新緑の森のダンジョン 11

 

 

 

 

 

 



「やっとついたー!」

ハルカがぼくの手を離して駆け出す。

そこはぼくがハルカを見つけた場所と同じような所だった。

森が少し開けていて、さんさんと日の光が降り注いでいる。

ちょっとした広場とも言えるその場所には、大きな木が一本立っていた。

「……枯れ木?」

思わず脱力する。

「違うよ、ハルカ。」

確かに、遠目だと一枚も葉の付いていないその木は枯れ木に見えないこともないけど。

もう一度ハルカの手を取って木に近づく。

「よく見てごらん。蕾が付いてるのが見えるだろう?」

「あ、ホントだ!」

アブソル達がハルカを誘いに来た理由が分かる。

この種類の木はもう少し暖かくなると、それはそれは見事な花を付けるから。

それも枝が見えなくなるほど沢山の。

近寄らないと枯れ木にしか見えないこの木がそんな花を付ける。

それを見たら、ハルカはとても驚くだろう。

蕾から見ていると、花が咲いた時、二倍嬉しい。

ハルカの場合、それは二倍どころではないのではないだろうか。

きっと大はしゃぎで辺りを駆け回る。

そして、ピョンピョン跳んで花に触りたがる。

そうしたら、ハルカを花の傍まで抱き上げてやろう。

ハルカはとても喜ぶはずだ。

「……シュウ、顔がにやけてるわよ。」

「うわっ!?」

いつの間にか、ハルカが顔を覗き込んできていた。

「何考えてたの?」

「君のことだよ。」

「ホント?」

ハルカの目が疑っているように細められる。

「本当だよ。どうして嘘なんて思うんだい?」

そう聞くと、ハルカは顔を逸らした。

「……シュウ、何だか違うこと考えてるように見えた。」

「そんなことはない。本当に君のことだよ。」

ぼくはハルカを優しく抱き寄せた。

「ぼくが好きなのは君だけなんだから。そんなぼくがどうして違うことを考えるんだい?」

「……ホントにわたしのこと好き?」

「好きだよ、ハルカ。」

背中に手を回して抱きしめる。

そこで気付いた。

片手に持っていたはずのバスケットがいつの間にか無くなっていることに。

慌てて辺りを見回す。

バスケットはフライゴンに抱えられていた。

どうして、ぼくが持っていたはずのバスケットをフライゴンが抱えてるんだろう。

もしかして、ぼくはハルカに夢中になるあまり、バスケットを放り出してしまったのだろうか。

フライゴンはこっちをジト目で見ている。

これにはポケモン達の分の昼食も入ってるから落とされたくなかったのかもしれない。

ということは、他のポケモン達も怒ってたりするのか?

ハルカを抱きしめたまま皆を見てみると、フライゴンと同じくこちらをジト目で見ていたり、こちらに背を向けて何か話し込んでいたり。

あ、結構怒ってる?

「悪いね、みんな。」

片手をハルカから離してひらひら振る。

そうすると、今までこっちを見ていたポケモン達もひとかたまりになって何かを話し始めた。

少し気になったので、腕の中のハルカに質問してみる。

「ハルカ、みんなが何言ってるか聞こえるかい?」

「えっと……。」

ぼくの背に手を回して、胸に顔をうずめていたハルカは、ポケモン達の方を向く。

「”被害、大きくなり過ぎ。”とか、”アブソル、何したのさ。”とか、”あの人、本当はあんな人だったの?”とか。」

本当はあんな人って、ぼくは今までポケモン達にどう思われていたのだろう。

人を人とも思わない冷血人間で、絶対に誰も好きにならなくて誰からも好かれない極悪人とか?

……そうかもしれない。

でも、ぼくは変わったんだ。

ハルカを好きになって、ハルカがぼくを好きになってくれたから。

「ハルカ、愛してるよ。」

今まで好きだとは言ってきたけど、ちゃんと愛してると言ったことは無かった。

だから、今ここで言うことにした。

「君を愛している。」

ハルカの頬に手を添える。

「君は?君はぼくを愛してくれるかい?」

ハルカは顔を赤くしながら頷いた。

「言って、ハルカ。」

「……愛してる、シュウ。」

ぼくは小さく動かされた唇に口付けた。




「じゃあ、お昼にしようか。」

愛の告白からしばらく経って。

何度もハルカにキスをしていると、ハルカが可愛い声を出すものだから、舌を入れてみたりして。

そうしたら、もっと可愛い声で喘いでくれた。

息を切らしながら、ぼくにクタリともたれてくるハルカが愛しくてたまらない。

ぼくはハルカを抱きしめたまま、木の下に座った。

それでみんなを招いているんだけど、みんなはこっちを見つめるだけでなかなか近寄ってこようとしない。

「フライゴン、君が来てくれないと昼食が無いんだけど。」

フライゴンの抱えたバスケットの中に全部入ってるんだから。

でも、フライゴンはこっちにバスケットを持ってこようとしなかった。

それで、他のポケモンに手渡そうとしてるみたいだけど、誰も受け取ってくれないらしい。

影を背負っているし、途方に暮れているみたいだった。

そんなフライゴンを見ていたロゼリアがため息をついた。

クルリとこっちを向いて、ロゼロゼ何か言っている。

「ハルカ、ロゼリアは何て?」

ハルカがぼんやりとロゼリアの方に視線だけを動かす。

「……わたしを放さないとバスケットは持っていかないって。」

「どうして?」

ハルカはまたロゼリアを見る。

「自分で考えなさいって。」

言われたので、一応考えてみる。

……なるほど、ロゼリア達はハルカがあんまりにも可愛いからぼくに独占させたくないんだ。

仕方ない、ハルカはみんなの友達でもあるんだし、少しはロゼリアの言うことも聞かないと。

ぼくは渋々ハルカを放した。

やっと、フライゴンがバスケットを持ってくる。

バスケットを中心にして、ぼく達は昼食を広げた。




ハルカがサンドイッチを美味しそうに食べているのを眺める。

ぼくもサンドイッチを食べてるんだけど、ハルカの持っている方がずっと美味しそうに見える。

具も同じはずなのに、全然違って見える。

ハルカのサンドイッチが食べたい。

「あっ、ちょっとシュウ、返してよ!」

ハルカの手からサンドイッチを取ると、やはりハルカは取り返そうとしてきた。

でも、ぼくはこれが食べたい。

ハルカの手を肘でガードして、その隙にサンドイッチを口に放り込んだ。

「あーっ!シュウが食べたーっ!」

ああ、やっぱり美味しい。

ハルカがポカポカ叩いてくるけど、そんなことは全く気にならない。

飲み込んでハルカの顔を見ると、サンドイッチをたった一切れ取られただけで涙目になっていた。

「ほら、泣かないで。」

「うー……。」

頭を撫でてやっても、珍しく機嫌が直らない。

でも、どうしようかと考えてなくても、すぐに答えが浮かんできた。

「ほら、これをあげるから。」

片手に持っていたぼくのサンドイッチをハルカの口に持っていく。

「ハルカ、口を開けて。」

「う、うん……。」

ハルカの小さな口にサンドイッチを入れてやる。

「美味しいかい?」

ハルカはしばらくモグモグやっていたが、やがてコクリと頷いた。

「いい子だ。」

もう一度撫でてやると、今度は嬉しそうに笑った。

その時、ぼくの耳に妙な音が聞こえてきた。

何かが地面に落ちるような……でも、落ちそうな物は頭の上には無いし。

みんなの方を見てみると、フライゴンがくわえていたナナシの実を落とすところだった。

他のポケモン達の足元や膝の上にもそれぞれが食べていたらしい木の実が落ちている。

アブソルはその時は何も食べていなかったみたいで、何も落としていなかったけど。

でも、唖然とした顔でこっちを見ていた。

ああ、ハルカがあんまりにも可愛いから、みんな見とれてるんだ。

確かに、涙目のハルカは可愛かった。

でも、ぼくに食べさせてもらおうと口を開けるハルカはもっと可愛かった。

もう一度食べさせてあげよう。

ぼくはもう一切れサンドイッチを手に取った。




「ああ、美味しかった!ごちそうさまー!」

ハルカがモモンの実を食べ終わって満足そうに言う。

「もういいのかい?」

バスケットの中にはまだいくつも木の実が残っている。

モモンの実と同じように、皮をむいてハルカに食べさせてやりたいのに。

「うん、もうおなかいっぱい。」

「そうか……。」

可愛かったのに残念だ。

「それより、みんなあんまり食べてないかも。もっと食べないの?」

そういえば、ポケモン達はさっきから食べるのをやめてしまったようだった。

ポケモン達を見てみると、またひとかたまりになって何かを話し合っている。

「昨日からみんなああやって話し込んでるのよ。何でか分からないけど、わたしが入ろうとすると弾き出されちゃうの。」

なるほど、ポケモン達はハルカのことを話題にしているらしい。

昨日と言えば、アブソルがハルカにキスしようとした日。

ハルカはアブソルに悪戯だと言われたらしいけど、悪戯でもハルカに手を出そうとするのは許せない。

そんな悪戯を話し合ってるのか?

……そういうのは悪巧みって言うんだ。

目的はハルカの関心を自分達に移すことだろう。

せっかくハルカをぼくのものにできたんだ、そんなことはさせない。

ぼくは座ったまま、ハルカを抱き寄せた。

「シュウ?」

「お昼も食べ終わったことだし、また君を抱きしめていてもいいだろう?」

ぼくはハルカを後ろから抱きしめて耳元で囁く。

ハルカは顔を赤く染めていたが小さく頷いた。

やっぱり可愛い。

ハルカはぼくの虜、ぼくはハルカの虜。

誰にも渡さない。

チラリとポケモン達に視線をやると、アブソルがみんなから口々に何かを言われているようだった。

なるほど、ぼくからハルカを奪うためにキスしようとしたけど、逆にハルカに恋愛感情を自覚させる結果になってしまったから、みんなに責められてるんだな。

ダメだよ、ハルカの心を奪えるのはぼくだけなんだから。

ぼくはまた力を込めてハルカを抱きしめた。




それからしばらく木の下にいたけど、暗くならない内に帰ることにした。

ここに来るまでに結構時間がかかったから、暗くなってしまうとますます手間と時間がかかる。

「ハルカ、行くよ。」

ハルカは木をじっと見つめていた。

いや、木じゃなくて蕾か。

「また蕾が大きくなったら来よう。そして、その次は花が咲いたら。」

「うん!」

ぼくの差し出した手をハルカは握る。

ぼく達は先を行くポケモン達を追って歩き出した。




家に帰って、夕飯を食べて、お風呂に入って、くつろいで。

いつもと同じ穏やかな時間が過ぎるともう寝る時間。

「ハルカ、ぼくは先に寝るよ。」

一緒にソファーに座っていたハルカに言い置いて、ぼくは立ち上がる。

今日は寝坊してしまったから、明日はそんなことがないように早く寝ないと。

ハルカに起こされるのは色々な意味で眠気が吹き飛ぶから。

「シュウ、今日も一緒に寝てくれないの?」

ハルカがぼくの袖を掴んだ。

「昼間はあんなに暖かいのに、夜はまだ寒いし。シュウが抱きしめてくれる昼は温かいのに、夜は一緒に寝てくれないから体が冷たいの。」

ハルカは寂しそうにぼくの顔を見上げる。

「わたしを抱きしめて眠って、シュウ。」

……これは理性なんて構わずに飲み干してしまえというお告げなのか?

体も温まるどころか熱くなるだろうし。

そうしたらハルカも寒くないし。

「ってぼくは何を考えてるんだ……。」

ハルカに握られた袖とは反対の手を額にやった。

一つため息をついて顔を上げる。

「あのね、ハルカ。」

ぼくはハルカの前に膝をついてハルカと目の高さを合わせた。

「ぼくは待つから。」

ハルカはワケが分からないという顔をしている。

そうだろう、ハルカはまだぼくの言葉の意味を理解できない。

だからこそ、ぼくが待ってやらなくては。

「君がぼくにただ愛されているだけでは足りないと思うようになるまで。」

ぼくに飲み干されたいと思ってくれるまで。

「ぼくは待つよ。」

できる限りの努力をして。

砂漠で倒れていたぼくの目の前に現れた愛しい水。

本当は今すぐ飲んでしまいたい。

ぼくの命の糧としたい。

でも、君が望んでぼくと一つになってくれるまで、ぼくは待ってる。

君がぼくを潤し、ずっとぼくの中でぼくの命を支えようと思ってくれるまで。

きっと、そうなる日は遠くないから。

ハルカの手を優しく解いて立ち上がる。

「おやすみ、ハルカ。」

ぼくはハルカの額に唇を落とした。

 

 

 

 

 

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