タンゴよりも情熱的に 〜緑の三日月〜
今日はホグワーツ魔法学校の定休日。
授業も無く天気も良いので、生徒達は皆思い思いの休日を過ごしている。
しかし、何事にも例外というものは存在していて。
ハルカは大きなベッドに寝転んでいた。
これだけ見れば、何もせずにゴロゴロしている優雅な休日だ。
しかし、現実は違う。
ハルカは肩越しに後ろを振り返る。
スカートから生えた黒くて長い尻尾をがっしりと掴む手が見えた。
ハルカはため息をつく。
どうしてこんなことになってしまったのか。
今日は休日だから、何をするにしても楽しい一日になると思って、起きた時からワクワクしていたのに。
そのワクワク気分のまま朝食をとっていたら、朝のふくろう便が大ホールにやってきた。
ふくろうの大群は、宛先人の頭上に手紙や小包を落としていく。
天井を見上げていると、一羽のふくろうが自分の方に舞い降りてきて手紙を落とした。
ハルカには時々手紙がやってくる。
それは家族からだったり、友達からだったり、はたまたラブレターだったり。
一番最後の手紙は、早く処分しないと大変なことになるのだが。
一度など、ついうっかり彼のいる所で封を切って読んでしまい、内容がバレてそれはそれは酷い目に遭った。
ちなみに、送り主はその後、不幸が雪崩のように降って来て、学期末のテストは全て落第だったらしい。
……早く読んで、危なそうだったら魔法で燃やそう。
送り主に対して惨いことを考えながら、ハルカは手紙を開ける。
中から一枚の便箋が出てきた。
「ええと……朝食後、ホグズミードに一緒に行きませんか?バタービールでも飲みましょう……バタービール!?」
ハルカは目を輝かせる。
バタービールは甘くて美味しいホグズミードの名物だ。
ハルカの大好物でもある。
「宛名は……ああ、あのグリフィンドール最上級生の魔法クラブね。」
ハルカは立場上、そういうことには詳しい。
デートのお誘いではないし大丈夫だろう。
しかし、まだ心配なことがある。
このクラブ、二人の男子生徒を中心としたクラブなのだが、他のメンバーも男性ばかりなのだ。
デートではないという言い訳が彼に通じるかどうか……。
ハルカはチラリとスリザリンのテーブルを見る。
彼は大量の可愛らしい手紙に埋もれていた。
思わずムッとする。
それでも彼が興味なさそうに手紙を端に避けているのを見て安心した。
しかし、一羽のふくろうが彼に近づいてきた時、彼の表情が一変する。
顔を輝かせて立ち上がり、わざわざふくろうを腕に乗せ、届け物を受け取ったのだ。
ふくろうが彼に届けたのは、パッと見、小さな本くらいの小包。
しかし、本でないことなど、かなり遠くのハルカでも分かる。
豪華な包装紙につつまれており、一言で表すなら贈り物。
彼は自分の知らない誰かからの贈り物を受け取って嬉しそうに笑っていた。
「……。」
行こう。彼なんか関係ない。
ハルカは無意識の内に便箋を握りつぶしていた。
ハルカは外出の準備を整え、待ち合わせ場所に向かう。
そこにはもう既に最上級生達の魔法クラブが来ており、ハルカを待っていた。
「ハルカちゃーん!こっちこっちー!」
リーダー格の男子生徒が大きく手を振る。
「ショウタ、お手紙ありがとう!」
ハルカはショウタに駆け寄る。
「ハルカちゃん、忙しいところ悪かったね。コイツがどうしても我らがグリフィンドール監督生を招きたいと言って聞かないものでね。」
もう一人のリーダー格がショウタを親指で示す。
「リュウも招待してくれてありがとう!」
ハルカは他のメンバーにも挨拶する。
そして、いざ出発という時だった。
「ハルカ。」
横手から静かな声が聞こえた。
思わず、ハルカはそちらを振り向く。
「……シュウ。」
彼が不機嫌な顔をして歩いてきていた。
ハルカの前でピタリと足を止める。
「グリフィンドール監督生、まだ仕事が終わっていないのに、どこへ行くつもりだい?」
「仕事なら昨日全部終わらせたわよ!」
ハルカはいきりたって怒鳴る。
監督生の仕事なんて、自分をホグズミードへ行かせないための彼の方便だろう。
もし本当に仕事が新しく入ってきたのだとしても、それは大した仕事ではないに違いない。
それは彼の目を見ても明らかだ。
彼の目には仕事の忙しさや切羽詰った感じなど、どこにも浮かんでいない。
あるのは怒りとか嫉妬とかそういう類の光だ。
「シュウにはわたしがどこへ行こうと関係ないじゃない!」
「同じ監督生のぼくにはある。ぼくは君の行動を制限できる。」
さらにハルカに近寄り、シュウはハルカの手首を掴んだ。
その強い力に、ハルカは小さく声を上げる。
「やめろよ、シュウ。ハルカちゃん、嫌がってるじゃないか。」
ショウタがハルカの手首を掴むシュウの腕に手を伸ばす。
シュウはもう一方の腕でその手を振り払った。
「邪魔するな。」
シュウが鋭い視線で最上級生達を睨みつける。
皆がその視線にひるむ中、リュウが一歩前に出た。
「一応、ぼく達が先約なんだけどね……。そんなにハルカちゃんとの仕事が大事かい?」
「ええ、とても。これ以上邪魔するなら、監督生権限でグリフィンドールから減点します。」
シュウの言葉にハルカは慌てる。
「ちょっとシュウ!それって職権濫用じゃない!」
監督生権限は、仕事を建前にこんな所で使って良いものではない。
しかし、シュウはハルカを無視したまま、リュウを睨み付けていた。
リュウはしばらくその視線を受けていたが、ひょいと肩をすくめた。
「……ハルカちゃんにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないからね。」
クルリと振り返り、ショウタの背中を叩く。
「ショウタ、今回は諦めよう。スリザリン監督生が相手じゃぼく達に分が悪い。」
「ちくしょー!シュウ、覚えてろよ!」
グリフィンドールの最上級生達はシュウを睨みつけながらぞろぞろと去っていった。
シュウはその視線を気にすることなく、ハルカの手首を掴んだまま歩き出す。
「ちょ、ちょっとシュウ!?」
ハルカの呼びかけにも応えず、シュウはハルカを引きずっていった。
ハルカが連れてこられたのは監督生棟。
監督生達もそれぞれの休日を過ごしているようで、建物の中には誰もいない。
監督生棟には二人の足音だけが響いていた。
彼がまず向かったのは執務室。
机の上に置いてあった書類を乱暴に掴み取り、彼は部屋を出る。
次にハルカが連れてこられたのは仮眠室。
仮眠室という名とは似ても似つかない豪華な寝室だ。
ベッドは一つだけしかないが、その大きさはキングサイズを軽く飛び越える。
その大きなベッドにハルカは投げ出された。
彼は杖を取り出す。
頭上に掲げられた杖から部屋一杯に光が広がった。
そして、冒頭へ至る。
ハルカは再びため息をついた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
彼が使ったのは、アニメーガスもどきを創り出す呪文。
そのせいで、自分には黒猫の耳と尻尾が生えてしまった。
彼がこの呪文を使ったのは、自分を逃がさないようにするためだろう。
この呪文は彼にしか解けない。
こんな格好では人前に出られない。
ローブで尻尾は誤魔化せるにしても、耳は誤魔化せないし、自分は四足でしか歩けない。
そもそも、ローブはポケットの中に入っていた杖ごと、彼に取り上げられてしまった。
服は脱がされていないからまだいいのだけれど。
ハルカは彼を眺める。
彼はローブを脱ぎ、ベッドに足を投げ出して座っていた。
片手で持った書類を睨みつけるように読んでいる。
ハルカは書類を持つ手から、視線を上げる。
彼の頭には、茶色い狼の耳が生えていた。
彼は自らにも呪文を掛けていた。
それはやはり、自分を逃がさないようにするためだろう。
アニメーガスもどきになると、腕力や脚力が人間の時よりも強くなる。
自分もかなり強くなっているが、彼は自分とは比べ物にならない。
愛玩動物の自分と野獣の彼では、そもそものパワーが違いすぎるのだ。
こんな風に一度捕まってしまうと絶対に逃げられない。
ハルカは再び自分の尻尾を掴んでいる手に視線を落とした。
「……シュウ、尻尾痛いんだけど。」
彼は書類を睨みつけたまま、聞こえない振りをしている。
「シュウ!」
彼は全く表情を動かさず、黙々と書類を読み続けている。
「……バタービール。」
言った瞬間、彼が思いっきり尻尾を握り締めてきた。
「痛い!痛いってば!」
ハルカは暴れて、何とかシュウの手から尻尾を引き抜こうとする。
しかし、逆に、彼は尻尾を力一杯引っ張った。
「やんっ!」
思わず声を上げてしまう。
力が抜けて動けなくなったハルカは彼の傍でシーツに身を伏せた。
「ひどいよぅ、シュウ……。」
また書類を読み始めた彼にハルカは呟く。
「何でこんなことするの……。」
「言わないと本当に分からないのかい?」
彼の顔を見上げると、彼が無表情の中にも不機嫌さをにじませた顔でこちらを見ていた。
「……シュウ以外の男の人と出掛けようとしたから。」
「分かってるじゃないか。全く、君は愚かしいにも程があるね。他の男に構うなんて。」
人を考え無しと見下すような言葉に、ハルカはカチンとくる。
「何よ。だったら、シュウが一緒に出掛けてくれればいいじゃない。」
不可能だとは分かっているが。
案の定、彼は言い返してきた。
「ぼく達の恋愛は禁じられているんだよ。君だってそんなことは分かってるだろう。目立つ行動は出来る限り控えないといけない。」
そんなことは分かっている。
でも、どうしてそれで自分一人の行動まで制限されなくてはいけないのだ。
「そうよ、シュウは一緒に行ってくれない。だったら、わたしが他の男の人と出掛けたっていいじゃない。別に一対一のデートってわけじゃないんだから。」
「絶対に認めない。」
「そんなのシュウのわがままじゃない!一緒にバタービール飲みに行く人達が男か女かなんてどうだっていいでしょう!」
「だったら、君はどうなんだ。」
いつの間にか、狼の目はらんらんと光っていた。
「ぼくが女子生徒の集団とホグズミードへ行ってしまったら、君はどう思う?」
もう片方の手に持っていた書類は、眼鏡と一緒にサイドテーブルに投げ出された。
「君には関係ないと言ったところで、君は納得しないだろうね。それとも、君は笑顔で手を振って見送ってくれるのかい?」
自分の尻尾を掴む手にはギリギリと力が入っている。
痛みに身をよじりたくなるのをこらえ、ハルカは起き上がって姿勢を低くした。
彼を見上げて低く唸る。
「何よ……。」
いつもラブレターを掃いて捨てるほど貰うくせに。
誰かから贈り物を貰ってあんなに喜んでいたくせに。
「何よ……。」
自分にラブレターが一通来ただけで嫉妬して、自分を無理やり抱いてしまう。
自分が誰かと出掛けようとしていただけで、こんなところに閉じ込めて束縛する。
「何よ!シュウなんか大っ嫌い!」
ハルカは彼の手首に思い切り噛み付く。
尻尾を掴む力が緩んだ隙に、尻尾を引き抜いて彼から距離を取った。
「……ハルカ、おいたが過ぎるようだね。」
シュウが手首を押さえながら言う。
ハルカは耳と尻尾の毛を逆立てながら、殺気立つ狼を威嚇した。
「そういう悪い子猫にはどちらが上か思い知らせないとね。」
その言葉が終わると同時に、彼が一気に距離をつめてきた。
しかし、ハルカは余裕でそれをかわす。
高くジャンプして天井で反転し、自分のローブが置かれている場所に飛び降りた。
「室内は猫の空間よ。早く走るしか能の無い狼が勝てるわけないじゃない。その強さも宝の持ち腐れね。」
ハルカは未だベッドの上のシュウを鼻で笑う。
自分のローブから杖を取り出した。
彼もローブに手を伸ばし、ポケットから杖を取り出す。
お互い一歩も動かずに、相手の隙を探す。
先に仕掛けた方が負ける――それが野生でのセオリー。
しかし、シュウは一気にベッドから飛び降り、ハルカに迫ってきた。
「っ!?」
ハルカは咄嗟にジャンプして、シュウの突進を避ける。
彼がニヤリと笑ったのが見えた。
杖が上に向けられる。
「しまっ――!」
彼が杖から放った何本もの蛇のような縄が空中で動きの取れない自分に絡みついた。
落ちた所はさっきまで寝ていたベッドの上。
彼は手首の縄だけを残し、体や足に絡みついた縄を取り去った。
それが示す意味をハルカは正確に感じ取り、彼の顔を睨みつける。
ハルカの両脇に手をついたシュウは皮肉げな笑いをますます強くした。
「狭い空間では猫の方が上だとしても、最後には人間の頭が物を言うのさ。君の負けだよ、ハルカ。」
頭上に束ねられた手が動かせない。
ベッドに結わえ付けられているのだろうか。
それでもハルカは抵抗する。
ギシギシときしむ縄を引っ張り、何とか縄から抜け出そうとした。
「無駄だよ、ハルカ。」
シュウはハルカの縛り上げた手首を優しく撫でる。
「ぼくの魔力で創り出した物だ。今の君の力でも解けることはないよ。」
彼が微笑んだ。
「絶対にね。」
その言葉に、ハルカは縄を引っ張るのをやめた。
体から力が抜けていく。
彼に勝てない自分があまりに情けなくて悔しくて――悲しくて。
どうして自分が負けなければならないのだろう。
どうして自分が彼に犯されなければいけないのだろう。
全て彼が悪いのに。
「ふっ……うっ……。」
泣きたくないのに涙が溢れてきた。
泣いたら負けを認めるようなものなのに。
彼に弱みを見せるようなものなのに。
彼は面白そうに顎を掴んできた。
「ハルカ、ごめんなさいは?」
顔を逸らそうとしたが、強い力で彼の方を向かされる。
「他の男に尻尾振ってごめんなさいって謝れば優しくしてあげるよ。」
「……。」
もう睨みつける気力も無い。
ハルカはただ悲しくて彼を見上げるだけだった。
自分を見下ろす狼はそれでも楽しそうに笑う。
自分が謝ることなどないと初めから分かっていたのだろう。
「ゆーコト聞かない子はおしおき。」
抵抗できない自分をからかうような言葉と同時に、彼は服に手を掛けた。
彼の手が自分の体から服を剥いでいく。
彼は自分に見せ付けるように、丁寧に服を脱がせていった。
ベッドの下に服が落ちる音が聞こえる。
上着などは縛られた手首のところで止まっているが、下半身の衣服は全て取り去られた。
「ハルカ、もう感じてるのかい?」
彼が愉悦に浸った声で言う。
撫でられた猫耳はペタリと伏せていた。
違う、彼だってそんなことは分かっているはずだ。
この耳は自分の感情に敏感に反応する。
伏せられた耳はその時々によって違う意味を持つ。
今回は――悲しみ。
自分は悲しいのだろう、全てが。
それを彼は自分以上に理解しているはずなのに。
「感じてるんだったら啼いてもらわないとね。」
彼が胸を掴んだ。
そのまま揉みしだいて、柔らかさを十分に堪能している。
ハルカは涙を流し続けるだけだった。
それでも体は彼を覚えていて、敏感に反応を返す。
「ほら、ハルカ。気持ちいいんだろう?」
シュウがハルカの胸の頂を指で撫でる。
そこは硬く立ち天を向いていた。
声を上げないハルカに、それでもシュウは笑い続ける。
頂を撫でていた指をずらし、今度は胸の輪を撫でた。
優しくなぞり、感触を楽しむように。
「ほら、こんなに赤くなってる。ぼくに舐めてほしいんだね。」
シュウはハルカの胸を口に含んだ。
今まで泣いているだけだったハルカがようやく声を上げる。
「いい声だ、ハルカ。」
シュウの言葉に、ハルカはまた泣きたくなる。
今だって涙は途切れることなく流れているのだが。
「もっと啼いて、ハルカ。君の声はこの耳に心地いい。」
淫らな舌の動きに、ハルカは啼きながら泣いていた。
彼の手が脇腹をくすぐる。
ハルカは身をよじって逃れようとしたが、やはりそれも無駄に終わった。
彼の創り出した魔法からも、彼からも逃れることは許されない。
「綺麗だね、ハルカ……。思いっきり噛み付いたらさぞ美味しいんだろうね。」
シュウが脇腹に顔を近づけ、甘噛みを繰り返す。
その度に、ハルカは小さく啼いていた。
「知ってた?動物にとって、相手に腹を見せることは絶対服従を意味するんだよ。」
それまでとは違って、シュウはハルカの脇腹に牙を立てて噛み付く。
「っ!」
肌が破れて血が流れ出るのを感じる。
彼はそれを丁寧に舐め取っていた。
「やっぱり君の血は美味しいね。前に背中に噛み付いたこともあるけど、こっちの方が柔らかいし。」
シュウは舌鼓を打ちながら、鮮血をすする。
「こんな風に噛み付いてくださいって腹を差し出すのが服従のポーズなのさ。ぼくの方が上ってこと、分かった?」
彼が顎に手を掛けてくる。
シュウに覗き込まれたハルカは、力なく彼を見返すだけだった。
「そうそう、その諦め。ぼくには絶対敵わないって確信してしまった目。とてもそそられる。」
シュウは愛しげにハルカの頬を撫でる。
「押さえつけてどっちが上か力で示すのもいいけど、抵抗できなくなった君を抱くのも楽しい。君がぼくの物だって実感できるからね。」
シュウは頬に当てた手を猫耳に、もう一方を秘部に伸ばす。
「さあ啼くんだ、ぼくだけの子猫。」
ハルカは蕾を割って入ってきた指に声を上げる。
「ほら、もっと可愛く啼いて。声だけじゃなくて、もっと感じた顔を見せて。」
耳を撫でる手は優しいが、こちらを見下ろす彼の目は全く違う。
面白い玩具を弄って遊んでいる目だった。
彼は玩具を弄り続ける。
弄れば弄る程、玩具は声と蜜を出して彼を楽しませるから。
ハルカはそれが分かっていても、体が反応するのをとめられない。
流れる涙も、出てしまう声も、何もかもがもうどうでもいい。
彼が満足げな笑みを浮かべる。
今の自分はそんなに彼を悦ばせるような顔をしているのか。
それもどうでも良くなってきた。
彼を感じる体も、痛くて悲しい心も、もう自分には関係ない。
ハルカは息切れを整えながらぼんやりと天井を眺めていた。
ハルカが絶頂に達すると、シュウは指を引き抜いて付いていた蜜を舐めた。
彼が目を見開く。
「血よりもずっと美味しい……。」
そう呟くと、シュウは耳から手を離してハルカの脚へと手を伸ばす。
ハルカは両膝に手を掛けられて、脚を開かされた。
「やっ!」
ハルカは整えた息がまた上がるのを感じる。
彼は秘部に顔をうずめ、蕾から流れ落ちる蜜を舐め取っていた。
蕾に舌を挿れられ、蜜を吸い上げられる。
「えっ……うっ……ふえっ……。」
とまりかけていた涙がまた溢れてくる。
何もかもがどうでも良いと思っていたのに、やっぱりそうじゃなかった。
とても痛い、体も心も。
視界がにじんで天井すら見えなくなってきた。
「……蜜が出なくなってきた。」
彼の不満げな声が聞こえる。
「感じなよ、ハルカ。ぼくを愛して、ぼくのためにもっと蜜を出して。」
「……何でシュウがわたしに愛されたがるのよ。」
彼が驚いたのが気配で分かった。
すぐに秘部から顔を離して、自分の目を覗き込んでくる。
「どうしたんだい、ハルカ。ぼくが君を愛してるの、君はよく知ってるだろう?」
愛しているから愛してもらいたいのは当然じゃないか。
そう言う彼の目を、ハルカはぼんやり見返す。
「……シュウはわたしを愛してなんかいないじゃない。」
彼の目が大きくなる。
「……無理やり抱こうとしてるから怒ってるってわけじゃなさそうだね。どうしてそんなこと考えるんだい?」
「……。」
「ハルカ。」
シュウはハルカを頬を優しく撫でる。
「ぼくが君を愛しているのを疑うのかい?それを今すぐ証明してあげてもいいんだよ。」
「それでわたしを抱くの?愛してもいないくせに。」
「……随分根が深いみたいだね。本当に何があったんだい?」
真っ直ぐ自分を見つめてくるシュウを見ていられなくて、ハルカは視線を横に逸らした。
彼の顔に真実が浮かぶのが怖いからなのかもしれない。
「……シュウ、嬉しそうに笑ってた。」
「いつ?」
彼は静かに聴いている。
「朝食の時。誰かから贈り物貰って、とっても嬉しそうだった。」
思い出したらまた泣けてきた。
「……わたし以外の人からの贈り物を受け取って、あんなに喜んでた。」
悔しかった、自分以外の女が彼を喜ばせているのが。
情けなかった、彼の心を留めておけなかった自分が。
悲しかった、彼が自分から離れていってしまったのが。
なのに、彼は自分を抱こうとする。
愛してもいないのに。
シュウは涙を流し続けるハルカをしばらく見つめていたが、無言でハルカの手首に腕を伸ばした。
巻き付いていた縄を解き、ハルカを起き上がらせる。
「シュウ……?」
「大丈夫だよ、ハルカ。君の心配しているようなことは何も無い。」
ハルカはシュウに抱きしめられて、頭を撫でられていた。
「ぼくが他の女性から贈り物を貰って喜んでると思い込んだから、君は他の男について行こうとしたんだね。ぼくへの当てつけに。」
少し顔を離して、シュウはハルカの頬を伝う涙を優しく舐める。
「ぼくは君だけを愛している。それを今すぐ証明してあげよう。」
シュウはベッドの下に落ちていた彼のローブを引き上げた。
ポケットから朝に見た箱を取り出す。
それをハルカに示した。
「確かに見かけは贈り物だ。それも当然。だって、これは贈り物にするために注文したものなんだから。」
「えっ……?」
「これは誰かからぼくへの贈り物じゃなくて、ぼくから君への贈り物だよ。」
シュウはハルカの手を取り、その上に豪華な包装紙でくるまれた小包を乗せる。
「開けてごらん、ハルカ。」
言われてハルカは恐る恐る包装紙を広げて、中身の紙箱を取り出す。
それをさらに開けると、紫色のフェルトで出来た平たい箱が出てきた。
ハルカはふたを開く。
中にあったのは――
「チョーカー?」
ワインレッドの地に緑色の丸い宝石がついた首飾りだった。
「そう、これを君に贈ろうと思って、店に注文していた。」
ハルカはシュウの言葉を聞きながら、宝石に見入っていた。
「綺麗……。」
「キャッツアイ。」
「え?」
「キャッツアイ。それがこの宝石の名前。」
シュウの指が宝石の真ん中を示す。
「よく見てごらん。宝石の中に白い線が入っているだろう?」
言われてハルカは顔を近づける。
シュウの言う通り、白くまろやかな線が緑の中を走っていた。
「細い三日月が浮いてるみたい……。」
「そう。そして、その線が通っている宝石は猫の目のように見えることからキャッツアイという名前が付いた。」
「猫の目……。」
ハルカはシュウの顔を見る。
「そう、君だよ。ぼくの可愛い子猫。」
シュウはハルカの赤くなった目元を指で撫でた。
「本当は、店に行った時に買ってきたかった。」
そして、まぶたに口付ける。
「でも、キャッツアイは本来蜂蜜色でこういう色はなかなか無いんだ。だから、他から石を取り寄せてもらって出来上がるのを待っていた。」
それがやっと届いたのが今日。
ハルカはシュウの言葉に首を傾げる。
「どうしてわざわざ珍しい色のキャッツアイが欲しかったの?別に蜂蜜色でもいいじゃない。」
「この色、何の色に見える?」
ハルカはもう一度チョーカーに目を落とす。
中心で光っているキャッツアイは綺麗な緑色。
見ていると引き込まれそうになる。
この引き込まれそうな感覚、自分はよく知っている。
そう、これは――
「シュウの目の色……。」
「そう、これはぼくの色。」
ハルカの伸ばした手を、シュウは自分の頬に当てる。
「そして、キャッツアイの宝石言葉。君は知ってるかい?」
ハルカは首を横に振る。
キャッツアイという宝石だって、今初めて知ったのだ。
ハルカはキャッツアイと同じ色をした瞳を見つめる。
「それはね、心変わり。」
「心変わり……。」
「猫の目は光の強さでコロコロ変わるから、そういう宝石言葉なんだろうね。」
シュウは優しく笑う。
「これを贈ったら、君は喜んで受け取ってくれるだろう。君の喜ぶ顔を想像するだけでも楽しかったけど、それだけじゃなかった。」
その優しい中にも欲望が見え隠れしている。
「ぼくがこれを受け取って嬉しそうに見えたのなら、それは君をぼくに留めておけるという証明をぼくが手に入れたから。」
シュウはハルカの白い首筋を撫でる。
「好奇心旺盛で、面白い物には心惹かれずにいられないぼくの可愛い子猫。君が何かに心奪われないよう、君を繋ぎとめておく物が欲しかった。」
顔を近づけ、美味しそうに舐め上げた。
「心変わりの宝石言葉は君自身。留めておくのはぼくの色。チョーカーは君を縛る首輪。」
ハルカはその舌の動きに思わず震える。
「ぼくの愛しいキャッツアイ。これは君がぼくの物だという証だよ。」
シュウはハルカの手の上にある箱からチョーカーを取った。
「受け取ってくれるかい、ハルカ?」
「……受け取らないって言ったらどうするの?」
「もちろん押さえつけてでも首に嵌めてあげるよ。」
でも、君はそんなこと言わないだろう?
彼の言葉にハルカは頷く。
「心変わりの激しいわたしを留めておいてくれるんでしょう?シュウがずっと傍にいることで。なら、その首輪はあなたがわたしの物だという証。」
ハルカはシュウの目を見上げる。
「嵌めてくれる?」
「喜んで。」
シュウはハルカの首に両手を回す。
後ろで金具をとめると、ハルカは嬉しそうに笑った。
「とてもよく似合うよ、ハルカ。」
シュウも少し離れてハルカを眺め、満足そうに笑う。
何も身につけていない子猫の白い肌と静かな緑の三日月が相まってとても美しかった。
ハルカはまたシュウに抱きしめられる。
よしよしと頭を撫でられている時、ハルカはあることに気付いた。
「あの、シュウ……。」
「ん?」
「誤解してごめんなさい。大嫌いなんて言ってごめんなさい。」
まだ彼に謝っていなかった。
彼は自分にチョーカーを贈ろうとしてくれていただけなのに、自分は誤解して、彼が怒ると分かっていたのに彼以外の誰かと出掛けようとして。
そうやって怒った彼を自分勝手だと思い込んで、大嫌いなどと言ってしまった。
瞳を潤ませて顔を見上げてくるハルカをシュウはぎゅっと抱きしめる。
「君が今日一日ベッドの上にいて、ぼくの贈った首輪だけ付けていてくれるんだったら許してあげる。」
「……それって、一日中、わたしがシュウの物だって体で証明し続けろってこと?」
「そういうことになるね。嫌かい?」
ハルカはシュウの胸の中で首を横に振る。
「そうしたら、シュウがわたしの物だってシュウも証明することになるじゃない。とても嬉しいわ。」
彼が微笑う気配がした。
ハルカは彼の両手で頬を優しく包まれる。
「ぼくの可愛い子猫。君を愛しているよ。君はぼくの物だ。」
その言葉にハルカは微笑む。
シュウの頭に手を伸ばし、狼の耳に触れた。
「わたしの優しい狼。あなたを愛しているわ。あなたはわたしの物よ。」
子猫と狼は互いに口付け合った。