新緑の森のダンジョン 最終話
とうとう別れの時が来てしまった。
昨日降っていた雨は夜には止んで、今日はとてもいい天気だった。
わたしの隣にはシュウ、目の前にはハーリーさん。
わたし達は3日前と同じように、家の前にいた。
もっとも、ポケモン達はいないけど。
……最後にお礼言いたかったな。
みんな怒ってたから、わたしの顔なんて見たくないだろうし、すぐ忘れちゃうかもしれないけど、それでも言いたかった。
今まで親切にしてくれてありがとうって。
「で、どうするか決めたの?」
ハーリーさんがわたし達に向かって言う。
シュウが話を引き受けるに違いないって思ってるのがよく分かる。
「シュウは絶対あなた達なんかに協力しないわ。帰ってほしいかも。」
「うるさいわね。アンタに聞いてるんじゃないわよ。」
ハーリーさんはまたポケットからスイッチを取り出した。
「シュウ君、アンタが断ったらすぐにこの子死んじゃうわよー。目の前で血まみれになるトコなんか見たくないわよねー?」
スイッチを手でいじって遊んでいる。
……やな人。
「シュウ、わたしのことなんか気にすることないわ。ちゃんと断って。」
わたしはシュウの手を握る。
「今までずっとシュウには親切にしてもらったし、色々なこと教えてもらったし、とても楽しかった。だから……。」
顔には何の感情も浮かんでいないのに、目ばっかり強いシュウの顔を見上げた。
「さよなら、シュウ。」
もうわたしは十分だから。
沢山親切にしてもらって、沢山教えてもらって、沢山愛してもらった。
昨日の夜だって、彼はわたしに思い出をくれた。
ずっと渋ってたけど、わたしは知ってた。
シュウは沢山お願いしたら、ちゃんとわたしの願いを叶えてくれるって。
沢山お願いしてもなかなか聞いてくれなかったけど、沢山沢山お願いしたらやっぱり聞いてくれた。
いつも通り、仕方ないねって困ったような顔で笑ってくれた。
おいでって言ってくれて、ハルカって彼がつけてくれた名前を呼んでくれて。
彼の腕の中は心地良かった、今までで一番。
だからもう十分。
「ハルカ。」
シュウはわたしの肩を引き寄せて、わたしを抱きしめてくれた。
優しい手で頭を撫でてくれる。
ああ、これでもう思い残すことはない。
わたしは笑って消えていける。
すっとシュウがわたしの体を離した。
ハーリーさんに向き直る。
そのまま、シュウはハーリーさんのすぐ傍まで歩いていった。
「ハーリーさん、ぼくはあなたの頼みなんて聞きたくありません。」
そう、その答えが聞きたかった。
シュウが自分で選んだ道を笑って歩いていってくれるのが一番嬉しい。
わたしがいなくなった後でも。
「でも、ぼくはハルカを失いたくないとも願っています。」
「っ!?」
どういうこと?
やっぱり、シュウはハーリーさんに協力しちゃうの?
それでまたあんな苦しそうな顔をするの……?
「ダメよ!シュウ!目を覚まして!」
シュウに駆け寄ろうとしたけど、シュウは手の平をわたしに突き出した。
来るなって言ってるの……?
何で……どうしてそこまでわたしにこだわるの……?
シュウの強い眼差しに気おされて、わたしは足に根が生えたように動けなくなった。
「シュウ君ならそう言ってくれると思ってたわー。」
ハーリーさんが嬉しそうにウインクする。
「ええ、ですからあなたの要求は呑めません。」
一瞬、シュウの言葉にハーリーさんの動きが止まった。
シュウはその隙をついて、ハーリーさんに飛び掛った。
ハーリーさんの手にあるスイッチを奪おうとする。
でも、ハーリーさんはスレスレのところでスイッチを守り切った。
急いでシュウから距離を取る。
「あーら、シュウ君、スイッチ奪っても首輪は外せないって教えてあげたでしょ?」
「ええ、でも、その分、ハルカは生きられますから。」
シュウはその間合いを詰めて、執拗にハーリーさんのスイッチを手にしようとする。
ハーリーさんは何とか避けてるけど、体捌きはシュウの方が上だった。
じりじりと追い詰められてる。
「ちっ!シュウ君にはあんまり乱暴な手は使いたくなかったんだけどね!」
ハーリーさんは腰のモンスターボールを掴んで投げた。
中からノクタスとアリアドスが出てくる。
「シュウ君を痛めつけて!死なない程度にね!」
二人がシュウに向かって攻撃を繰り出した。
「シュウ!」
シュウを助けたかったけど、やっぱりわたしの足は動いてくれなかった。
アリアドスのシャドーボールを受けて家の壁に叩きつけられたシュウに、ノクタスがミサイルばりを撃ち出す。
「ぐっ!」
シュウは壁に縫い付けられてしまった。
「ったく、手間とらせるんだから……。」
ぶつぶつハーリーさんが言ってるのを聞きながら、わたしはシュウに駆け寄った。
やっと動くようになった足は、こんなことにしか使えない。
「シュウ、何でこんなことするの!?血が出てるじゃない……。」
ミサイルばりが刺さったりかすったりして、シュウは体のあちこちから血を流していた。
「君を失いたくないからね……。」
それでもシュウは立ち上がろうとしていた。
地面に赤い染みを作る血なんかお構いなしで体に力を込める。
「最初はハーリーさんの言うことを聞こうかと思ったけど……それだと君はいくら止めてもいつか死んでしまうだろうからね。だからこうした。」
「でも!シュウ、怪我してるじゃない!」
「君が死なずに済む方法はこれしか無かったからね。たとえ、わずかな時間しか命を延ばせないのだとしても、それだけ君と一緒にいられるなら喜んで戦うよ。」
布が破れる音がする。
「ハルカ、昨日は君のお願い聞いてあげたよね。」
こんな時なのに、シュウは笑ってる。
「だったら、ぼくの願いも叶えて。ぼくのために死ぬくらいなら、ぼくのために生きて。最期が近いとしても、生きることを諦めないで。ぼくを愛しているのなら、ぼくの願いを叶えて。」
服を縫い止めていた針で新たな傷を作りながらも、シュウは完全に立ち上がった。
「ハーリーさん、ぼくはハルカを守ります。あなたに殺させはしない。」
「ふ、ふん!そんなこと言ってもボロボロじゃない!そんな体で何が出来るっての!?」
シュウの気迫に、ハーリーさんとポケモン達がじりじりとさがっている。
「そ、それにスイッチはこっちにあるのよ!抵抗したらドカンよ!」
「あなたは『ハルカ』には価値を感じていないかもしれない。でも、何だかんだ言って『研究成果』は惜しいんだ。だから、そのスイッチを押すのをためらってる。」
その分だけシュウは近づいた。
「ハルカと同レベルの存在を創り出すのに何年かかるでしょうね?完成までにあなたが失脚しないという保障はどこにもない。」
シュウの手が肩に刺さっていた長い針を数本まとめて引き抜く。
「そのためらいがぼくに勝機を生む。ぼくはハルカを諦めない!」
シュウが針を投げた。
ハーリーさんの手をかすって、針は地面に落ちる。
「ちっ!」
シュウは舌打ちして、またハーリーさんに飛び掛った。
ハーリーさんの蹴りをかわして、スイッチを持つ右手を掴む。
でも、ハーリーさんのポケモン達も黙っていなかった。
ハーリーさんに当たらないようにしながら、的確にシュウだけを攻撃してくる。
「ぐうっ!」
シュウの手がハーリーさんから離れた。
でも、シュウは間合いが出来たら、その分だけ距離を詰める。
シュウはどんなに怪我をしても、絶対に倒れようとしなかった。
「何で……。」
わたしは呆然とシュウに問いかける。
「何でそこまでするの……?」
戦いながら、シュウは笑う。
「だって、君、死んだら笑ってくれないだろう?」
ノクタスのタネマシンガンが背中を直撃しても、その笑みは変わらなかった。
「研究に協力しても、断っても、君は笑ってくれなくなる。好きな相手に笑顔でいてほしいと願うのは君だけだと思ってた?」
シュウがもう一度ハーリーさんの右手を掴んだ。
「君が死んでぼくの笑顔を守ろうとするなら、ぼくは戦って君の笑顔を守るよ。」
ギリギリと手首を握り、もう一方の手をスイッチに掛ける。
「アンタねぇ……無駄だって言ってるでしょ!ここでスイッチ奪っても、いくらでも新しいの作れるんだから!」
スイッチをシュウに奪われまいと、ハーリーさんもシュウの手首を掴む。
「でも、変わるかもしれない。」
シュウはスイッチとの距離を一歩詰めた。
「生きていれば、次の瞬間にはずっと生きられるようになるかもしれない。諦めずに戦えば、いつかそうなるかもしれない。」
「そういうのはね……無駄な努力っていうのよ!」
距離を詰めていたシュウにハーリーさんの膝蹴りが直撃した。
「がはっ!」
みぞおちへの一撃にシュウはたまらず体を曲げる。
それでも、スイッチから手を離さなかった。
「……無駄かどうかはぼくが決める。」
咳き込みながら、シュウはまた手に力を込めた。
「少なくとも、ハルカが生きている限り、ぼくのやっていることは無駄じゃない。今だって、ハルカは生きている。そして、これからも生き続ける。ぼくが生かす!」
シュウがハーリーさんの手からスイッチを叩き落した。
「しまった!」
ハーリーさんの手から零れ落ちたスイッチにシュウが手を伸ばす。
でも、ハーリーさんはそうやって出来たシュウの隙を見逃してくれなかった。
ポケモン達と一緒にシュウを攻撃する。
その攻撃に、とうとうシュウは倒れてしまった。
「ったく、やっと大人しくなったわね。」
這いつくばって、それでも起き上がろうとするシュウを横目に、ハーリーさんはスイッチを拾い上げる。
「アタシにハルカは殺せないですって?フン、だったら、証明してあげましょうか。あの程度の成功例なんてもういらないわ。」
ハーリーさんがスイッチのボタンに指を掛ける。
わたしはハーリーさんに後ろから組み付いた。
「なっ!?」
こっそり近づいていたわたしに全く気付かなかったようで、ハーリーさんは大慌てだった。
「今首輪を爆発させたら、あなたまで巻き込まれるわよ!それでもいいならどうぞ!」
ハーリーさんを羽交い締めにしながら、シュウに呼びかける。
「立って、シュウ!早く!」
ハーリーさんは大きくて力も強いから、わたしじゃずっと抑えていられない。
「君も戦ってくれるのか……?」
シュウが地面に手を付いて、何とか起き上がろうとしている。
「ああもう!コイツはアタシが何とかするから、アンタ達はシュウ君をどうにかしなさい!」
その言葉通り、ハーリーさんはわたしを振りほどこうとする。
でも、それよりも、シュウの方が気になった。
ミサイルばりとシャドーボールが倒れているシュウに迫る。
「シュウ!」
シュウは転がって攻撃をかわした。
その勢いで立ち上がって、またハーリーさんのスイッチに手を掛ける。
「だーっ!鬱陶しい!何でそんな無駄な抵抗なんてするのよ!」
「無駄じゃないからよ!」
わたしは何とか押さえ込もうと力を込める。
「生きてる限り、シュウの笑顔が見られるから!死んじゃったら、笑ってくれてたとしてももう見られない!だから抵抗するの!」
シュウが笑えなくなるくらいなら、わたしなんていなくなればいいと思ってた。
わたしがいなくなったら、シュウはまた笑えるようになると思ってた。
それで満足だとわたしは自分に言い聞かせていた。
でも、本心は違った。
わたしは何よりもシュウの笑顔が見たかった。
死んでしまったら、笑顔を守りきれたとしても、もうそれを見ることは叶わない。
シュウは言ってくれた。生きてほしいと。
その願いを叶えたら、彼はずっと笑っていてくれる。
彼は、わたしが生きていても、苦しい顔なんてせずに笑っていられる道を選んでくれた。
その道を進むためにシュウはボロボロになってまで戦ってくれている。
だったら、わたしも戦う。
シュウの笑顔を守るために。
そして、自分が笑って生きていくために。
「わたし達はあなたなんかに屈したりしない!わたしは最期まで精一杯生きる!」
「そういう青臭い人生論って大っ嫌いよ!」
でも、ハーリーさんに手を掴まれてしまった。
片手なのに、ハーリーさんは軽々とわたしを投げ飛ばした。
しかも、自分の目の前にいたシュウに向かって。
わたしを受け止めようとして、シュウはスイッチから手を離す。
わたしはシュウと一緒に地面に転がった。
「ったく、手間かけさせて……。このセリフも最後にしたいわね。」
何とか起き上がろうともがくわたし達をハーリーさんは待ってくれない。
「バイバイ、シュウ君、ハルカちゃん。もう何を言っても協力してくれないみたいだし、二人とも仲良く逝かせてあげるわ。」
ハーリーさんが赤いスイッチに指を振り下ろす。
わたしはその瞬間を見ていられなくて、思わず目をぎゅっと閉じた。
風が吹き抜けた。
髪がなびくほどの疾風が。
その疾風をよく知っているような気がして、わたしは恐る恐る目を開ける。
疾風は純白の毛並みと漆黒の角を持っていた。
「アブソル!?」
アブソルは今までハーリーさんの手にあったスイッチをくわえていた。
「だーっ!この期に及んでまだ邪魔する気!?アンタ達、アブソル倒してスイッチ奪い返しなさい!」
ハーリーさんの指示に従って、ノクタスとアリアドスがアブソルに攻撃する。
でも、その攻撃はアブソルに当たらなかった。
「バタフリー!?」
回り込んだバタフリーの守りで攻撃は無効化される。
”アメモース、あとよろしく。”
”バタフリー、美味しいトコとりすぎ。”
「アメモース……?」
バタフリーと一緒にアブソルの前に来たアメモースが不満げに言う。
”いいじゃん。コレ見つけたのぼくなんだし。”
バタフリーは守りを解いて、わたし達の方にひらひら飛んできた。
ノクタス達が防ごうとしてたけど、アメモースの威嚇にすくんでいる。
バタフリーが、何とか起き上がれたけど動けなくて座り込んでるわたし達の目の前にやってきた。
”首出して。”
「え……?」
”首輪外してあげるから。”
「できるの!?」
”うん。”
バタフリーは手に持ってた何かを差し出した。
「げげっ!何でアンタがそれを!?」
ハーリーさんが慌てている。
バタフリーが持ってた物、それは何かのカードだった。
カードにしては分厚いし、色々回路が組み込まれてるみたいだけど。
”ちょっと失礼。”
バタフリーがカードを首輪にかざす。
首輪からピッと音がして、次の瞬間にはパキンって二つに割れて地面に落ちた。
「うげげげげげげっ!」
ハーリーさんが音を立てて後ずさる。
”これでもうスイッチも必要ありませんね。”
アブソルがくわえていたスイッチを地面に置いて踏み潰した。
「君達が研究所から首輪の鍵を……。」
シュウが呆然と言う。
”まあね。シェルター並の金庫に入ってたから、取ってくるのに苦労したけど。”
シュウには通じないのに、バタフリーは得意げに言う。
そして、クルリとハーリーさんの方を向いた。
”でも、今はその苦労話よりも、あの男をこの森から追い出す方が先だね。”
バタフリーの目が七色に光る。
「げっ!アイツ、サイケこうせん使う気よ!アンタ達、どうにかしなさい!」
ハーリーさんがバタフリーを指差すけど、ノクタス達は攻撃しようとしない。
口々にハーリーさんに向かって何か言ってる。
その様子があんまりにも必死だったから、とりあえずハーリーさんに教えてあげることにした。
「……絶対勝てないって。もう逃げようって言ってるよ。」
「この意気地なし!ここまでコケにされて逃げ帰るなんて出来るわけないでしょ!」
”そうっスよー!今帰られるとオイラ困るっスよー!”
空から聞き覚えのある声が降ってきた。
「フライゴン!?」
見上げると、黒い点が空に浮かんでいた。
凄いスピードで近づいてくる。
黒い点はすぐに緑のフライゴンになった。
”真打ち登場!ヒーローは遅れて登場するものっス!さあ、オイラがボコボコにしてやるっスよ!”
”誰がヒーローよ。あなた、私の乗り物じゃない。”
「ロゼリア……。」
落ち込むフライゴンの背中からロゼリアが飛び降りる。
”コレなーんだ?”
ロゼリアが片手の薔薇に乗せて示したのはICチップ。
「それは……。」
シュウが目を見開く。
「研究の最重要機密チップ!返しなさーい!」
”イヤ。”
ロゼリアが空中に放り投げたICチップをフライゴンがりゅうのいぶきでバラバラにした。
「んぎゃああああっ!何てことをっ!」
ハーリーさんが頭を抱えてる。
そんなハーリーさんに構わず、ロゼリアはわたしの袖を引いた。
「あのー、ハーリーさん?」
「何よ!」
「ロゼリアがね、研究所が燃えてるって……。」
「何ですってぇ!?」
「研究のデータを完全に消すにはコンピューターを壊さなきゃいけなかったんだけど、コンピューターがなかなか壊れなくて、水掛けたり、炎吹きかけたりしてたら爆発して火事になっちゃったって。」
そこでロゼリアに気になったことを聞いてみる。
「あ、でも、人もポケモンも誰も死んでないって。良かったね、ハーリーさん。」
「良くないわよ、アタシの地位はどうなるのよ!」
「失脚は免れないでしょうね。」
シュウのセリフにハーリーさんは唸る。
でも、戦闘態勢のロゼリア達に囲まれてるから、目立った行動は出来ないらしい。
しばらくこっちを睨みつけてたけど、ノクタスとアリアドスをボールに戻して、新しいボールを取り出した。
「フンッ!今日はこの辺で勘弁――。」
「あ、それと、今すぐ帰るんだったら、あなたのことは忘れてあげるわよ、だって。」
「キーッ!このロゼリアむかつくー!」
ハーリーさんはボールから出した飛行タイプのポケモンに飛び乗った。
「覚えてなさいよー!」
空高く飛びながら、ハーリーさんは捨て台詞を残して去っていく。
”忘れといてあげるって言ってるのに、わざわざやられに戻ってくるのかしらね。”
それを見送りながら、ロゼリアは肩をすくめた。
ハーリーさんが完全に見えなくなった後、ロゼリア達は一斉にこっちを振り向いた。
何だか思いっきり睨みつけられてるような気がする。
「え、えと……あの……。」
怖くなって、隣で座り込んでいるシュウにしがみ付いた。
”あなた、昨日はさんざん手間掛けさせてくれたわね?”
ロゼリアがハーリーさんと同じようなことを言う。
”約束したのにこの人から逃げるし、死のうとするし、言うことに欠いてわたしには関係ない?ふざけないでよ。”
ずんずん近づいてきて、わたしの目の前にやってきた。
”関係ないわけないでしょう?私達だってあなたのこと好きなんだから。”
「え……?」
ロゼリアの目がまばたき一つで優しくなった。
”好きな人には笑って生きててほしいの。あなたにも、この人にも。だから、もう死のうなんて考えちゃダメよ。死ぬくらいなら生きてくれなきゃ。”
ロゼリアが座り込んだわたしの頭を撫でる。
”あなたが生きようとしたから、今あなたは生きているのよ。この人がいくら頑張っても、あなたが生きようとしてくれなきゃ、私達は間に合わなかった。”
薔薇を乗せて、ぽんぽんと。
”あなたが生きててくれたから、私達も頑張った甲斐があったわ。この怪我も名誉の負傷ね。”
その言葉で気が付いた。
ポケモン達はみんなシュウと同じくらい沢山傷を負っていた。
「み、みんな!早く手当てしないと!」
”人の話は最後まで聞きなさい!”
「……はい。」
ロゼリアの目は怖くなったり優しくなったり忙しい。
”今回のあなたは徹底的に心配される立場なの。私達の怪我を気にする前に、あなたの体を心配させてちょうだい。で、あなた、怪我は?”
「……どこも怪我してません。」
ずっとシュウが戦ってくれてたし、わたしがハーリーさんに投げ飛ばされた時だって、シュウが受け止めてくれたし。
わたしが何もしようとしなかった間に、みんなは研究所に乗り込んで、わたしのために戦ってくれた。
「ごめんなさい……。」
わたしだけ怪我をしてないのが申し訳ない。
「謝ることないだろう?」
今まで黙って会話を聞いていたシュウが口を挟んでくる。
会話の内容は分からないはずだけど、わたしの言葉は分かるから、どんなことを話してるか分かったらしい。
「ぼく達は君を守るために戦ったんだから、君に怪我が無いのが一番。それにね……。」
シュウはぎゅっとわたしを抱きしめる。
「君の肌はあんなに綺麗なんだから、傷なんて無い方がいいんだよ。」
シュウが何を言っているのか分かって思わず顔が赤くなる。
「昨日のお願い、今夜もしてくれるよね、もちろん。」
「え、いや、でも、もう持っていく思い出いらないし!」
「遠慮しないで。人生長いんだから、思い出沢山作ろうよ。」
にこにこしながら、その笑顔に似合わない力で逃がすまいとしてくる。
シュウは怪我してるから、暴れて腕から抜け出すわけにもいかない。
「あ、あの、ロゼリア、助けて……。」
ロゼリアの方に何とか顔を向けると、ポケモン達がロゼリアの周りに集まっていた。
”これ聞くと、ああ帰ってきたなって気分になるわよね。”
みんな神妙な顔して頷いている。
でも、次の瞬間には大きな声で笑い始めた。
「えっ!何!?」
驚いていると、みんながわたしに飛びついてきた。
”ハルカ嬢ちゃん、これからもオイラ達が守ってやるっスからね!”
”悪い連中はぼくらが追い払ってあげるよ。フライゴンの作戦通りっていうのが癪だけど。”
”でも、シュウさんに関してはご自分でどうにかしてくださいよ。夫婦喧嘩に巻き込まれるのは真っ平ですから。”
”君達のノロケ、凄すぎ。どうせ、次の日にはまた「シュウは優しかった。」とか言うの、決まりすぎ。”
みんなが体を擦り寄せてきたり、肩に乗ったりしてくる。
最後にロゼリアがいつかのようにわたしの膝に座った。
”今度こそ約束守ってね。ずっとこの森で、ずっと私達と一緒に、ずっとこの人の傍で笑ってなさいよ。”
「……うん!」
みんなにもみくちゃにされながら、シュウに抱きしめられながら、わたしはずっと笑っていた。