼は子猫の柔らかくて温かい体で暖を取っていた。

「ハルカ、三時のおやつでもどうだい?」

頭を撫でてやりながら言うと、食べることが大好きな子猫はパッと顔を輝かせた。

「何があるの?」

ワクワクした目で自分を上目遣いに見上げてくる子猫の頬を一撫でする。

ローブから杖を取り出して、空中から紅茶の入ったカップを二つ取り出した。

「はい、まずは君の好きなミルクティーだよ。熱いから気をつけて。」

湯気の立つカップを一つ子猫に手渡す。

彼は自分のカップに口を付けてみた。

うん、なかなか。隠し味に蜂蜜が入っているところがいい。

これなら紅茶にうるさい子猫も喜んでくれるだろう。

もっとも、子猫がこれを飲めるようになるのはもう少し経ってからだけど。

彼は子猫に目を向ける。

注意したにも関わらず、香りに心惹かれたらしい子猫はカップに口をつけて涙目になっていた。

「今の君は猫舌なんだから、そんなに急いで飲んじゃダメだよ。」

「だって……。」

「冷めるまで預かっておくよ。君は火傷しかけたくせに、また飲もうとしてるみたいだからね。」

彼が子猫の手からカップを取り上げると、子猫はしょんぼりと尻尾を垂らした。

「アイスティーの方が良かった?」

「あったかいのが飲みたい……。」

「でも、火傷はしたくないんだろう? だったら、ちょっとは待つことも覚えないと。」

彼だけ紅茶を飲んでいると、子猫が羨ましそうにチラチラ視線を向ける。

「まだ冷めてないよ。」

彼が言っても、子猫は紅茶のカップを見るのをやめない。

「今飲んだら火傷するよ。」

「でも今飲みたいの。」

「ダメだよ。君に火傷させるわけにはいかない。」

「一口だけでいいからー。」

子猫が彼の胸に頬を擦り付ける。

そのまま甘えるように顔を見上げてきた。

彼はため息をつく。

自分がコレに弱いことがどうして子猫にバレてしまったんだろうと。

「……一口だけだよ。」

「うん!」

子猫が嬉しそうに草の上に置かれたカップに手を伸ばす。

彼はその手が届く前にカップを取り上げた。

「いいって言ったじゃない!」

彼は再び子猫のカップをそっと草の上に置いた。

猫耳を横に向けて唸る子猫を撫でる。

「だから、このままだと火傷するって言ってるだろう?冷ましてあげるよ。」

彼は子猫の頭を撫でていた手をずらして顎に回した。

自分のカップのまだ熱い紅茶を一口含み、子猫の顎に掛けた手を引く。

彼の意図を理解した子猫が嬉しそうに彼の唇に吸い付いた。

彼は口の中で冷ました紅茶を柔らかい唇に流し込む。

子猫が美味しそうに小さく喉を鳴らした。

「はい、おしまい。」

唇を離すと、子猫は名残惜しそうに彼の唇を舐めた。

「もっと飲みたいかも。」

「一口って約束だっただろう?」

「もう一口ちょうだい。」

子猫が彼の膝に前脚を掛けて彼を見上げる。

彼は自分の紅茶を音を立てずに啜った。

「ハルカ、聞き分けの無い子にお菓子はあげないよ。」

「お菓子もあるの!?」

子猫が目をキラキラさせて言う。

「紅茶、我慢できるかい?」

「うん!」

「いい子だ。」

彼は子猫を撫で、ローブのポケットから小さな包みを取り出す。

包みを開くと中からマシュマロがころころ出てきた。

彼は真っ白なマシュマロをつまんで子猫の口に持っていく。

子猫は彼の指ごとマシュマロをくわえた。















子猫は狼に恋をしている。

誇りだけじゃなくて気位も高いし、ちょっぴり意地悪な時もあるけれど、とても優しい狼。

一緒にいるだけで心が安らぐ。

子猫はそんな狼に甘えるのが大好きだった。






「シュウ、これ貸して。」

狼の膝に頭を乗せて甘えていた子猫は見上げた視界に映った物に気付く。

身を起こして狼の巻いているマフラーをくわえた。

「君もマフラーしてるじゃないか。」

狼が苦笑して子猫を抱き上げる。

マフラーを口から外されて、めっという顔をされた。

「ぼくもいくら動物になってるとは言え、マフラー無しは正直寒いよ。」

狼が膝の間に座らせた子猫を抱きしめる。

「ほら、これで暖かいだろう?だから、マフラーはあげないよ。」

子猫は狼の広い胸に頬を寄せた。

優しい腕と柔らかな息遣いに小さく喉を鳴らす。

しかし、子猫は顔を上げた。

「でも、わたしの欲しい物はシュウのマフラーなの。」

子猫の言葉に狼は眉を寄せて難しい顔をする。

「聞き分けが無いね、ぼくの子猫は。」

子猫の背中に回っていた腕が一本下ろされる。

その手が子猫の顎に掛けられた。

「マフラーばっかり欲しがる悪い子猫にはおしおきしないといけなくなるよ?」

子猫はその言葉にクスクス笑う。

「嘘ばっかり。シュウはマフラーを欲しがったからって怒ったりしないわ。」

そう、狼はそんなことで怒ったりしない。

わがままを言って甘えても、嫌な顔一つせず、ちゃんと応えてくれる。

紅茶を欲しがった子猫に狼は口移しで紅茶を飲ませてくれた。

マシュマロを彼の分まで食べさせてくれて、まだ熱かった残りの紅茶を全部丁寧に飲ませてくれた。

子猫の大好きな優しい狼。

子猫は狼の肩に手を掛けて伸び上がる。

狼の巻いたマフラーに鼻を擦り付けた。

「いい匂い。シュウの匂いがする。これが欲しいわ。」

狼の首筋に鼻をうずめていると、狼がふと笑う気配がした。

「……いいよ。その代わり、君のマフラーを借りるからね。」

少し体を離される。

狼の手が子猫のマフラーを解いた。

子猫は突然首から入ってきた冷たい風に思わず身をすくめる。

しかし、すぐにふわりと暖かい空気に包まれた。

「はい、これでいいだろう?」

赤と黄色のマフラーを巻いた狼が子猫の頭を撫でる。

緑と白のストライプにくるまれた子猫は狼の手に擦り寄った。

「ありがと、シュウ。」

「どういたしまして。」

狼の腕の中で、子猫は巻かれたマフラーに頬擦りする。

彼の匂いが胸いっぱいに広がった。

子猫はさらにマフラーに頬をすり寄せる。

「そんなに気に入ったのかい?」

ずっとマフラーに頬擦りしている子猫を狼が不思議そうに見ていた。

「うん!」

子猫は元気に返事をする。

「シュウとマフラーは同じだから。どっちも温かくて優しいの。」

そして、子猫は元気に少しだけ寂しさを混ぜてマフラーを抱きしめた。

「それに、こうやってたらわたしの匂いも移るでしょ?そしたら、返してもシュウは寂しくないもの。」

その言葉に狼は複雑そうな顔をして笑う。

「……マフラーじゃなくて、いつでも君自身の匂いを感じられたらいいのにね。」

「でも、今はそれが無理だから。」

だから、せめて少しでも寂しくないように。

子猫は緑のマフラーに口付ける。

それを見ていた狼が子猫の口からマフラーを取り上げた。

「シュウ?」

「マフラーに匂いを付けてもらうのもいいけど、せっかく一緒にいるんだから、ぼくにキスしてよ。」

「マフラーにあんまり匂いが残らなくなってもいいの?」

「ちゃんと残してもらうよ。でも、それは後で。」

狼がぎゅっと子猫を抱きしめる。

「それよりも、今は君の匂いを感じさせて。君でぼくを満たして。マフラーだけじゃなくて、ぼくの体に君を残して。」

髪に顔をうずめる狼が耳元で囁いた。

子猫は微かに頷き、狼を抱きしめ返す。

「君は本当にいい匂いがする……。心が昂って欲さずにはいられない程に。安心して思わず眠ってしまいそうな程に。」

「わたしもそれと同じことを思ったわ。だから、このマフラーが欲しかった。」

子猫は狼に体をすり寄せる。

「でも、こうやってあなたに抱きしめられて、匂いだけじゃなくて、あなたの全てを感じていられるのが一番好き。」

「ぼくもだよ。ぼくも君の全てを感じていたい。」

ふと狼が子猫を抱きしめる腕を緩めた。

首を傾げて狼の顔を見上げた子猫はそのまま狼の唇を受ける。

優しくて熱い、狼そのもののようなキス。

唇を離された時、子猫の目は夢の中を漂うかのようにトロリとしていた。

「眠そうだね。」

頬を撫でてくれる狼の手が気持ちいい。

「キスでそんなに落ち着いてもらうと困るんだけどな。」

「……あなたのキスは火傷しそうな程に熱いわ。」

「紅茶くらい?」

「それよりもずっと。」

子猫は狼の胸に頭を預ける。

「でも、熱いのと同じくらい温かい。この腕の中にいると安心するの。」

「君を食べてしまうかもしれないのに?」

再び狼が子猫をぎゅっと抱きしめる。

「そんなに無防備だと美味しく頂かれてしまうよ?」

子猫はちらりと狼の目を見上げる。

「シュウは獲物の寝込みを襲って美味しく頂いちゃうような野蛮な狼さんだったかしら?」

「もちろん。ぼくはいつだって腹ペコなんだから。」

しかし、言葉とは違って、その目は相変わらず優しかった。

「でもね、狡猾な狼は捕まえてすぐに獲物を食べるんじゃなくて、太らせて美味しくなるのを待ってから食べるんだよ。」

「今のわたしは美味しくないのかしら?」

「とても美味しいよ。でも、数時間我慢すればより美味しくなる。」

狼が腕の中の子猫ごと静かに身を横たえる。

暖かな日差しと狼のおかげで風はどこかへ去っていき、草は柔らかなベッドのように子猫を優しく受け止めた。

「ぼくの可愛い子猫、今は安心して眠らせてあげる。その代わり――。」

狼の続けた言葉に子猫は甘えるように笑い、とろけるような瞳で頷いた。

今は熱さを持たない腕で狼が子猫をローブで包む。

子猫は狼の胸の中で目を閉じた。

 

 

 

 

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