シュウの一番嫌いな日
バレンタインなんて無くなってしまえばいいのに。
シュウはそう思っていた。
真剣にそう思っていた。
小さい頃はそれほどでもなかったが、ホグワーツに入学してからは本気でそう思うようになった。
それもこれもアレのせいだ。
シュウはグリフィンドールの長いテーブルに目を走らせる。
愛しい恋人は、大ホールの天井を埋め尽くすふくろうから届けられた大量のカードや花束に埋もれていた。
これが一日中続くのか。
シュウはため息をつく。
まだ朝食の時間だというのに、これだけのプレゼントが届くということは、夕方にはどれだけの数になっているだろう。
そして、彼女のこと。
彼女は贈られる物は全て受け取る。
単純に物を貰うのが好きということもあるし、プレゼントに込められた気持ちを大切にしているから断るということをしない。
見ているしか出来ない自分がどんな気持ちでいるかも知らないで。
「あの中の何割が本気の告白だと思っているんだ……。」
シュウは八つ当たり気味にトーストを千切る。
彼女はモテる。
ひたすらモテる。
異性だけではなくて同性にもモテる。
シュウと同じスリザリン監督生のワカナが彼女にカードを贈ったのをシュウは知っている。
スリザリンの談話室で熱心に文面を考えていた。
グリフィンドールとスリザリン、二つの寮はお世辞にも友好的とは言えないが、それはあくまで寮と寮の関係であって、個人的な交流には当てはまらない。
と言うよりむしろ、彼女や自分には当てはまらない。
現に自分にもグリフィンドールの女子生徒からラブレターがよく届く。
本気ではないだろうが。
グリフィンドール生とスリザリン生の恋愛は禁じられている。
その禁を破ってまで自分に近づくグリフィンドール生は、彼女を除いていないだろう。
要は興味本位、または学校の人気者への手っ取り早い擬似恋愛ということである。
そうやって恋愛しているという気分に浸るのだ。
シュウは苦い気持ちで同じ味のコーヒーをすする。
それはいい、まだいい。
本気で恋愛感情を抱いていないのなら、彼女へのプレゼントにも目をつぶろう。
問題は、本気で彼女に恋愛感情を抱いている輩である。
彼女は自分のものなのだ。
今のホグワーツでは一緒にいられないだけで、彼女の隣に在るべきは自分なのだ。
彼女に触れていいのは自分だけなのだ。
「それなのに……。」
本日のオススメ、ハムのレタス巻きが手の中で潰れる。
それを知らない輩が彼女に言い寄る。
言い寄るだけではなくて手を握ったり顔を近づけたりもする。
それも一度や二度ではない。
シュウは彼女が自分のものだと宣言できないのをとても歯がゆく思っていた。
ホグワーツの規則がこれほど憎いと思ったことはない。
そして、そんな規則があるために、この日まで憎むようになってしまったのだ。
この日、2月14日、バレンタインデー。
世間一般で恋人達の日と言われるこの日は、男性が好意を寄せる女性に花やカードを贈る日とされている。
極東にあるどこかの国では、女性が男性にチョコレートを贈る日だとマグルの菓子売りが広めたせいで、その国の魔女もマグルのやり方に染まっているらしいが。
少なくとも、バレンタインの本場のこの国では未だに男性から女性にプレゼントを贈るのが主流である。
もちろん、女性から男性に贈る例もある。
しかし、彼女がいるせいで、現在のホグワーツでは女性から女性に贈るのがブームになっていた。
つまり、この日は彼女に贈り物が集中するのである。
自分に来ないのは楽でいいが、こんなことなら自分がプレゼントに埋もれていた方が精神的にはずっと楽だった。
もう一度、グリフィンドールのテーブルを見る。
プレゼントの群れは彼女を覆い尽くしていた。
「ハルカさん、遅いわね。欠席かしら?」
朝食の数時間後、魔法薬学の教室ではグリフィンドールとスリザリンの合同授業が行われていた。
シュウは魔法薬学教師のサオリの軽い口調にイライラする。
サオリもどうして彼女が遅れているのか分かっているに決まっているのだ。
「モテモテねー、ハルカさん。今頃告白されたのはいいけど断れなくて困ってるのかしら?」
「……サオリ先生、不謹慎ですよ。」
声が低くなるのを止められない。
「あら、ハルカさんってとっても可愛いじゃない。告白しようとする男子生徒が10人や20人いてもおかしくないわ。」
1人や2人なら分かるが、どうして10人や20人なのだ。
それだけ彼女が他の男の目にさらされているかと思うと、それだけで目の前が真っ赤になるような錯覚に襲われる。
そんなシュウに気付いているのかいないのか、なおもサオリは朗らかに続ける。
「プレゼント贈ったら素敵な笑顔で受け取ってくれそうじゃない?ハルカさん、いつも笑顔だけど、その笑顔はその人だけに向けられたものでしょうから、ハルカさんに本気で恋をしていなくても、一見の価値はありそうね。」
やめてくれ、本気で。
グリフィンドールだけではなくて、スリザリンの男子生徒まで目の色を変え始めた。
「何バカなこと言ってるんですか、サオリ先生!」
ガタンと音がする。
振り向くと、彼女の親友であるカナタが椅子を蹴倒して立ち上がっていた。
顔を真っ赤にして、激しく怒っているようなオーラがにじみ出ている。
親友が色ボケ教師の話のネタにされているのが我慢できなくなったらしい。
いいぞ、ガツンと言ってくれ!
本気で怒ると怪しまれるため、抗議できないシュウは心の中でカナタにエールを送る。
カナタはドスドスと足音も荒く、サオリの元に歩み寄った。
ビシッとサオリを指差す。
「ハルカは私のです!手を出したら許しませんよ!」
思わず額を机にぶつけてしまった。
しかし、ゴンというかなり大きな音は、同時に上がった二度目の椅子を蹴倒す音にかき消される。
「何を言ってるんですか!ハルカさんは私のものですわ!」
「あらあら、ワカナさんったら情熱的。」
サオリがニコニコ笑う前で、ワカナとカナタのハルカ取り合い合戦が開始される。
「ハルカは私の親友よ!あんな可愛い子、誰にも渡さないわ!」
「ハルカさんが可愛いというのは認めます!でも、ハルカさんはあなたのものじゃありません!」
女の子二人が教室のど真ん中で睨み合う。
それを温かく見守る魔法薬学教師。
止めてください、サオリ先生。
「スリザリン監督生は引っ込んでなさいよ!あの子はグリフィンドールのものよ!」
そうだそうだ!とグリフィンドール陣営から男女混合の応援が上がる。
「欲しいものは奪い取ってこそ!ハルカさんは我がスリザリンが必ず頂きますわ!」
ワカナさん、君はそんなキャラだっけ?
「ふん!よく言うわね!一年生の頃、シュウ君の認めてたハルカを倒して自分がシュウ君に注目されたがってたクセに!」
それを考えれば、ワカナもスリザリンにふさわしいと言えるかもしれない。
「シュウ様ファンとしてシュウ様に見てもらいたいのは当然ですわ!でも、そこでハルカさんの魅力に気付いたんです!今ではどっちも同じくらい好きですわ!」
「私はハルカ一筋よ!グリフィンドールはみんなハルカ一筋!スリザリンの出る幕は無いわ!」
「一筋のどこが偉いんですか!欲しいものは二つでも三つでも自分のものにする!それこそが偉大なるスリザリンの教えですわ!」
ワカナがクルリとスリザリン生達に顔を向ける。
「あの可愛いグリフィンドールの象徴をスリザリンが所有する。素晴しいと思いませんか?」
ニッコリ笑って物凄いことを言う。
しかし、ハルカ自身の魅力に加え、グリフィンドールの象徴というオプションが付いたため、グリフィンドールに対抗意識を持つスリザリン生は一気に盛り上がった。
「グリフィンドール監督生を我が手に!」
あちこちからそんな言葉が連呼される。
シュウは頭を抱えて突っ伏した。
「遅れてすみません!」
二つの勢力が睨み合う中、ようやく彼女が教室に駆け込んできた。
大きな百合の花束を抱えている。
「ハルカさん、待ってたわ。これで授業を始められるわね。」
授業なんて出来る状態じゃありません、先生。
シュウの周りではヒートアップしたスリザリン生とグリフィンドール生が一触即発の危機を迎えている。
こんな状態で魔法薬学の授業を始めでもしたら、まず間違いなくみんな手を滑らせてお互いに薬品をかけまくるだろう。
「ハルカ、その花束は誰に貰ったの?」
カナタがずずいっと彼女に詰め寄る。
「え、えーと、レイブンクローの最上級生……。」
その迫力と顔の近さに後ずさりながらも、彼女はつっかえつっかえ答えた。
「誰ですか?」
ワカナもカナタと並んで詰め寄る。
それは自分も知りたい。
シュウも心持ち身を乗り出す。
二人に追い詰められた彼女はたった今入ってきた教室のドアに背中を貼り付かせた。
「こらこら、二人とも。無理やり聞き出すのは良くないわよ。」
余計なことに、サオリが口を挟んできた。
シュウを含め、教室中の鋭い視線がサオリに集中する。
「少なくとも、相手が授業に遅れそうになって困ってるのに気付かない男なんて気にする必要は無いわ。そうやってハルカさんを怯えさせるよりも、プレゼントで気を引く方が建設的よ。」
しかし、笑顔で放たれたサオリの言葉に教室は沸き立った。
また余計なことを……!
「そうですよね、サオリ先生!」
歯噛みするシュウの前で、カナタがローブのポケットから何かを取り出す。
その手にあるのは可愛らしい小袋。
彼女の手を両手で包み込むようにして、彼女に握らせた。
「カナタ?」
「三本の箒だけに一日三袋限定のバタービールキャンディーよ。ハッピーバレンタイン、ハルカ。」
「わあっ!」
その言葉に、彼女は嬉しそうに声を上げる。
「これ、とっても食べてみたかったの!ありがとう、カナタ!」
「どういたしまして、ハルカ。」
頭を撫でてやっているカナタに腹が立って仕方が無い。
ハルカの髪に触れていいのはぼくだけだ!
いつもなら、女同士の友情に腹など立たないが、今日という日は違う。
こんな場面が何度もあっては、自分は憤死してしまうかもしれない。
「ハルカさん!私のカードは受け取っていただけましたか!?」
ワカナがカナタを引き離すようにして間に割り込む。
言われた彼女はきょとんとしていた。
「ワカナから?来てないけど……。」
「そんな!?」
ワカナが愕然とした表情を浮かべる。
「薔薇の絵柄のカードです!ふくろうにちゃんと届けてくださいねって一時間みっちりお願いしたのに!」
それが原因で届いてないんじゃないのか。
「薔薇の絵柄のカード?ああ、それだったら……。」
彼女がポケットから取り出したのは、まさしくシュウがスリザリンの談話室で見たカード。
「それです!」
「朝一番で届いたの。でも、名前が無かったから誰かと思っちゃった。……筆跡違ってたし。」
「え?」
「ううん!何でもない!」
最後にポツリと呟かれた言葉は誰の耳に入ることなく消える。
それを誤魔化すように、彼女は目の前の二人に抱きついた。
「カナタもワカナもありがとう!とっても嬉しいかも!」
喜ぶ彼女に、二人も顔をほころばせる。
その可愛らしさに教室はほんわかした空気に包まれた。
「さ、そろそろ授業を始めるわよ。三人とも席について。」
サオリがパンパンと手を叩いて授業を開始しても、その空気は教室を満たしていた。
ただ一人、シュウの放つ鋭い針のようなオーラを除いては。
バレンタインなんて大っ嫌いだ!
シュウは夕食のテーブルにゴブレットを叩きつけた。
シュウのイライラはとうの昔に臨界点を突破している。
朝食の時は、本気で恋愛感情を抱いていない人間からのプレゼントには目をつぶるとか恋人特有の傲慢な余裕を持っていたような気もするが、そんなものは魔法薬学の教室に置いてきた。
あの授業の後、本格的にグリフィンドールとスリザリンは戦争に突入した。
彼女をどちらの寮が得るか。
単純明快な目的により、古来より続く二つの寮の確執が一気に表に出たような状態である。
勝敗は簡単、このバレンタインで彼女により多くの笑顔を向けてもらった寮の勝ち。
それにより、二つの寮の生徒が雪崩を打って彼女にプレゼントを贈り出したのだ。
グリフィンドール生は自分の寮の象徴を誇り、狡猾な蛇に彼女を奪わせないために。
スリザリン生は勇気ある獅子の誇りを喰らい、彼女を自らに縛るために。
何より、両者とも最近とみに美しくなってきた彼女の笑顔を見るために。
ハッフルパフとレイブンクローのお祭り好きな生徒も乱入して、バレンタイン大戦は熾烈を極めていた。
普段は朝食の時しか飛んでいないふくろうが未だに飛び回っている。
廊下ですれ違う度、彼女はプレゼントを抱えているのか、包装紙が歩いているのか分からない有様だった。
そして、プレゼントを貰っては笑顔の大安売りをする。
そのせいで、それまではただ自分の寮を勝たせたいだけだった人間が本気で笑顔に惚れるという事態まで発生した。
しかも十数件。
これは自分が目撃した件数なので、実際はもっと多いだろう。
どうしてこんなにモテるんだ!
シュウはメインのステーキにフォークを突き立てる。
彼女はグリフィンドールのテーブルでひっきりなしにやってくる客人の対応に追われていた。
それでも、時たまパッと花が咲いたように笑う。
だから、笑顔を振りまくのをやめてくれ!
寮の仲間に言われて渋々彼女にプレゼントを渡しに行ったスリザリンの男子生徒が顔を真っ赤にしている。
渡すな惚れるな顔を赤らめるな!
シュウはステーキを力任せにナイフで切る。
この日ばかりはホグワーツの全てが憎くてたまらない。
一番憎たらしいのは彼女。
彼女はグリフィンドールとスリザリンの戦争など全く知らずに笑顔でプレゼントを受け取り続けている。
こちらがどんな気持ちでいるかも知らないで!
シュウは肩に力を入れて手を動かし続ける。
ステーキは細切れになっていた。
「こ、これでミーティングを終わります……。」
夜の監督生ミーティング。
大戦に加担しなかった数少ない良識人、もう一人のグリフィンドール監督生のトオイがその終了を告げる。
いつもに比べてかなり短かったようだし、何かに怯えるようにバタバタと会議室を飛び出していったような感じだが、多分気のせいだろう。
「なあなあ、カスミ。シュウのヤツ、何をあんなに怒ってるんだ?」
「あたしが知るわけないでしょ!それよりもサトシ、逃げるわよ!」
ハッフルパフの二人がそれに続く。
ちなみに、レイブンクローの監督生二人ともう一人のスリザリン監督生は来ていなかった。
ワカナはスリザリンの総大将として、グリフィンドールとずっと睨み合っているため。
レイブンクローの二人は無断欠席である。
カスミが「さすがはレイブンクロー、頭いいわね。あたし達もバカ正直に出るんじゃなくて欠席すれば良かった……。」と嘆いていたことから、どうもサボリのようだった。
サボる人間のどこが優秀なんだ。
シュウは書類を睨み付けながら憤る。
別に今日中に片付けなければいけない書類ではなかったが、寮に近づくと馬鹿馬鹿しい戦争に巻き込まれるため、監督生棟に留まっているのである。
それからもう一人留まっている人間が。
「シュウ、どうしてそんなに怒ってるの……?」
向かいに座った彼女が恐る恐る問いかけてくる。
シュウは革張りのソファーに寄りかかったまま、書類を読み続けた。
「シュウ、返事してよ。」
彼女の顔を書類で遮る。
見たくない。
「シュウ。」
無視していると、彼女の立ち上がる気配がした。
すぐに書類を持つ手を掴まれて脇にどけられる。
「邪魔しないでくれ、ハルカ。」
彼女――ハルカはシュウの鋭い視線にも怯まず、シュウの手から書類を奪ってテーブルに置いた。
そして、シュウの膝に乗り、胸にゆっくりと抱きつく。
「シュウ、どうしてそんなに怒ってるの?」
「君には――。」
「関係無くないでしょ。わたしに怒ってなかったら、二人っきりの時、シュウいっつも抱きしめてくれるもん。」
書類を奪われてからそのまま下げられているシュウの手をハルカは恨めしそうに見つめる。
「今日はせっかくのバレンタインなのに……。」
シュウはその言葉に朝からの怒りがせり上がってくるのを感じた。
「へえ、そのバレンタインを君は十分楽しんでいるように見えたけどね。」
「……見てたの?」
「あれだけ目立っていればね。」
「……じゃあ、どうしてシュウはプレゼントくれなかったの?」
ハルカがシュウの胸に顔をうずめる。
シュウはそれを面倒くさそうに引き剥がした。
「あれだけ貰ったら、ぼくからのプレゼントなんてどうでもいいだろう。ぼく以外の人間にあんなに笑顔を振りまいていたくせに。」
「なっ……!」
「君はぼくなんてどうでもいいんだろう?」
膝に乗っていたハルカを隣に乱暴に放り投げる。
テーブルに置かれた書類に手を伸ばした。
しかし、その手が書類に届くことは無かった。
シュウはソファーに膝立ちしたハルカに平手打ちされていた。
「な……。」
赤くなっているであろう頬に手を当て、ハルカを見上げる。
「何を――。」
「シュウのバカ!わたしの気持ちも知らないで!」
「なっ……!」
一気に頭に血が上る。
「それはぼくのセリフだ!他の人間にあれだけ笑いかけておきながら!」
ソファーから立ち上がり、ハルカを鋭く見下ろす。
しかし、ハルカも負けじとこちらを睨みつけていた。
「わたしはシュウからプレゼントが欲しかった。」
怒りで肩を震わせながら、ハルカが低く呟く。
「このホグワーツにいる限り、わたしはシュウから堂々とプレゼントを受け取ることが出来ない。たとえバレンタインデーでも。」
その声に怒り以外の何かが混じり始めた。
「あなたとの関係を隠して、あなたを好きでも何でもない振りをしないといけない。どんなに愛していても……。」
言葉が詰まり出す。
声が細まり消えてしまいそうなのを必死で堪えていた。
「でも、今年は違った。どうしてなのか分からなかったけど、他の三つの寮の友達だけじゃなくて、スリザリン生も沢山プレゼントをくれた。それに紛れていたら、あなたからのプレゼントも堂々と受け取れると思った。」
しかし、どれだけ我慢していても止められない雫は頬を伝い落ちた。
「だからわたしは待ってた。あなたが来てくれるのを楽しみに。あなたがただのスリザリン生の振りをして、それでも手にプレゼントを持って来てくれるのを待ってた。そう考えるだけで笑顔になれた。なのに……。」
言葉は続かなかった。
シュウはソファーに座り込んで嗚咽を漏らすハルカを呆然と見下ろしていた。
彼女はぼくに何て言った?
ぼくは彼女に何を言ってしまった?
彼女は泣くほどにぼくを想ってくれているのに、ぼくは何を――。
シュウはソファーに膝をついた。
涙を拭うハルカの手をそれぞれの手で捕らえると、ハルカは身をよじって逃げようとした。
「いやっ!シュウなんて大っ――。」
その手をソファーの背もたれに押し付け、シュウはハルカに深く口付けた。
首を振って拒絶を示すハルカにそれでも唇を合わせる。
「やっ……。」
ハルカが息を切らしながら顔をそらした。
こちらを見ようともせずに、ポロポロと涙を零し続けている。
シュウはそっとハルカの手首を離し、代わりにハルカの体を抱きしめた。
「ごめん。」
暴れて逃げようとするハルカの体をきつく抱き寄せる。
「君がそんな風に思っていてくれたなんて知らないで、ぼくは酷いことを言ってしまった。」
ハルカの抵抗が少しだけ弱くなった。
シュウはハルカを抱きしめたまま、先程までのようにソファーに座り、膝にハルカを乗せる。
「君はぼくをとても大切に想ってくれていたのに、ぼくは君のことを誤解していた。」
ハルカの顔を自分の胸に押し当て、その柔らかい髪を撫でた。
「ごめん。」
彼女に対する暴言は謝って許されるものでは無いけれど。
それでも。
「本当にごめん、ハルカ。」
泣いているハルカから返事は無い。
それでも、シュウは彼女を抱きしめたまま髪を撫で続けた。
「……謝っても許してあげないんだから。」
ずっとそうしていると、ようやくハルカから返事があった。
「うん。」
シュウは静かに頷く。
「みんなが見てる前でくれないと受け取ってあげないんだから。」
ぐすぐす鼻をすすりながら、ハルカはシュウの胸の中で呟き続ける。
「うん。」
シュウはそれに一言だけ返事をする。
「すっごいプレゼントくれないと口きいてあげないんだから。」
「うん。」
「カードも添えてくれないとお礼言わないんだから。」
「うん。」
「今日中にくれないとシュウのこと嫌いになっちゃうんだからね。」
「それは困るから、今日中にあげるよ。」
シュウは腕を解き、ハルカの頬を手で挟む。
「大ホールで待っておいで、ハルカ。そこならまだみんなも沢山いる。プレゼントを持って君に会いに行くよ。」
赤くなった目元に唇を落とす。
「君にプレゼントを贈ろうとする不埒な輩の一人になって、君にぼくの愛を届けるよ。」
もう一度、唇を合わせると、今度は優しく応えてくれた。
「……じゃあ待ってる。大ホールであなたが来てくれるのを待ってる。」
唇を離してハルカが膝から降りる。
「あなたに嫉妬されるくらいの人気者になって、たった一人のあなたを待つわ。」
「それはあんまり歓迎したくないけれど。」
シュウは大ホールに行こうと立ち上がったハルカを見上げる。
その手を掴んでもう一度胸に引き寄せた。
「涙が乾くまで一緒にいよう。大ホールに行くまではぼくだけの人気者でいて。」
そのままぎゅっと抱きしめると、ハルカはしばらくもぞもぞ動いていたが、自分のくつろぎやすい姿勢を見つけてシュウに体を預けた。
もたれかかってくる温かい重みにシュウは微笑む。
「ハルカ、愛してるよ。」
彼女は相変わらずモテ続けるだろうけど。
プレゼントの包装紙は相変わらず彼女を覆っているだろうけど。
来年も再来年も自分は嫉妬に狂っているだろうけど。
それでも、泣き虫の恋人の笑顔は自分だけに向けられているものだから。
「笑って、ハルカ。」
今年から少しだけこの日が好きになれそうだ。