君の笑顔は好きだけれど

 

 

 

 

 





ああ、やっぱり。

ぼくが思っていた通り、彼女は全く元気が無かった。

ここはフェンネル谷のポケモンセンター。

ぼくは彼女とコンテスト用の舞台で話をしていた。




彼女と最後に会ったのは、カントーグランドフェスティバル最後の夜。

その前に会ったのが、彼女がぼくに勝った直後の控え室。

ぼくは彼女の傍に行って、彼女に握手を求めた。

彼女の美しいバトルを素直に褒めたのは初めてだったかもしれない。

彼女の手は力強くぼくの手を握り返した。

そうやって話していたら、彼女の次の対戦相手が決定した。

その相手がサオリさんだったからアドバイスをしたんだけど。

でも、彼女は負けてしまった。

ぼくに勝った彼女が、ぼくに初めて勝った相手に負けた。

別にそれが不思議だったわけじゃない。

サオリさんがとても強いことはよく知っている。

でも、彼女だったら……と思わされていたのも事実。

ぼくは自分でも呆れるくらい、彼女に入れ込んでいるから。

でも、ぼくが気にしているのはそんなことじゃなかった。

画面に映る彼女は俯いた後、黙ってサオリさんに頭を下げた。

俯いているから顔は見えない。

でも、彼女がそうやって顔を上げていないとき、どんな顔をしているのか簡単に予想がつく。

彼女はいつだって前を見据えて歩いているんだ。

そんな彼女が下を向いている。

ぼくは控え室を出た。




廊下に響く彼女の足音。

その前に聞こえていたのは3つの足音。

彼女の仲間達がバトルを終えて戻ってくる彼女を待っていた。

彼女の足音がやむ。

彼女の仲間達が一言ずつ賞賛の言葉を贈った。

それに応える彼女の声が震えている。

そして数瞬後、彼女は大きく泣き出した。

ぼくは彼女に見つからないよう廊下の角に隠れていた。

腕を組んで静かに彼女の泣き声を聴く。

一瞬ではなく数瞬のためらいがあったのは何故だろう。

……理由なんて十分わかっている。

彼女が泣けるのは、彼女の仲間の前だけなんだ。

心を許す仲間だけが彼女の泣き顔を見ることを許される。

彼女は数瞬の間にぼくの姿が無いことを確認していたんだ。

ぼくがいなかったから、あんなに泣いている。

もし、彼女の前に現れたのが彼女の仲間ではなくてぼくだったとしたら、彼女はどんな反応を見せただろう。

その答えが最後に会った時の彼女の顔。

彼女はぼくがサオリさんに言付けた薔薇を持って、ぼくを追いかけてきた。

……彼女に会いたくなかったから、サオリさんに頼んだのに。

彼女は笑顔でぼくに再会の約束を求めてくる。

ぼくは彼女の顔を見つめた。

その顔には昼間の涙の跡なんてどこにも無い。

ただ、ぼくにまた会えることを少しも疑っていない顔で微笑んでいた。

そう、微笑んでいた。




新しいポケモンをGETしたのはフェンネル谷。

新しい仲間はバタフリー。

バタフリーの顔を見ていると、初めて会った時、彼女が連れていたポケモンを思い出す。

アゲハント。

バタフリーと同じちょうちょポケモンのアゲハント。

どうしてぼくはフェンネル谷でちょうちょポケモンをGETしているんだろう。

そりゃ、このバタフリーはとても美しい羽を持っているんだけど。

でも、このバタフリーを見つけた瞬間、GETを心に決めたのは、美しい羽を持っていたからだけではないのは自分がよく分かってる。

あの時の彼女の笑顔が目の前をちらついて離れない。

フェンネル谷に来ているのだって、彼女と別れて階段を下りている時、彼女の仲間達が話しているのが聞こえたからだ。

……ぼくは彼女を追いかけてきたんだ。

あの時、彼女は微笑っていたけれど、ぼくはそんな顔を見せてほしいわけじゃなかった。

笑顔の彼女なんて見たくなかったから、黙って去ろうとした。

なのに、彼女はぼくを追ってきた。

そして微笑む。

その微笑みは微笑みのままで。

じっと見つめていると、彼女は怪訝そうな顔をした。

そんな顔をされるのも困る。

彼女を安心させるために、ぼくも笑い返した。

それに、何だかんだ言っても、やっぱりまたコンテストで会いたかったしね。

そうしたら彼女は花が咲いたように笑った。

その笑顔はいつも通りの笑顔だった。

そう、いつも通りの笑顔。




……ぼくだって、彼女の笑顔は好きだ。

いつでもどんなときでも笑っていてほしいと思っている。

でも、ずっと笑ってばかりの人間なんていない。

どんなに笑っているように見えても、そうじゃないときだってあるんだ。

今みたいに。




君はぼくのことを考えていたらぼくがやってきたから驚いたと言ったね。

なるほど、君はぼくが君の前に現れたのは偶然だと思っているのか。

本当は君を追いかけてきたんだよ。

今まで君がぼくを追いかけてきていたように。

歩いていると、君の足音が聞こえてくるのが心地良かった。

それがすぐ後ろで聞こえるようになって焦った時もあったけど。

でも、こんな風に追いかけるのも悪くない。

ほら、もう追いついた。

もたもた立ち止まっていたら、あっという間に追い越してしまうよ?

そして、どんどん君との距離を開けてしまうよ?

君はそれでもいいのかい?

……やっぱり、ぼくの方が嫌かな。

君がこの間の敗戦を引きずっているんだったら、ぼくがそれを振り払ってあげるよ。

勝つか負けるかはまだ分からないけれど、ぼくは負ける気は無いよ。

それでも負けたら、また君を追いかけてあげる。

でも、ぼくが勝ったら、君は顔を上げて、前を見据えて歩いて。

ぼくを追いかけて、ぼくが追いかけているものを一緒に追いかけよう。

だから、ぼくと戦って、ハルカ。




コンテストバトルはぼくの圧勝。

バトルが終わった後、ぼく達はフェンネル谷に沈む夕陽を眺めながら話をしていた。

ハルカは夕陽に顔を向けたままで言う。

「やっと追いついたと思ったのに、また離されちゃった。」

ぼくは答える。

「立ち止まっている暇は無いからね。」

そう、立ち止まっている暇なんて無い。

ぼくが目指しているのはトップコーディネーター。

立ち止まることは自分を見つめ直すということだから、立ち止まること自体が悪いわけではないけれど。

でも、それだって、ずっと立ち止まっているわけにもいかないだろう?

ハルカもそれを理解したみたいだ。

落ち込んでいた時の影なんて、もうどこにも見当たらない。

ハルカは見失っていたトップコーディネーターになるという目標を取り戻した。

ぼくが以前ハルカに言った言葉をその唇で紡ぐ。

自分にしかできない方法でポケモン達を輝かせたいと。

ああ、またハルカは歩き出すんだろう。

顔を上げて、前を見据えて、夢に向かって一歩一歩。

だったら、ぼくは先に行ってるよ。

一緒にジョウトへ行こうなんて言ってあげない。

君の夢は君が追いかけるしかないんだから。

君は君のやり方で、ぼくはぼくのやり方で。

それでもぼくらが行くのは同じ道。

君はきっと追いかけてくる。

夢を、そしてぼくを。

いつかまた会おう、ハルカ。

その時、君は今よりもずっと美しくなっているだろう。

君の手で輝かせたポケモン達。そして君。

でも、ぼくだってそれは同じ。

いつかまたバトルしよう、ハルカ。

君が勝ったら、ぼくを惹き付けてやまない笑顔で喜んでくれ。

それは君がまた一歩夢に近づいたということだから。

そして、君に負けたことで、ぼくがまた一つ大きくなれるということだから。

君が負けたら……その時はぼくの胸で泣いてほしい。

ぼくは君の笑顔が好きだよ。

でもね、君の笑顔は好きだけれど、それだけが好きなわけじゃないんだ。

君が笑顔だけでなく、泣き顔も見せてくれるような人間になりたい。

君の中の特別に。

君が自分の全てをさらけ出してもいいと思ってくれるような存在に。

君の全てを受け止められるような男に。

ぼくの胸で泣いて、ハルカ。

そして、思いっきり泣いたら、もう泣かないで。

また顔を上げて笑って。

そして、夢へ向かって歩いて。

ぼくの背中に向かって走って。

追いかけて、追いかけられて、共にずっと。





「ありがとう、シュウ!きっとまた追いつくから!必ず追いついてみせるからね!」

君の声が追いかけてくる。

「……ありがとう、か。」

お礼を言うのはぼくの方。

より自分を磨き、ポケモン達を磨きたいと思わせてくれた。

君は言ったね、君のライバルはぼくだと。

ぼくのライバルは君をおいて他にいない。

そんな君がまた歩き出した。

ならば、ぼくも立ち止まることなく歩き続けよう。

そして、またいつか出会えたら、薔薇をあげる。

再会の挨拶でも、演技への賛辞でも、ただの皮肉でも、何でもいい。

どう受け取ってくれても構わない。

ただ、君に薔薇を贈ろう。

ぼくが認めた唯一の君に。

「またね、ハルカ……。」

ぼくは後ろを振り返ることなく歩いていった。

 

 

 

 

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