平安恋物語絵巻

 

 

 

 

 

 

 

「姫、どうか私と結婚してください。」

直衣姿の男性が俯いている女性に求婚する。

「駄目です……私と貴方の家は敵同士。私達は結ばれてはいけないのです……。」

姫と呼ばれた十二単姿の女性は悲しそうに首を振る。

「姫……貴女を愛しているのです。もうこの気持ちはどうしようもない。」

それでも彼は諦めきれず、姫君に手を伸ばす。

そして――。





「カーット!!」

体育館に監督のカナタの声が響き渡る。

舞台の上で貴公子を演じていたシュウは、ハルカに伸ばしていた手を止め、カナタを見た。

「何だい、結構上手くいってたのに。」

「違うのよ、ハルカの表情が!」

「え、わたし!?」

重そうな十二単を引きずって、ハルカは舞台の縁までやって来る。

「どこが悪かったの?」

監督席から立って、舞台まで駆けてきたカナタに問いかける。

「ハルカ、ここはね、この舞台でいっちばん大事なとこなんだから!」

カナタはびしりと指を突きつける。

「求婚された姫は、禁じられた恋と、それでも貴公子への止められない想いに揺れ動くのよ!その表情が!」

なってないのよおっ!と拳を振り上げ、カナタは力説する。

「確かに、今のハルカの表情はただ戸惑ってるだけって感じではあったね。」

シュウも舞台の縁まで来て言った。

「うう……、そんなこと言われても分かんないわよ。」

ハルカは頭を抱える。

現代の自由な恋愛観の中で育ってきたハルカには、家の反対で禁じられてしまう平安時代の恋愛というのが今ひとつ分からないのだ。

「とにかくハルカ!分からないんだったら、姫の気持ちになってみなさい!」

「お姫様の気持ちが分かったら苦労しないかも……。」

気落ちしたハルカは、とぼとぼと舞台の中央まで戻る。

「仕方ないわねー、じゃあ、貴公子の求婚シーンはここまでにして、ハルカが舞うシーンの練習にするわ。」

小道具班の一人がハルカに駆け寄り、扇を渡す。

「ハルカ、準備はいい?」

「うん、舞なら自信あるかも!」

シュウは舞台から降り、観客席の一つに座った。

カナタはトランシーバーを取り出し、音響班に指示を送る。

「準備OKよ。ではスタート!」

カナタが丸めた台本を振り下ろす。

スポットライトがハルカに当たり、スピーカーから雅な音楽が流れ出す。

天井から落ちてくる紙吹雪の中、ハルカはゆっくりと舞う。

優美に、華麗に、扇を掲げ、袖を振る。

シュウの隣にカナタが腰を下ろした。

「舞はなかなかなのよね、ハルカ。」

「そうだね。振り付けもいい。」

直衣に皺を寄せないよう気をつけて、シュウは腕を組む。

「貴公子が舞姫に恋するのは、この舞を見たからよ。こだわるのは当然でしょう?」

「監督である君の劇にかける熱意とこだわりようには脱帽するよ。」

「そりゃそうよ!」

カナタはシュウの言葉を受けて語りだす。

「学園祭の大トリはこの劇なのよ!しかも、今回は学園一の美男子シュウ様が主役!その相手役のハルカも男子に大人気!注目されないはずがないわ!」

シュウは苦笑いを浮かべる。

「だから、シナリオが出来た時点で、ぼくとハルカが主役に決まっていたわけか。」

いきなり主役をやれと言われた時は驚いた。

しかも拒否権なし。

「いいでしょう?それとも、シュウはハルカの恋人役を他の男子に取られたかったの?」

「それはお断りだね。」

シュウは即答する。

「で、実際、シュウから見てどう?この舞で観客の心を掴めると思う?」

不安げにカナタが聞く。

自信満々でハルカに指示を出していても、やはりどこか不安なのだろう。

「大丈夫だと思うよ。舞姫の踊るシーンは演出も良くできてるし、何より――。」

シュウは不敵な笑みを浮かべる。

「このぼくが惚れ直すくらいだからね。」

「ノロケを聞かされちゃたまらないわね。」

シュウの台詞に今度はカナタが苦笑いを浮かべる。

「シュウが貴公子を上手く演じられるのはハルカを好きなせいね。」

「その論理でいくと、ハルカも舞姫を上手く演じられるはずなんだけど。」

シュウとカナタが話している内に、舞は終わった。





「あー、難しいかもー!」

学校からの帰り道、シュウとハルカは公園のベンチに座って、クライマックスのハルカの表情について話していた。

「まあ、確かに、自分じゃない人間の気持ちになれっていうのは難しいけどね。」

その言葉に、ハルカは隣に腰掛けるシュウの顔を覗き込む。

「どうしてシュウは貴公子を上手く演じられるの?」

「それは貴公子の設定に理由がある。」

シュウはカナタとの会話を思い出した。

「貴公子は舞姫に一目惚れして、ずっと舞姫だけを見てきた。家の勧める縁談も断ってね。」

シュウはハルカの頬に手を当てる。

「それだけ舞姫が好きだったんだよ。」

シュウの真剣な瞳に、ハルカは思わず赤くなった。

「で、でも、舞姫は迷ってるじゃない!貴公子のこと、本当に好きなのに。」

何とか話を逸らそうとして、ハルカは急いで言葉を紡ぐ。

「舞姫はね、貴公子だけじゃなくて、家族のことも大切に思ってるから迷ってるんだよ。」

シュウはハルカを抱き寄せた。

「貴公子が好きなだけだったら、駆け落ちでも何でもすればいい。貴公子はそれだけの覚悟をしている。」

舞姫だけを大切に想っているから。

「でもね、舞姫がそうしないのは、他の人のことも大切に想っているからだよ。」

ハルカの頭を優しい手が撫でる。

「自分が貴公子とどこかへ行ってしまったら家族が悲しむ。だから、舞姫は迷うんだ。」

「そんなの可哀相だよ……。」

舞姫は皆を愛しているだけなのに。

ハルカがシュウの背に回した手で、シュウのシャツを掴む。

シュウは自分の胸に顔をうずめているハルカを強く抱きしめた。

「ぼくは誰に反対されても君をぼくのものにする。」

シュウの言葉が直接ハルカに響く。

「でも、君はそうじゃないだろう?家族に反対されたら、やっぱりどうしていいか分からなくなって迷うだろう?」

ハルカはシュウの胸の中でコクリと頷く。

「それが舞姫の気持ちだよ、ハルカ。優しい舞姫はそうやって迷って悩むんだ。」

でもね、とシュウは続ける。

「最後には、家族も貴公子と舞姫の仲を認めてくれるだろう?舞姫が家族のことを愛していたから、家族も舞姫を大切に想って、結婚を認めてくれたんだよ。」

しばらく無言だったハルカは、顔を上げず、シュウに問いかけた。

「わたし、舞姫できるかな……?」

「できるよ。君はもう舞姫の気持ちが分かっているし――。」

何より、この貴公子の恋人役だろう?

シュウの不敵な言葉に、ハルカは顔を上げて微笑んだ。





「カーット!」

クライマックスを演じ終わった時、体育館にカナタの声が響いた。

「いいじゃない!昨日とは見違えたよ、ハルカ!」

ハルカは照れくさそうに笑う。

「これで学園祭の劇は大きく完成に近づいたわ!さあみんな、もうひと踏ん張りいくわよー!」

おーっ!と劇のスタッフ達の声が上がった。

 

 

 

 

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