風邪引きさんの事情 (後編)

 

 

 

 

 





ぼくの風邪が治ってからちょうど一週間。

今度はハルカが風邪で学校を休んだ。

一週間も経っているから、ぼくの風邪が移ったというわけじゃないんだろうけど。

普段健康な人ほど、風邪を引いたらきついと言うし。

……心配だな。

学校が終わったら、お見舞いに行こう。

元気なハルカがぼくの傍にいないとつまらない。



「シュウ?」

学校帰りにハルカの家に寄ったら、ハルカ本人が出てきた。

「寝ていなくて大丈夫なのかい?」

薄いパジャマ一枚の彼女に聞いてみる。

何か上に羽織った方がいいんじゃないだろうか。

「うん、熱も大分下がったし。ただ……。」

ハルカは不安そうに続ける。

「今日はパパが仕事の都合でいなくて、ママはマサトと一緒に小学校の旅行に行っちゃってるからわたし一人なの。健康な時だったら大丈夫だったんだけど……。」

「ふうん……。」

ぼくは立ち話をしていたハルカの家の玄関から出る。

「ま、待ってよ、シュウ!せっかく来てくれたのに、もう帰っちゃうの!?」

ぼくの服の裾を掴んで、ハルカはぼくを引きとめようとする。

その顔には寂しさが浮かんでいた。

ぼくはハルカの頭を撫でた。

「大丈夫、すぐに戻ってくるよ。一旦家に帰って必要な物を取ってくるだけだ。」

「え、戻ってくるって……?」

「一週間前はお世話になったし、今夜はぼくが君を看病しよう。」

「いいの……?」

ハルカが驚いたように言う。

両親はぼくが友達の看病に行くと言っても止めないだろう。

その辺は理解のある両親だから。

実際は友達じゃなくて恋人なんだけど。

「大丈夫だよ。だから、ぼくが戻ってくるまで大人しく寝てるんだよ。」

ぼくは自分の家に急いだ。



風邪の看病に必要だと思われる物を買い込んで、ハルカの家に戻ると、彼女はベッドで寝息を立てていた。

だから、勝手に家に入らせてもらったんだけど。

とりあえず買ってきた物を脇に置いて、ベッドに寝ているハルカの傍に行く。

額に手を当ててみると、彼女の言う通り、高熱はなかった。

ただ、油断できるような熱でもない。

何より風邪は熱が下がりかけている時が肝心と言うし。

その時、彼女がふと目を開けた。

「シュウ……?」

「ごめん、起こしてしまったかい?」

「ううん、来てくれて嬉しい。」

ハルカは額に当てていたぼくの手を取って、頬をすり寄せる。

ぼくは手を彼女の思うままにさせておいた。

「ハルカ、今日はずっと寝ていたのかい?」

「うん、朝は起き上がれないくらいだったの。でも、午後になって大分落ち着いてきたかな。」

ぼくはハルカから手を離すと、買ってきた物を手に取った。

「何か食べられる物を作ってくるよ。その様子だとほとんど食べていないんだろう?」

「うん、でも、食欲なかったし……。」

「だめだよ。ちゃんと食べないと、良くなるものも良くならない。」

ぼくはハルカの部屋の扉に向かう。

「ぼくが戻ってくるまで、ちゃんと布団をかぶって大人しくしているんだよ。」

「何度も言われなくても分かってるかも……。」

「言い返せるならもう平気かな。」

ぼくは台所に歩いていった。



「ほら、口を開けて。」

「じ、自分で食べられるかも!」

ぼくがハルカに卵粥を食べさせようとしても、ハルカは恥ずかしがってなかなか食べてくれない。

「風邪を引いたときくらい素直になりたまえ。ほら、あーん。」

「シュウがあーんって……。」

呆れたようにハルカは呟く。

そのうち観念したのか、大人しく口を開ける。

ぼくは吹き冷ました卵粥を口に入れてやった。



ハルカはシャワーを浴びる元気もないらしく、お風呂に入ろうとしなかった。

だから、お湯に浸したタオルで彼女の身体を拭こうとしたんだけど。

「じ、自分で出来るかも!」

ここでも彼女は自分ですると言い張った。

「ほら、そんな我侭言ってないで大人しくしなよ。」

彼女のパジャマを脱がせようとボタンに手を掛けると、彼女はぼくの手を握って止めた。

「お願い、シュウ……、自分でやらせて……。」

その手が微かに震えている。

「……分かったよ。」

ぼくは彼女のパジャマから手を離し、部屋を出て行った。



ぼくだけシャワーを浴びて、ハルカの部屋に戻ると、彼女はやはり横になっていた。

ぼくが傍まで行くと、彼女はわずかに視線を上げる。

「もう寝るかい?」

「うん……。」

「分かった。」

ぼくが自分の服を脱ぎ出すと、ハルカは慌てて起き上がった。

「な、何で服脱いでるのよ!?」

「一週間前に言っただろう?君が風邪を引いたときは裸で添い寝してあげるって。」

「け、結構かも!」

「病人は看病してくれてる人の言うことを聞くものだって君も言ってただろう?それに、人肌は布団よりもいいと思うよ。」

ぼくは服を全部脱いだ後、ベッドに上がり、彼女の服を脱がせようとした。

でも、彼女はぼくの手を掴んでそれを拒む。

「さっきもそうやって服を脱がされるのを嫌がっていたね。一体どうしたんだい?」

「……変な気分になるの。」

「変な気分?」

ハルカは目を伏せて続ける。

「身体が震える。熱が上がったような感じがする。胸がざわざわする。」

彼女は顔を上げた。

「シュウに抱いてほしくなる……。」

熱で上気した頬と潤んだ瞳でぼくを見つめてくる。

ぼくは堪らなくハルカが愛しくなって、思わず彼女を抱き締めた。

「軽く汗をかく程度だからね。」

「うん、一回だけでいいから……。」

「じゃあ、まずは服を全部脱いでしまおうか。」

ぼくは再び彼女の服に手を掛けた。



翌日、ハルカの熱はすっかり下がっていた。

「ぼくの看病のおかげだね。」

「そうかも。ありがとう、シュウ。」

「どういたしまして。」

ここでぼくは彼女の顔を覗き込む。

「ハルカ、してほしいことがあったら早めに言わないといけないよ。特に、あんなお願いはね。」

「なっ!?」

ハルカの顔が熱を出していた時のように赤く染まる。

「でも、あんな我侭ならいつでも大歓迎だよ。健康になったんだから、あの続きでもするかい?」

「や、やらないかもー!」

部屋にハルカの声が響く。

これならもう大丈夫だろう。

ハルカはこれくらい元気な方がちょうどいいよ。

 

 

 

 

 

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