新緑の森のダンジョン 8
オイラはフライゴン。
強くてカッコいい緑のフライゴン。
空を大きな翼でかっ飛ばす森のヒーローっス。
でも、そんな強くてカッコいいオイラは現在アッシー君っス。
数ヶ月に一度、シュウさんを乗せて町まで飛んでいくのがオイラの役目。
シュウさんのお役に立てるのは嬉しいし、町の様子も時々なら見るのも楽しいんスが、今回はちょっと……。
現在、森の上を高速飛行中。
普段なら半日かけて買い物するシュウさんが数時間で切り上げて帰ってるっス。
理由は単純、ハルカ嬢ちゃんの所に早く帰りたいからっス。
行きも町での買い物の時も、シュウさんが口にするのはハルカ嬢ちゃんのことばっかり。
今だってそうっス。
ああ、また新しいハルカ嬢ちゃん観察日記が始まったっス。
「――で、ハルカはぼくを見上げて『頭撫でて。シュウに撫でられるの好き。』なんて言うんだよ。全く甘えん坊なんだから。」
呆れたような言葉の割に、声が弾んでるように聞こえるのはオイラの気のせいっスかね?
「でも、そんな潤んだ目で見つめられたら断れないよね。断ったら泣いちゃいそうだったし。」
それは自分への言い訳っスか?
「それからハルカは抱きしめてあげるのも好きでね。ハルカの体は柔らかくて気持ちいいんだ。」
シュウさんが一人で何かを抱きしめるような動作をオイラの上でしてるのが分かるっス。
……ちょっと振り落としてやりたくなったのはここだけの秘密っス。
オイラが首から提げてる荷物の一つでも抱きしめてりゃいいんス。
押し付けてやろうかと思ったのも秘密っスよ。
「でも、ハルカはぼくのことが好きじゃないんだ……。」
あ、これが出たらそろそろ終わる合図っス。
「ぼくはこんなにハルカのこと好きなのに、ハルカはぼくのこと大好きな同居人ぐらいにしか思ってないんだ……。」
それだけ思ってもらえれば十分だと思うっスけどね。
シュウさんにとっての好きは恋愛対象ってことなんスね。
「ハルカー……。」
オイラの背中に突っ伏さないでほしいっス。
バランス取るの大変なんスから。
それにしても、ハルカ嬢ちゃん、愛されてるっスね。
最初、ハルカ嬢ちゃんはあのエネコみたいにシュウさんに可愛がられてるって思ってたっスが、今は違うっスね。
シュウさん、あのエネコには恋愛感情持ってなかったっスから。
……そういえば、あのエネコ、元気にしてるっスかね。
オイラ達が前に住んでた都会は今日行った町よりさらに遠く。
飛んで行こうと思えば飛んで行けるっスが、あそこには二度と行きたくないっス。
でも、あのエネコには会いたいっスね。
今度、姉さんに相談してみようっスかね。
「ああ、それから、この間、ハルカと一緒に野菜の手入れをしたんだけど――。」
げっ、シュウさんが復活したっス。
さっきまでオイラの背中にゴースみたいに張り付いてたクセに、がばっと起き上がってもうウキウキしてるっス。
くっ、ハルカ嬢ちゃん、もうシュウさんへの影響力はあのエネコなんて足元にも及ばないっスよ!
シュウさんがこんなキャラだったなんて、オイラ知らなかったっス!
「ハルカはスコップの使い方も知らなくて。それでぼくが手取り足取り――。」
頑張れオイラ!家はもうすぐだ!
オイラはさらにスピードを上げて飛んだっスよ。
「ハルカ、ただいま!」
家に着くなり、シュウさんは両手に袋を抱えて、家のドアへ一目散。
あの中にはハルカ嬢ちゃんへのお土産がいっぱい入ってるっスからね。
ハルカ嬢ちゃん、いっつも可愛いっスけど、笑ったらもっと可愛いっスからね。
お土産渡したら、「ありがとう!」って満面の笑みを向けてくれそうっス。
シュウさんが惚れるのも分かるっスよ。
オイラもちょっとだけっスけどドキッとするっスからね。
オイラが家の前で羽を休めてると、シュウさんがガッカリした顔で出てきたっス。
「ハルカ、家にいなかった……。どこかへ遊びに出掛けてるんだ……。」
トレーナーに構ってもらえなかったポケモンみたいな声で言われても困るっス。
あ、でも、ちょっと待ってほしいっス。
庭の方でみんなの声がするっス。
それをシュウさんに教えてあげたら、ダッシュで行っちゃったっス。
シュウさん、オイラ達の言葉、正確には分からないはずなんスが……。
ハルカ嬢ちゃんのことに関しては、恐ろしいくらいの洞察力を発揮するんスね。
オイラもシュウさんを追っかけて庭の果樹園に行ったっスよ。
果樹園のモモンの木の下にみんなとハルカ嬢ちゃんがいたっス。
でも、何だか様子がおかしいっスね。
ハルカ嬢ちゃんはモモンの木にもたれて寝てるし、みんなはひとかたまりになってメラメラ燃えるようなオーラ出してるっスよ。
オイラが姿を見せたら、みんなが一斉に振り返ってオイラを見たっス。
……怖かったっス、逃げようかと思ったっス。
それくらい迫力があったっスよ、特に姉さんなんて。
でも、帰ってきたら姉さんに挨拶は基本っスからね。
オイラもみんなの所に行ったっス。
シュウさんはもちろんハルカ嬢ちゃんの所。
肩を優しく揺すって起こそうとしてたっス。
「起きて、ハルカ。こんな所で寝ていたら風邪を引いてしまうよ。」って声まで優しげで。
……シュウさんのこんな優しそうな声、初めて聞いたっス。
オイラ達に接する時はいつもシュウさん優しかったっスが、それとはまた違う優しさで。
例えて言うなら、大事な物を包み込むような優しさで。
……ハルカ嬢ちゃんはシュウさんがやっと見つけた大切なものなんスね。
だから、好きになってもらいたいあまりに、オイラの背中で暴走してたりしたんスね。
悪かったっス、森に捨ててこようかなんて思ったりして。
オイラ達が見ていると、ハルカ嬢ちゃんがぼんやりと目を開けたっス。
「あ、シュウ、おかえり……。」
嬉しそうに微笑んで、シュウさんの顔に両手を伸ばしたっス。
ホント可愛いっスね、ハルカ嬢ちゃん。
「ただいま、ハルカ。」
頬を包まれながら、シュウさんも嬉しそうに挨拶したっス。
ああ、愛が溢れてて微笑ましいっスね。
シュウさん、これのどこが不満なんスか?
めちゃめちゃハルカ嬢ちゃんに愛されてるじゃないっスか。
オイラ達の見てる前で、二人はさらに自分達の世界に入っていったっス。
「ハルカ、寝るならベッドで寝ないと。まだ春になり切ってないんだから。」
立ち上がったシュウさんはハルカ嬢ちゃんに手を差し出したっス。
手を引いて立ち上がらせてあげようだなんて、シュウさん紳士の鑑っスね。
「シュウ、ベッドまで抱っこして連れてって。一緒に寝ようよ……。」
は?今、物凄いことが聞こえたような気がするんスけど。
「ハルカ、ぼくは荷物の整理をしなくちゃいけないんだ。昼寝なんてしてる暇ないよ。」
「やだ……シュウと一緒に寝たい……。」
潤んだ瞳で上目遣い。
「シュウ、抱きしめて。寂しかったの……。」
そう言って、ハルカ嬢ちゃんはまたしゃがんでたシュウさんの背中に手を回したっス。
シュウさん、無表情を装ってるっスけど、思いっきり動揺してるのが丸分かりっス。
目が泳ぎまくってるっス。
「シュウ、おまじないしてよ。よく眠れるおまじない。安心させて……。」
おまじない?あのシュウさんがおまじない?
思わず笑っちゃうっスね。
シュウさん、ずっと困ってたっスが、ハルカ嬢ちゃんが今にも泣き出しそうなのを見て決意したらしいっス。
ハルカ嬢ちゃんの頬を両手で挟んで、ハルカ嬢ちゃんに顔近づけて。
……えーと、オイラの見間違いっスかね?
どっからどう見ても人間の求愛行動にしか見えないんスが……。
もしかしなくてもハルカ嬢ちゃん、これをおまじないだって信じてるっスか?
結構長い求愛行動が終わったら、ハルカ嬢ちゃんが嬉しそうに続けたっス。
「シュウ、やっぱり一緒にベッド行こうよ……。抱いてよ……。」
怖っ!その発言ギリギリッ!
シュウさんは少しため息をついてハルカ嬢ちゃんを抱き上げたっス。
人間で言う所のお姫様抱っこ。
うわ、この二人似合い過ぎ。
「少しだけだからね。」
「うん……ありがとう、シュウ……。」
そのままシュウさんはこちらを振り返ることもなく、家に入っていっちゃったっス。
呆然と後姿を見送るオイラの耳に姉さんの声が聞こえてきたっス。
”どう思う?”
”天然って恐ろしいっスね……。”
それしか答えられなかったっスよ。
”なるほど、そっちでも大変だったんスね。”
オイラはみんなから、オイラがシュウさんと町へ行ってる間のことを聞いたっス。
オイラはノロケを聞かされただけで済んだっスが、姉さんはハルカ嬢ちゃんに求愛されかけたそうっス。
大変でしたっスね、姉さん。
”だから、あなたも何かいい案出しなさい!”
姉さんが意気込んでるのがよく分かって怖いっス。
あのメラメラオーラはこのせいだったんスね。
”ほっときゃいいと思うっス。”
”は?”
みんなは唖然とした顔でオイラを見たっス。
オイラ、何か変なこと言ったっスかね?
”ハルカ嬢ちゃんがシュウさんのこと恋愛対象として好きなのは見てて分かるっス。気付いてないのは本人達くらいのものっス。”
”まあ、それはそうだけど……。”
”だからほっとくっスよ。このままだと、いつかシュウさんがプッツンしてハルカ嬢ちゃん襲っちゃうのは確実っスが、ハルカ嬢ちゃんもシュウさんが好きだから何の問題も無いっス!”
”……。”
あ、姉さんが肩震わせてるっス。
何か嫌な予感がするっスね。
”そんなワケ無いでしょうがーっ!”
”ぎゃああああっ!”
姉さんのはなびらのまいでオイラは空高く吹っ飛ばされたっス。
オイラ飛べるから怪我は無いっスけど。
”何でダメなんスか!いいじゃないっスか、お互い好きなんスから!”
また地面に降り立って反論したっス。
だってそうじゃないスか、愛し合ってるんだったら、そうなるのは自然なことなんスよ。
”私、愛さえあれば何でも乗り越えられるって考え方、一番嫌い!”
”姉さんの好みでオイラを吹っ飛ばさないでほしいっス!”
”いや、実際そうだと思うけどね。愛があるから襲っても問題無いかと言うとそうじゃない。”
むっ、またオイラの案に反論っスか?
バタフリーっスね、表情が読めないくせして、結構毒舌なヤツっス。
”結婚は愛だけで成り立つものじゃない。一時的な衝動で襲ってしまったら、今後の二人の関係にも悪影響が出ると思うよ。”
いきなり結婚だなんて、バタフリーもやるっスね。
”もちろんそうなっても、あの二人なら修復できると思うけど。フライゴン、忘れてないだろうね?今こうやって話し合ってる目的。”
目的?うじうじしてる二人を手っ取り早くくっつけるっていうのじゃなかったっスかね?
”私達に降りかかる被害をどうにかして減らそうっていうのが目的よ!やっぱりあなた分かってなかったわね!”
”仲違いしてる間はこっちに恐ろしいくらいのしわ寄せが来るんだろうなぁ。”
うわ、シュウさんに延々愚痴られるなんて考えただけで嫌っス。
やっぱり、オイラの案はボツっスね。
”フライゴン、楽観的すぎ。”
うるさいっス、アメモース!この地味ポケ!
”ひとつ提案があるんですが聞いていただけますか?”
ん、アブソルが何か言ってるっス。
虫ポケモンズと違って礼儀正しくていいヤツっスね。
やっぱり、虫は無視っス。
”フライゴンの言うことにも一理あると思います。当事者間の問題は当事者で解決するしかないんですから。”
お、いいコト言うっスね。
”ですから、そんなに難しく考えることはありません。私達のやるべきことは、ハルカさんの背中を少し押してあげることです。”
”でも、あの子、私達に対する好きとあの人に対する好きの違いすら分かってないじゃない。”
姉さんの反論ももっともっスね。
”私の考えた方法で、ハルカさんが恋愛感情を自覚できるといいんですけど。”
”あなたもフライゴンに負けないくらい楽観的ね。”
何でそこでオイラを出すんスか、姉さん!
”しかし、その自覚にしても、何か切欠が無ければ掴めないでしょう。私達はそれを自覚する切欠のそのまた切欠を作るのです。”
結構回り道っスね。
”それに、ハルカさんが持っているのは恋愛感情だけではありません。シュウさんに対する親愛の情がとても大きい。それがハルカさんの目を誤魔化しているとも考えられます。”
確かに、ハルカ嬢ちゃんはそういう鈍感なトコあるっスからね。
もしかしたら、恋愛感情が芽生えた時も「好き」から「大好き」になっただけとか考えたかもしれないっスね。
”ですから、私達のすることは、二人の心を少し繋げるお手伝いです。少しでも繋がったら、あとは二人が大きく太く繋げていくでしょう。”
”で、具体的には?”
姉さんに従って、アブソルの周りに集まったっス。
別にこそこそしなくてもいいんスが、こういうのは雰囲気が大事っスからね。
それで、アブソルの作戦をみんなで聞いたっス。
アブソルの案、それは「おまじないの本当の意味を教える」だったっス。
”そんな簡単なことでいいんスか?”
何だか拍子抜けっス。
”確かに簡単すぎるわね。そんなことで本当にどうにかなるの?”
姉さんのオイラに同意見みたいっスね。
アメモースとバタフリーは無視っス。
”どうにかするのはあの二人です。それに、これが失敗したとしても、私達への被害は増えないはず。最悪の場合でも現状維持は出来ます。自覚しなかったらこのままの関係ですから。”
あ、それはポイント高いっスね。
”私達が一番してはいけないことは、シュウさんの理性を飛ばしてしまって二人の間に亀裂を生じさせてしまうことです。これだったら危険なことはないでしょう。”
うんうん、やっぱりアブソルは頼りになるっスね。
”だったら、この作戦の実行は言いだしっぺのあなたに任せるわよ。”
”ええ、分かりました。ハルカさんが目覚めたら言ってみましょう。”
アブソル、結構自信あるみたいっスね。
頑張るっスよ、オイラ達のためにも!
家に向かうアブソルの後姿をオイラ達は手や羽を振って見送ったっス。